通知(ノウティス)
「イリアさん、俺と、パーティー組んでくれませんか!?」
ミラは振り返った。
声を発したのは、Dランクかそこらの、まだ新人らしさが抜けきっていない冒険者だ。
「ウサ、それはウチのリーダーのラグーンに言ってくれないと。リーダーを通さない引き抜きはダメよ」
「そ、そこを何とか」
「ごめんね」
ミラは間髪入れず答えた。
手慣れた対応であった。
「そ、そんなぁ」
ウサと呼ばれた冒険者は、目に見えて落胆した。
一寸の希望は、儚く散ったのであった。
「馬鹿ね、ウサったら。だから言ったのに」
横から茶々を入れたのは、ギルドの受付嬢エマだ。
受付カウンターから身を乗り出し、ウサとミラのやりとりを見守っていたのだ。
「うるさいっ、おばさんは黙ってろよ」
「お、おばさん!!!?」
受付嬢は、衝撃の一言に目を白黒させた。
「あははっ。エマ、おばさんだって!」
ミラは思わず笑ってしまう。
「ううぅ…… よくもわたしをおばさん扱いしたわね! ウサくん。ちょっと隅っこでお話ししましょうか」
口調とは裏腹に、エマの目は笑っていなかった。
「うわっ、助けて。イリアさーん!」
「自業自得よ」
新人冒険者ウサは、モネに連れて行かれた。
(私にも、あんな頃があったっけ……)
ミラは、昔を懐かしむような目でウサを見つめていた。
もう、ミラが冒険者になって五年が経過していた。
ランクもBに上がり、熟練冒険者と肩を並べるようになった。
魔力総量に物を言わせ、魔法を連打していたばかりの新人の頃とは違う。
装備は充実し、個人としても、パーティーの一員としても十分に経験を積んだ。
「もう少しね……」
ミラは誰に言うでもなく、呟いた。
「あぁそうよ、イリア。ちょうどあなたに聞きたいことがあったのだけれど」
ミラは振り返る。
お説教を済ませ、引き返してきたエマだった。
「お説教はもういいの?」
「あらあら、何のことかしら?」
とぼけたフリをするエマは、相変わらず華やかで愛らしい。
しかし、彼女の年齢を知るミラは、こういった仕草にしばしば目を逸らしてしまう。
「ちょっと! 今、失礼なこと考えたでしょ!」
「な、何のこと?」
「ウサくんといい、イリアといい。もう、失礼しちゃうわ」
「『失礼しちゃうわ』なんて、言っちゃうところがイタイんだよ」
のこのこと戻ってきたウサ。
彼は、ズバズバと物を言うタイプだった。
「うーさーくーん? さっきの話は聞いてなかったのかなー? お姉さん、ちょーっと怒ってるわよ?」
「うわ、やば」
危機を察知したウサは、一目散に逃げ出した。
「ちょっと、待ちなさい! こらぁ!」
エマの怒声がギルド内を反響する。
すると、エマが追いかけるより前に、こわもての冒険者たちがウサを取り囲んだ。
「おい小僧、ちょいとオイタが過ぎるんじゃねぇか?」
「うわ、なんだよ! どいてよ!」
「あぁん!?」
「ひっ」
こうして彼らが凄むと、そこらのならず者より、鍛えてる分遥かに怖い。
「お前さん、少しばかり調子に乗ってるんじゃねえのか?」
「さっきから聞いてりゃ、エマさんに対して、おばさんだと!? 世の中には言っていいことと悪いことがだなぁ!」
「ギルドの中を走るんじゃねぇよ。そんなことも、言われなきゃ分かんねぇか?」
さっきまでの威勢は何処へやら。
ワナワナと震えるウサはまるで子兎のようだ。
「ご、ごめんなさい! エマさん! イリアさん! 助けてください!」
先輩冒険者にこってりと怒られるウサを見て、エマも気が済んだようだ。
「たっぷり絞られてらっしゃい!」
「自業自得」
ウサの助けを呼ぶ声は、何の躊躇もなく切り捨てられた。
「あ、あんまりだぁ」
ちなみに周りの冒険者たちは、やり取りの一部始終を見ながら、このギルドにいる限り、エマだけは敵に回してはいけないことを、しみじみと感じていた。
「ふぅ。最近の若い子はこれだからね」
エマのセリフに、ミラは含み笑いをした。
「なぁに?」
「それだと、エマは若い子に入らないけどいいの?」
「こら! もう、イリア!」
ミラから見ても、エマは素敵な女性だ。
しかも、ここ最近はこれまでにも増して笑顔が眩しい。
昨年、エマは炎の剣パーティーリーダーのラグーンと入籍し、絵に描いたような幸せな家庭を築いていた。
「ふふふ、ごめんごめん。ところで、エマは話があったんでしょ?」
「あぁ、そうそう。本題を忘れてたわ」
エマは、すっかり忘れてたと、飄々とした態度で言った。
「おめでとう、イリア。遂に来たわ、昇級試験の通知!」
ミラは目を見開く。
知らず知らず、足が小刻みに震えていた。
「詳しく聞かせて!」
ミラは受付カウンターに両手を乗せ、前屈みでエマの話を聞いた。
「もちろんよ。後で、たっぷり聞かせてあげる。あ!ラグーンたちにも声掛けておいてね。知ってるとは思うけど、A級昇級試験は王都に出向かなきゃだから、今後パーティーをどうするかの相談も必要でしょ?そういうわけで、今晩はいつものところで、ね!」
「わかった。楽しみに待ってるわ」
じゃあね、と手を振ってエマは受付に戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、
(遂にこの時が……)
ミラは一人、ひっそりと覚悟を固めていた。




