表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/40

隣人(ネイバーフッド)

「悪いな。そりゃあ人違いだ」


 それは、ミラが聞いたことのない低い声だった。

 声の主がアレンでないことに落胆しなかったと言えば嘘になるが、想定内ではあった。


「ちょっと離れてくれ、もうすぐなんだ」


 ミラは訳もわからぬまま、とにかく声の指示に従う。


「カッ、カッ、ガラ、ガシャン」


 何か小さな棒状の物が貫通して、石の壁に小穴が空いた。


「よお、お隣さん。驚かせて悪かったな」


 ミラは手で口を押さえる。

 戸惑いで言葉が出てこない。


「そう、警戒するな、俺はお前と同じ穴の狢だ」


「えっ……あっ、あの!あなた誰?」


 ミラは恐る恐る尋ねた。


「同じ穴の狢だって言ったろ。つまり、俺たちは監獄に囚われた囚人仲間って話だ」


(囚人!?)


 ミラはかえって警戒心を抱いた。

 つい先日まで一般人だったミラにとって、囚人相手に話すこと自体が恐怖だ。


(囚人が私に何の用?しかも、壁に穴……この穴は何?囚人が穴を掘ってる理由なんて、一つしか思いつかないけど……)


「ま、お察しのとおりだ。何はともあれ、自己紹介といこうぜ。名前を呼べないことには面倒だからよ。俺はラムってんだ。お前の名前は?」


 ミラは躊躇する。しかし、すぐに意味のない躊躇だとかぶりを振った。

 監獄に閉じ込められること以上に、事態が悪化することなど考えられなかった。


「ミラ、私の名前はミラよ」


「そうか。やっぱり、女か。女の声に聞こえたが、今の今まで信じられなかったぜ。まあいい、何にせよ俺らの独房は隣同士らしい。これからよろしくな、ミラ」


 ラムの言葉に、ミラは反応する。


「隣同士?ここには私達みたいな、その、囚人、が他にもいるの?」


 ミラは胸が痛んだ。

 自らを囚人と名乗ることに、強い抵抗があった。


「おっと、興味津々じゃあねえか。さてはミラもあれだな、興味あるんじゃねえのか。『脱獄』によ」


 ミラは、分かりやすいほど大きく唾を飲み込む。

 小さく深呼吸をして、言った。


「興味ない訳、無いじゃない!」


「だよな!」


 これに、ラムは胸を撫で下ろす。

 これでチクられたら万事休す、全てが水泡に帰すところだった。


「俺たちは同類だよ。それに、共犯者だ。仲良くしようぜ」


「共犯者?うん……そっか。……わかった。よろしくね、ラム」


 ミラはラムの話に興味が湧いた。

 脱獄の誘いは罠かとも思ったが、この状況で手の込んだ罠を仕掛けられるとも思えなかった。


「ミラ、もう少しこっちに寄ってくれ。あまり大きな声で話せることじゃない」


 ミラは指示どおり壁の穴に近寄った。

 穴の中を凝視するが、ミラの方から穴の奥は見えなかった。


「こりゃ、えらく別嬪じゃねえか。信じられねえ」


 肩まで伸ばした金髪、小顔で全体的に整った目鼻立ち、細身で引き締まった身体。

 ラムは短く息を飲んだ。


「ミラは、どうしてこんなところに入れられたんだ?」


 ラムは続けて、この状況なら聞きたくなるのが当然の問いを投げかける。


「何も……してない。私……悪いことなんてしてない」


 ミラは悲痛な声を絞り出した。


「なに?そりゃあ、どういう意味だ?」


 会ったばかりの、しかも囚人を相手に自分のことを打ち明けるなんて、馬鹿だと思った。

 だが、ミラは話し出した。

 最初はポツリポツリと、しかし後半は堰を切ったように、夢中で理不尽を訴えた。

 誰かに聞いてほしい気持ちがあったのかもしれない。

 ミラはラムに、あるがまま事の顛末を伝えた。


「ーーなるほどな。そりゃあ災難だったな。やっぱり権力に笠を着てる奴らはクソばっかだぜ」


「ラムは?ラムはどうしてここに?」


 ミラは尋ねる。

 ラムに気を許す前に、これだけはどうしても確認したい。


「俺か。あー、俺の話は面白くもなとんともねえが、ミラの話を聞いちまった以上、話さねえ訳にもいかねえよな……」


「……うん」


 ラムは気乗りしない様子だが、渋々と語り出した。


 その内容に、ミラは波乱万丈な物語のようだと思った。


 ラムの故郷は貧しい村だった。

 ある日、村の領主が代替わりし、税が一気に高くなった。

 そんな税を払っていては、村人の半分は死に絶えてしまう、そんな状況だった。

 その時、ラムは立ち上がった。

 元々、村の自警団のリーダーだったラムを中心に、義賊団を立ち上げた。

 義賊団は領主軍と戦った。

 結果、意外にも義賊団は連戦連勝。

 義賊団はその士気もさることながら、ラムを筆頭に個々人の戦闘能力が異様に高く、俊英揃いの集団だと噂された。

 そして、ラムは遂に領主の城を攻め滅ぼした。

 しかし、そこで万事解決とはならなかった。

 国からは代わりの領主が派遣され、新領主はラム達の存在を許さなかったのだ。

 ラム達は再び剣をとるか、新領主に跪くかの選択を迫られた。

 ラムの村は後者を選んだ。

 それは村にとって悪い選択ではなかった。

 先の戦いで、ラム達の戦闘能力の高さが知れ渡っていたため、多少の譲歩を引き出すことができたからだ。

 その条件は、村の税を元の基準に引き下げる代わりに、義賊団のリーダーであるラムの身柄を、国に引き渡すことだった。

 こうして、ラムは囚われの身となったのである。


 ラムの語り口は決して上手ではなかったが、所々にエピソードを交えたり、当時の心情を吐露したりと、臨場感を感じる語りだった。


(この紛争の話、聞いたことあるわ。その当事者が……ラムなんだ……。それに、ラムの話しぶりに嘘を言ってる違和感も無い……よね……)


 ミラは、なんとなく、ラムの話が真実であることを認めていた。


「っと、まあ俺の話はこんなところだ。だいぶ長く話しちまったな。そろそろ次の食事の時間が近い。看守が来るかもしれねえ。続きはまた後でな」


「えっ、ちょっとラム!?」


「心配するな、時間はたっぷりあるんだ。それより、この穴のことは絶対に悟られるな。理由は聞くまでもないよな?看守が、食事を置いて去ったらまた来る。じゃあな」


 そう言い残して、ミラが返事をするよりも早く、ラムの気配は消えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ