逡巡(ヘジテイション)
「ウインド・ブラスト!」
ミラは魔法を放ち、最後の巨鼠を屠った。
「相変わらずすごい魔法ね。イリアの魔力は無尽蔵なの?」
「ううん、そろそろ魔力が少なくなって来たわ。これ以上魔物の群れと遭遇したら厳しそう」
ミラはモネに魔力残量を報告する。
ミラの魔法が三人の生命線だった。
モネは、巨体のマトウを担いで進んでおり、戦闘に参加する余裕はない。
モネの治癒魔法で応急処置はしたものの、出血し過ぎたためか、マトウは既に意識がなかった。
「あれだけ撃ちまくってたらそりゃそうでしょうね。むしろ、まだ余裕が残ってるのが信じられない。アタシも同じ魔法使いとして自信無くすわ」
「そんなことないわ!私はモネみたいに支援や加護の魔法は使えないし、身体強化魔法だって得意じゃないもの。私が自信を持って使えるのは、風の攻撃魔法だけ。むしろ、私がしっかりしてないせいで、あの大きい魔物に追いつかれたんだし……」
自分の言葉にミラは気落ちした。
王巨鼠の前に残してきたラグーンが気がかりだった。
「それはもう済んだこと、言いっこなしよ。ほら、もうすぐ出口!」
モネが前方を指差す。
その先には、外への出入り口が小さく見えた。
「あ!誰かいる!」
出入り口の付近に、ミラは数人の人影を見つけた。
おそらく他の冒険者だろう。
「おーーい!!!怪我人がいるの!!お願い、助けて!!」
ミラは声の限り叫んだ。
ダンジョン内にミラの声が反響する。
それを聞き、人影はミラたちの存在に気付いたようだ。
三人の冒険者が走り寄り、ミラたちへと合流した。
「炎の剣じゃないか!?どうしたんだ?」
三人のうち最も年長の、ベテラン冒険者といった風貌の男が尋ねた。
「魔物にやられた。とにかくマトウを安全なところへ運び出したいの。後でいくらでもお礼はするから、手伝ってくれない?」
「もちろんだとも。炎の剣に恩を売る機会を逃す手はねえ」
モネは背負ったマトウをゆっくりと下ろし、冒険者たちへと預けた。
ベテラン冒険者が連れの二人に指示を出すと、二人の冒険者は両脇からマトウを支えて、ダンジョンの外へと運び出していく。
「よかった、これでマトウは無事ね。本当にありがとう。じゃあ、アタシは戻るわ!」
「お前さん、ちょっと待て!戻るったって、一人で行く気か!?死ぬぞ!」
「そうよモネ!いくら何でも無茶よ!」
「分かってる、でも止めないで。アタシにとってラグーンはかけがえのない人なの」
モネの決意は固く、説得は容易ではなかった。
「だけど、援軍がいなきゃ二人とも助からないわ!」
ミラは横目でベテラン冒険者を視界に入れた。
「話は聞かせてもらったぜ。奥にラグーンがいるんだな?あいつには何度も世話になった。俺にできることなら、力を貸すぜ」
「ありがとう!!」
それは渡りに船の提案だった。
モネは、ベテラン冒険者の手を両手で取って礼を言う。
「新人の、お前はどうする?来るか?」
「イリアはもう魔力が残ってないんでしょ?こっちに来る必要は無いわ。マトウを見ててあげて」
「でも……」
ミラは逡巡した。
後に続く言葉が出てこない。
(たしかに魔力残量は少ないけど、普通の巨鼠が相手なら戦力になる自信はある。だけど、あの大きい魔物を倒す術が無い。それに、今から行っても手遅れかもしれない)
「イリア、ここまでありがとう。最初の探索がこんなことになっちゃってごめん。本当にありがとう、アタシもう行くわ!」
モネは礼を言った。
そして、時間が惜しいとばかりに、ベテラン冒険者と共にダンジョンの奥へと走り出す。
ミラが言葉を返す暇もなかった。
ミラの視界から、みるみる二人の姿が小さくなっていく。
☆
ラグーンは、王巨鼠との拮抗を薄皮一枚保っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
しかし、どちらが消耗しているかは明白だった。
あちこちに小さな裂傷をつくり、肩で息をしているラグーン。
それに対して、配下の巨鼠を何匹か失ったものの、王巨鼠自体は最初の一撃以降ノーダメージだ。
「くそっ、守りが固すぎる!」
ラグーンが何度攻撃を仕掛けても、配下の巨鼠の妨害と、王巨鼠の遠距離魔法ウォーター・ブラストによって、距離を詰めることができない。
王巨鼠とて、無尽蔵に魔法を撃ち続けることはできないだろうが、魔力が尽きる気配は一向にない。
くわえて、配下の巨鼠を倒しても、次から次へと新たな個体が現れた。
ラグーンは、一方的に不利な消耗戦を強いられていた。
「モネたちは……もう逃げきった頃か?」
ラグーンは呟く。
別れてからどれだけ時間が経ったのか時間の感覚が曖昧だったが、順調に行っていればそろそろの頃合いだ。
巨鼠が、ラグーンに向かって突進してきた。
ラグーンは身を捻って回避し、突進後の無防備な巨鼠へと攻撃の照準を合わせる。
時間差で、王巨鼠のウォーター・ブラストが飛んで来た。
これは何度も繰り返した流れだ。
ラグーンは巨鼠への追撃を諦め、ウォーター・ブラストの回避を優先した。
この瞬間、ラグーンは先の先の展開を予測していた。
ウォーター・ブラストを回避すれば、地面に着弾して、土煙を巻き上げるだろう。
それは僅かな隙を生む。
視界の悪い土煙に乗じて、王巨鼠へと攻撃を仕掛ければ、今度こそ攻撃が通るかもしれない。
しかし、これには何度も失敗している。
そこでもう一つの選択肢が、逃亡することだ。
モネたちが逃げきったならば、ラグーンがこれ以上囮になる必要はない。
王巨鼠は、異常に慎重な性格をしているようだ。
もしかして逃がしてくれるもしれない。
ここまでを一瞬のうちに予測したラグーン。
しかし、今回はそれが裏目に出た。
選択肢の存在が迷いとなり、コンマ一秒の遅れを生み出す。
ラグーンは、ウォーター・ブラストの余波を回避しきれなかった。
「ぐはっっ!」
長く保たれた拮抗が、遂に破れた。




