囮(デコイ)
「ラグーンッッ!!」
モネの悲鳴が鋭く響く。
ミラは咄嗟の反応で、王巨鼠に照準を切り替えて魔法を放った。
「ウインド・ブラスト!」
ミラの放った風の刃が、音速を超えるスピードで王巨鼠に直撃。
……したかに見えたが、その魔法は王巨鼠の表皮を滑るように逸れていく。
(あれは魔力障壁!?)
ミラの魔法を防いだそれは、強大な魔物特有の魔力障壁。魔法の効果を減衰する、魔法使いにとって天敵のような特性だ。
魔力障壁に防がれたために、ミラの魔法が王巨鼠の動作を遅らせることができた時間は、僅か一秒ほど。
が、その一秒は貴重な時間だった。
一秒で体勢を立て直したラグーンが、間一髪で王巨鼠の攻撃を回避する。
「炎神よ、我等に加護を。ブレイブ・サンクチュアリ」
そして、モネの加護魔法が王巨鼠の攻撃の余波からラグーンを守った。
ラグーンは軽やかに後ろへ跳躍すると、負傷したマトウを連れて後衛の位置まで下がった。
「ラグーン!大丈夫!?」
「モネとイリアのおかげでなんとかな。それよりモネ、マトウを頼む。さっきので負傷したみたいだ」
「ぐふぅぅ……め、面目ないんだな〜」
ジャイアントマウスの魔法攻撃を食らったマトウは、脇腹から出血していて重症だ。
「マトウ、もう無理して喋らなくていい!アタシに任せて!」
モネは、マトウの巨体を肩に担いで支えた。
「イリア、そっちはどうだ?」
「私も大丈夫。四、五匹ぐらい倒せたけど、残りは大きいやつの後ろに下がっていったわ」
ミラの言うとおり、巨鼠の群れは王巨鼠の背後へ隠れるように下がっていた。
仲間が何匹も殺されてようやく、ミラの魔法の威力を学習したようだ。
今のところ動き出す気配はない。
「上出来!残りの魔力は?」
「大丈夫、まだ半分以上残ってる!」
「嘘!?本当に!?」
モネが信じられないといった目でミラを見つめる。
ミラはモネの目を見て頷いた。
「嘘……じゃないのね」
そのやりとりを見て、ラグーンは作戦を告げた。
「あれだけ魔法を連発して信じられないが、今はイリアに頼るしかない。俺が囮になって、あのでかいやつを引きつけるから、お前たちは逃げろ。イリア、魔物と戦闘になったらお前が頼りだ。新人のイリアに無茶を言ってることは承知している。だけど、今はこれしかない。すまないが頼んだ!」
「はい!私は問題ありません!ただ……」
ミラはモネを横目で見る。
「一人で囮なんて、無茶よ!それなら全員でかかった方が!」
「駄目だ、全滅するぞ!あのでかいやつには魔法が効かない。あいつの相手は、俺にしかできないんだ」
「っっ!!」
モネは咄嗟に反論できない。
その沈黙が、ラグーンの言うとおりだと認めているようなものだ。
「大丈夫、すぐにやられたりしないさ。その間に、お前たちは援軍を呼んできてくれ」
それが気休めだということはミラにもわかった。
ナンバーワンパーティーの炎の剣が勝てない相手に、援軍が来ても勝てる道理はない。
「本当にこれしかないの?」
「あぁ、すまないモネ。マトウとイリアを頼めるか?」
ラグーンは微笑みながら言った。
「……くっ。……了解。イリア、逃げるわよ」
「でも……。モネ、本当にいいの?」
「こうと決めたらラグーンは梃子でも動かないわ。今はマトウを安全なところへ運ぶのが先決よ」
言葉とは裏腹に、モネは苦渋の表情で言った。
「……ごめん、わかった!」
そうと決まってからの行動は早かった。
ラグーンを残して、三人は走り出す。
モネはマトウに肩を貸しながら、ミラは背後を警戒しながら走った。
それに反応したように、巨鼠の群れも動き出した。
「おっと、デカブツ!お前の相手は俺だ!行かせねえよ!」
ラグーンは、王巨鼠と正面から対峙した。
数匹の巨鼠がラグーンの脇を通り抜けてミラたちを追うが、そちらに割く余裕はない。
「かかってこいよ!」
ラグーンは王巨鼠を大声で挑発する。
まさか魔物に人語が分かるはずはないが、それが挑発行為だということは伝わったらしい。
王巨鼠は、マトウの大楯を貫いたのと同じ魔法、ウォーター・ブラストを放った。
しかし、ラグーンは既に回避行動に移っていた。
致命的な威力を持つウォーター・ブラストを、ラグーンは余裕を持って交わす。
その勢いのまま、ラグーンは王巨鼠へと斬りかかろうと距離を詰めた。
が、その接近は二匹の巨鼠によって阻まれた。
「ちっ、邪魔だ!」
ラグーンは切り払って対処しようとするが、そこへ再びのウォーター・ブラストが飛んで来る。
ラグーンは後方へと地を蹴ってなんとか回避した。
タイミングは際どかった。一瞬でも躊躇していれば、直撃していただろう。
「くそっ!近づけもしないのか!」
遠距離からは王巨鼠の魔法、接近すれば巨鼠の突進。しかも、巨鼠はまだ何匹もいる。
ラグーンにとって絶望的な二段構えだ。
これを突破する手段を、ラグーンはまだ思いつくことができなかった。




