撤退(ウィズドロール)
「イリアはダンジョンの"宝玉"って知ってるかい?」
探索を続けながら、なんとなしにラグーンが尋ねた。
「はい、知ってます。ごく稀に魔物から採取できると言われる幻の宝石ですよね。っじゃない、宝石だよね?」
「ははっ、慣れないね。うん、そうだよ。よく勉強してるな」
「いつか宝玉を採取できたら、それを売った資金で準備して、王都に拠点を構えられるぐらいの一流冒険者になりたいんだな〜」
「へえ〜!素敵な夢!」
ミラはワントーン高い声で相槌を打つ。
「まぁ、そんなに簡単に出るもんじゃないけどね。アタシなんか、実物を見たことさえないんだし」
「俺だってそうさ。でも俺たちだって、こうやって毎日ダンジョンに潜ってたら、いつか宝玉に巡り合えるかもしれない。ほら、早速魔物のお出ましだ」
ラグーンが指差した方向には、再び巨鼠の群れが見えた。
「もう一丁やってやるんだな〜」
「そうね。次はアタシもイリアにいいとこ見せなくちゃ」
夢を語ったことで、初心を思い出したのだろう。
炎の剣の三人は、やる気に満ち溢れる様子だ。
先の戦闘と同じフォーメーションで、ラグーンとマトウが前衛を、ミラとモネが後衛を担当する。
「いや、おかしい!みんな、ちょっと待て!」
突然、大声でラグーンが警告した。
ミラもラグーンが見つめる前方に注目する。
(え?なにあれ?もしかして……あそこで動いてるの全部魔物!?って、やばい!気付かれた!?)
ミラがそれらを認識したと同時に、炎の剣の三人も事態を把握したようだ。
「やばいぞ!数が多すぎる!撤退だ、逃げろ!」
そう言うと、ラグーンは蜻蛉返りして撤退する。
ミラたちもそれに続いた。
一方、巨鼠の群れも、ミラたちの存在に気付いたらしく、群れ全体でミラたちを追って来る。
「なにあの数!おかしいでしょ!」
走りながらモネが言った。
「優に十匹以上はいるんだな〜」
「それに、奥にかなり大きいのもいたわ!あれなに?みんな知ってるの!?」
「いや、俺も知らない!おそらく群れのボスなんだろうけど、あんなサイズのは見たことない!」
「僕も初めて見たんだな〜」
「アタシも。でも、とにかくあんなのと戦うのはごめんよ」
四人は、元来た道を全力で走る。
走る速度は、ミラが一番遅い。
炎の剣の三人は、ミラにペースを合わせて走っている。
「追って来てるわ!」
モネが後ろを振り返って言う。
ミラが後ろを振り返ると、遠くにいた巨鼠の群れは、明らかにこちらへ迫っていた。
(ハァ、ハァ。おかしい!なんで!?胸が苦しい!ダメ、これ以上走れない!)
追われる恐怖が、ミラのトラウマを呼び覚ます。
心臓の鼓動が激しく脈打ち、ミラはたちまち息切れした。
「ハァ、ハァ。ごめん、私これ以上走れない!」
ミラは、断腸の思いでラグーンへとそのことを伝えた。
「わかった、迎え撃つぞ」
ミラの告白を聞いたラグーンは、足を止めた。
「了解な〜」
「了解。ほら、イリアも気合入れていくわよ!」
炎の剣の二人は、ラグーンの決断に逆らうことはしなかった。
文句一つ言わず、振り返って各々武器を構える。
「みんなごめん。本当にありがとう。私も、頑張るから!」
ミラも追従して振り返る。
そして、炎の剣の三人に礼を言った。
「気にするな」
「気にしなくていいのな〜」
「当たり前でしょ!」
(なんていい人たち!こうなったのは私のせいだ。少しでも貢献しないと!)
「みんな、本当にありがとう!」
彼らの優しさには胸を打たれるが、ミラの眼前には巨鼠の群れが確実に迫っていた。
そして、その奥には群れのリーダーがいた。
巨鼠が子どもに見えるほどの巨体、言うならば"王巨鼠"だ。
ミラの身長の倍近い体高から見下ろす目は、自らが打ち倒されるとは微塵も思っていない強者の目だ。
「俺がでかい奴の気を引く!マトウとモネは俺のサポート! イリアは魔法で残りの雑魚を牽制してくれ!行くぞ、うおおおおおおおおお」
ラグーンは単身、王巨鼠に斬り込んだ。
それにマトウが追従する。
「雷光と疾風の神よ、我等に力を。アジリティ・ブースト!」
モネはパーティー全体へ支援魔法を唱え、
「ウインド・ブラスト!ウインド・ブラスト!」
ミラは風魔法を放つ。
(大きいのはみんなに任せる。私はこっちに集中!)
ミラは魔法を連発して、次々と巨鼠たちを屠っていく。
対する王巨鼠は、魔法を使って彼らを迎撃した。
人間が使う魔法で言うウォーター・ブラスト。
超質量かつ高速の水の砲弾が二発、ラグーンとマトウをそれぞれ襲った。
とても目視して回避できる速度ではない。
ラグーンは発射の直前で射線から身を捻って避けた。
一方マトウは、大盾を両手で構え、地を踏みしめて衝撃に備える。
しかし、結果的にこれは悪手だった。
「ぐわああああああああ」
強力な魔法に盾の方が耐え切れず、大楯の一部が粉砕した。
「マトウ!危ない!」
モネが警告する。
王巨鼠は、隙を見せたマトウに追撃を加えるために、もう一度魔法を放とうとするが、
「させるかああああああ」
そうはさせまいと、ラグーンが裂孔の気合いを込めた一撃を見舞った。
喉元を捉えたその攻撃は、王巨鼠にたしかにダメージを与えた。
致命傷にこそ至らなかったものの、攻撃の矛先を変えることには成功した。
「グオオオアオォォォォォ」
王巨鼠が吠える。
ラグーンの一撃は、王巨鼠の逆鱗に触れたようだ。
王巨鼠は、大口を開けてラグーンに襲い掛かった。
「そんな大振りが当たるかよ!」
それは不運な偶然だった。
ミラが撃ち漏らした巨鼠の一匹が、ラグーンの死角から攻撃の機会をずっと窺っていた。
王巨鼠の攻撃を回避しようとしていたラグーンの背に、ちょうど巨鼠の体当たりが命中する。
不意の一撃に、ラグーンが上半身のバランスを崩した。
王巨鼠は、その巨体でラグーンを飲み込むように、顎を地面へと叩きつけた。
「ラグーンッッ!!」
モネの甲高い悲鳴がダンジョンに響いた。




