炎の剣(ブレイズ・ブレイド)
「もうそろそろかしら?」
ミラは呟く。
新人冒険者イリアあらためミラは、冒険者ギルドの隅の席でエマを待っていた。
もう一人のフードの人物ーーアレンとは一旦別れ、現在は別行動だ。
他の冒険者は口々に噂しながら、時折視線を投げかける。
ミラにも、いきなり魔法使いの新人が現れたら気になるのも当然だと理解できるが、それと居心地が悪いのは話が別だ。
受付で睨んでいるエマのおかげか、悪い虫は寄ってこない。
代わりに、注目されているのに話しかけられないという奇妙な事態が起こっていた。
「おーい、戻ったぞー」
そこへ、とある冒険者のパーティーが帰還した。
「おお!!」
「帰還だ!みんな、『炎の剣』が帰ってきたぞ」
「おかえりなさい!」
「よく帰ったなぁ」
「怪我はない? 依頼は成功?」
帰還した彼らは、他の冒険者に瞬く間に取り囲まれる。
落ち着かないほどに向けられていた注目を一気に奪われて、ミラは何だか拍子抜けした気分だった。
「ただいま、エマ」
帰還したパーティーのメンバーの中でも、最も覇気を放つ背の高い青年がエマに向かって言った。
(あれ?何だか親密そうだし、そういう関係なのかしら?ってエマさん、いつの間に!)
ミラが気づく前に、エマはカウンターから抜け出していた。
エマは青年に飛びつくように抱きついた。
「おかえり、ラグーン!」
エマの笑顔は事務の愛想笑いとは比べるべくもない満開の笑顔だった。
「ヒューヒュー」
「あっついねー」
「ベストカップル!」
周りの冒険者も、囃し立てるのに余念が無い。
見てる者が恥ずかしくなるような抱擁を終えると、エマはラグーンに言った。
「ねぇ、紹介したい子がいるの! 待ってて、すぐ連れてくるから!」
エマは隅に隠れていたミラの手を取って、強引に渦中へと引きずりこむ。
「紹介するわね。こっちがB級冒険者のラグーンと、ラグーンがリーダーを務めているパーティー炎の剣のメンバーよ」
「話は聞いたよ。期待の大物新人なんだってね?僕はラグーン、よろしく」
「はい、新人のイリアです。よろしくお願いします」
「へえ〜、礼儀正しい子なんだな〜」
「フン、確かに美人ね。それと冒険者としてやっていけるかは別だけど」
ラグーンの肩越しに、二人の人物が言った。
「こいつらはパーティーメンバーのマトウとモネ。変わった奴らだけど、悪い奴らじゃ無いんだよ。まあよろしくな」
ラグーンが二人を紹介した。
マトウと呼ばれたふくよかな体格の男は、見るからに優しそうで、虫も殺せない様に見えた。
一方、モネと呼ばれた長身の女は、確かに整ってはいるがキツそうな印象を受ける顔立ちで、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
今も「変わった奴」と紹介されたのが気に障ったのか、不満げな表情でラグーンを睨んでいる。
「こちらこそ。はじめまして、私はイリアです。よろしくお願いします」
「おいらはマトウっていうんだな~。君はイリアっていうのな~。覚えたな~。よろしくな~」
「アタシはモネ。アタシはまだあなたを認めちゃいないからね。ちょっと外見がいいからっていい気になるんじゃないよ」
マトウとは対照に、モネの第一印象は決して良くは無かった。
しかし、どこかの馬鹿王子と比べれば、大抵のことは笑って許せる。
ミラはめげずに明るく振舞った。
「マトウさんですね。私も覚えました。こちらこそよろしくお願いします」
マトウは穏やかな微笑みで答えた。
「モネさん。いつかあなたにも認めてもらえる冒険者になれるよう頑張ります」
「そんな日は来ないわ」
モネは、ミラの挨拶を冷たくあしらった。
「おいおいモネ、そう冷たくすることないだろ?」
「何よ、ラグーンはこの子の味方なの?」
険悪な雰囲気が漂ってきたその時、手拍子が鳴って会話を中断させた。
「はいはい、そこまでー」
「ああ、悪い」
「ごめんなさい」
エマが仲裁に入り、ラグーンが謝るのを見て、モネも渋々引き下がった。
「実はあなた達に、この子のことで折り入って相談があるの。この後予定はある?」
「いや、この後は美味い飯を食って、宿でぐっすり寝るだけさ」
「じゃあ、夕食の時にでも一緒していいかしら?」
「もちろん。お前らもいいよな?」
残りの二人の意見は見事に割れた。
「もちろんな〜、イリアとも喋りたいな〜」
「ええっ! アタシは嫌よ。何で帰ってきて早々に知らない子とご飯食べなきゃなんないの」
マトウは賛成。
逆にモネは、全く乗り気では無い様子だ。
「まあ、そう言わずにさ。頼むよモネ」
ラグーンは、モネに軽く頭を下げた。
「えっ、ちょっとやめてよ。まあ、ラグーンがそこまで言うんだったら…… 」
しかし、最後にはモネも折れて、話はまとまったかに見えた。
後で落ち合う酒場を決めると、その場は解散の流れに落ち着く。
「それじゃ、また後でな」
「またね〜」
「またね!」
ラグーンとマトウはエマと挨拶を交わし、ギルドを出る。
残されたミラは、エマの勤務が終わるまでもう少しギルドで待っている手はずだった。
「ねえ」
ミラは背後から声を掛けられた。
直後に肩を抱かれて、首にナイフを当てられているような格好になる。
「あなた、何の目的でアタシたちに近付いたの?」
「モネ…… さん?」
二人の空間には緊張が走る。
低い声のトーンが、冗談ではないと語っていた。
「お金が欲しいの? チヤホヤされたい? それとも、ラグーンに近付くため?」
「私は、そんなつもりじゃ…… 」
頭一つ身長に勝るモネは、ミラの肩に体重を載せるようにして、さらに追求する。
「でもあなた、何か隠してるでしょ?」
ミラは心臓が凍り付く。
その沈黙が肯定を意味していた。
「何を隠してる? 言え」
ミラは、言葉を選んで慎重に答えた。
「私は、エマさんに、誘われただけです」
「それだけ?」
「…… はい」
「正直に言え。さもなくば…… 」
モネは不穏な空気を漂われている。
「ちょっと待って!私、本当に他意はないんです。せっかく誘っていただいたんだから、ご縁を大切にしたいなって、それだけです」
「……」
嫌な静寂が流れた。
モネはミラの言葉を吟味しているようだ。
「……どうやら、嘘は言ってないみたいね」
ミラの肩にかかった重みが、ふっと軽くなる。
「余計なことまで聞いて、悪かったわね。でも、あなたに悪意がないのは分かったから、もういいわよ」
「……いえ、気にしてません」
解放されたミラは平静を崩さず言った。
ミラも、他の3人の人が良すぎるだけで、冒険者ならこれぐらい警戒して当然だと思っていた。
伊達に修羅場を潜ってはいない。
「何よ、可愛くないわね。あ、でも、ラグーンに色目使ったら、承知しないから!」
安堵したミラは、仕返しのつもりで軽口を叩く。
「どうして、モネさんが? ラグーンさんはエマさんの恋人でしょう?」
「うっさいわね! パーティーメンバーだから、心配してるだけよ!なによ?本当に、それだけだから!勘違いしないでよね!」
分かり易い捨て台詞を残し、モネもギルドを出ていった。
緊張が解けたミラは、露骨な三角関係を思い出して堪えきれずに笑顔を溢した。