再会(リユニオン)
ミラは、監獄の巨壁を文字通り乗り越えた。
今は壁を降りて、完全に敷地外に出たところだ。
看守たちは、ミラが監獄の外へ逃げたことに気づいていないだろう。
が、それも時間の問題だった。
日が昇れば、ミラの脱出の痕跡はいずれ発見されるだろう。
ミラは、追われる者特有の焦燥感に襲われていた。
しかし、心とは裏腹に、足がもつれて歩くことさえままならない。
止むを得ず壁に背中をもたれて座った。
(少し休憩したら、すぐ動き出さなきゃ)
ミラは目を瞑って深呼吸をする。
ミラは、壁の上から見渡した景色を思い出す。
月明かりの夜だったことが幸いし、監獄の周囲には一面の森が広がっていたのが見えた。
これからミラは、一晩で森の中を逃げなければならない。
夜に明かりもなく知らない場所を、しかも動物や魔物がどこから飛び出すか分からない森の中、追手に見つからぬよう逃げ切る。
その難易度は、監獄の巨壁を超えるのと同じか、それ以上に難しいだろう。
だがミラは、弱音を吐くことだけはしたくなかった。
(とにかく、進むしかない。大丈夫、すぐには追手は来ないはず。今のうちに距離を稼がないと)
ミラは立ち上がった。
とにかく前へ、一歩でも遠くまで。
そう決意したミラは、大地を踏み締めて歩み出そうとして、
「あっ」
膝から崩れ落ちた。
地面に手をつき、再び立ち上がろうとするものの、四つん這いの姿勢のまま体を起こすことができない。
緊張からの緩和。
それはミラの全身の筋肉から、無情にも自由を奪った。
(動かない!?こんなところで立ち止まってる場合じゃないのに!監獄に逆戻りなんて絶対嫌!私は自由になって、いつかまた、みんなに会いに行くんだから!)
ミラが心のうちでどれだけ自分を鼓舞しようとも、散々無理をした体は言うことを聞いてくれない。
その時、
「ガサガサッ」
草むらが揺れる音がした。
風は吹いていない。
(なにか……いる!)
ミラに緊張が走った。
(動物?魔物?看守?戦闘になったらどうする?魔法はまだ使える感じがしない。固有技能はまだ使える?)
固有技能を連続発動して魔力を消費し過ぎたため、ミラ本人にもこれ以上使えるかどうかわからなかった。
そこにいる何かが動き出した。
それは人型のシルエット。
それが走ってミラに向かってきた。
ミラは立ち上がれない。
影は、走ってミラに迫る。
それは、両手を広げてミラに覆い被さった。
「ミラ!」
その声は、ミラにとって最も脳裏に焼き付いた声だった。
「アレン!?」
アレンは四つん這いのミラの上半身を抱き起こし、強く抱き付いた。
「ミラ!よかった!会いたかった!」
「待って!?本当にアレンなの!?アレン!?アレン!ん?んんっ」
アレンが、ミラの首の後ろに手を回した。
そのまま、強引にミラの唇を奪う。
ミラはこれが幻想なのかと思った。
だが、唇の感触は紛れもなく現実のそれだ。
「ミラ!もう会えないかと思った。無事でよかった。ミラのことは俺が守るから、もう絶対手放したりしないから!」
アレンは吐瀉物に塗れるにも関わらず、ミラを強く抱きしめる。
ミラはアレンの胸の中でなされるがままだ。
「アレン、アレンだ。私、またアレンに会えたんだ」
「あぁ、もう手放したりしない。ミラ、好きだ」
ミラを抱きしめるアレンの手に力が籠る。
ミラも、アレンを強く抱き返した。
「……ありがとう、私も」
二人はお互いを抱きしめて離さない。
ミラは、感極まって涙を流した。
理不尽で唐突な別れが、むしろ再会の感動を演出したかのようだ。
「ミラ、一緒に逃げよう」
長い抱擁を終え、アレンがミラに告げた。
「嬉しい……でも、ダメよ。私を助けたらアレンまで犯罪者扱いされちゃう」
「そんなこと構うもんか。もう冒険者は辞めてきたんだ。ミラが居なくなってから気付いたんだ。俺には、ミラが必要なんだ」
「アレン……」
「とにかく、今は逃げよう」
そう言うと、アレンはミラに背中に乗るように促す。
躊躇しつつも、ミラはそれに従った。
「少し揺れるから、ちゃんと捕まってろよな」
「うん」
アレンは、ミラを背負って走り出した。
その速度は速い。
人一人を背負い、夜の山道を行くというのに、並の人間の全力疾走を凌ぐスピードだ。
それでいてアレンには、まだ余裕がある様子だ。
監獄の巨壁からみるみる離れていく。
アレンの背中にしがみつきながら、ミラは尋ねた。
「でも、どうして私の居場所がわかったの?」
アレンはスピードを緩めることなく、ミラの問いに答える。
「あぁ、それなら俺の固有技能のおかげだ。ミラも知ってのとおり、俺の固有技能"超直感"は、直感が鋭くなって相手の攻撃をうまく避けたりできる固有技能だった。けど、使い道はそれだけじゃなかったみたいなんだ。なんとなく、こうすればこうなるってのが分かる感じっていうか。口ではうまく説明できないけど、直感に従ってここに来たら、ミラに会えたんだ」
「そうなんだ、アレンはすごいね。私の救世主だよ」
ミラは心のうちを無意識に吐露する。
「ん?なんだって?」
「ううん!何でもない」
聞き返されて自分の言葉を思い出すと、ミラは恥ずかしくなって口を噤んだ。
先程のキスを連想して、余計に顔を赤くする。
「それにしても、ミラはあったかいな」
「もうなにそれ、バカ」
若い二人は夜の森を行く。