使い方(ハウ・トゥー・ユーズ)
ラムたちの戦場の号も、東端の壁までは届かない。
月明かりが静かにミラを照らしていた。
「複製!」
ミラは固有技能を発動した。
”複製”--それは、小さなものを複製する固有技能。
制限は少なくない。
「複製」するには、対象を触っていなければならない。
その対象は精々が手に乗る程度の大きさで、しかも無生物に限られる。
そして……
複 製 物 は 使 用 者 の 任 意 の 範 囲 に 現 出 さ せ る こ と が で き る。
ミラが「複製」したものは、右手に握る小ぶりの短剣。
そして、「複製」した短剣を「現出」させる座標は、目の前の巨大な壁の内部だ。
固有技能は、ミラの思惑どおりに発動した。
ミラが巨壁の内部へと座標を指定して「複製」した短剣は、刃を壁に刺し入れた形で顕現した。
刺したと言うより、短剣の柄が壁から生えていると言った方が近い。
それは、端的に言うと足場だ。
凹凸の一切なかった壁に、ミラは固有技能を駆使して、足掛かりを創りだした。
ミラは壁に刺さる剣の柄を踏みつけて、足場としての強度を確かめる。
(いける!これなら!私の固有技能だったら、この壁を上り切れる!)
ミラは確信した。
そして即座に次の行動に移る。
「複製」
壁に刺さった短剣の柄を足場とし、次の足場となる位置に狙いを定める。そうやって、新たな足場を「複製」して創り出す。
ミラは一歩一歩壁を登りながら、休まず連続で技能を発動していった。
「複製」
右手にはオリジナルの短剣を握ったままだ。
「複製」したものを再度「複製」することはできないのだから仕方がない。
ただし、右手が自由に使えないことは大きな不安材料だ。
「複製」
また、ミラは足場の間隔をなるべく離して、固有技能の発動回数の節約を心がけていた。
固有技能とて、際限なく発動できるわけではないのだ。
体力を、精神力を、そして魔力をも。それら全てを少しずつ、少しずつ消耗していく。
「複製」
何よりも、集中力が削られる。
固有技能の連続使用で確実に疲労が溜まっていく中、命懸けのクライムを強いられるのだから当然だ。
「複製」
くわえて、追手が来るかもしれないという焦燥感。
ミラは、西の大門に守備が固められていると推測しているものの、それはあくまで推測に過ぎない。
今、看守に発見されれば、成す術はない。
「複製」
しかし、泣いても笑っても、今のミラにできることは、一歩一歩上ることだけだ。
短剣の柄という小さくて不安定な足場だけを頼りに、垂直な壁を上っていく。
「複製」
一歩上るごとに高度は増す。
命綱などもちろん無い。
少しでも踏み外してバランスを崩せば、転落死するだろうことは想像に難くない。
「複製」
固有技能を発動し、壁に手掛かり足掛かりを創り、それを頼りに壁を登る。
ミラは淡々と、しかし針の穴に糸を通すような正確さで、目前の作業を遂行した。
「複製」
今のミラの動きを評するならば、それは精緻の一言だ。
まるで熟達の人形術師が己の人形を自在に操るように、意思と動作が一分の狂いもなく噛み合っていた。
「複製……」
しかし壁は高い。
夜の闇と相まって、どこまでも続くように思えた。
「複製……」
人間は、本能的に高所を苦手とする。
それは恐怖に由来する自然な感情だ。
ミラとてその例に漏れない。
登れば登るほどに恐怖は増幅した。
「複製……」
くわえて、疲労のピーク。
看守に追われて急な全力疾走を繰り返した結果、ミラの体、特に下半身は悲鳴を挙げていた。
意志にそぐわない筋痙攣が、何度もミラを襲う。
だがミラは精神力を奮い立たせ、短剣を握りしめながら、痙攣が収まるまでじっと耐えた。
「複製……」
視界が悪いのも厄介だ。
月明かりだけでは、ぼんやりとしか先が見えない。
次の手を掴み損ねたら、バランスを崩して転落するのは必至。
既に、落ちれば助からない高さだった。
「複製……」
上空は風が吹いている。
バランスを崩すほどの強風ではないが、その冷たさがミラの体温を奪った。
汗に濡れる体が、夜風によって冷やされていく。
「複製……」
監獄に入れられる前のミラならば、この状況に泣き出してしまっただろう。
しかし、今のミラは表情を崩すことなく没頭している。
数々の逆境が、逆にミラの生存本能を呼び覚ましていた。
今、この瞬間、この刹那。
今日、この時、この一歩がミラの運命を切り開く。
「複製……」
学友のアレン、ギルドマスターのセウス、そして囚人仲間のラム。
今のミラに考えている余裕はないが、彼らとの出会いと別れが、ミラを支える一部となっていた。
「複製……」
この壁を超えたなら、それは奇跡と呼ばれる所業かもしれない。
「複製……。複製……。複製……。」
「複製……。複製……。複製……。」
「複製……。
複製……。
複製……。
複製……。
複製……。
複製……。
複製……。
複製……。
複製……。
複製……。」
そして……
ミラは遂に、監獄を取り囲む巨壁を乗り越えた。




