表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/40

巨壁(グレート・ウォール)

「くっ。ラム、無事でいて」


 ミラは、身を引き裂かれる思いでラムと別れた。

 しかし同時に、どこか安堵している自分がいる。その葛藤に、ミラは自己嫌悪を感じていた。


 そんな感情を振り切るかのように、ミラは夢中で逃げた。

 看守の休憩室の扉を飛び出したミラは、脇目も振らず廊下を駆けて行く。

 とにかく、戦場から少しでも、1メートルでも遠くへ。


 ノアの強さは、ミラも肌で感じていたところだ。

 冒険者ギルドに勤務する仕事柄、人の強さを見抜く力は確かだ。

 それでなくても、剣の達人のラムに、あそこまで言わせるほどだ。ひょっとすれば、英雄クラスの実力者かもしれないと、ミラは推測していた。

 もしもミラがそんな人間と戦えば、どうなるか。

 想像するまでもなく、秒殺されるのは自明の理だった。


 廊下を行く途中、ミラは窓を発見した。

 このまま廊下を進んで看守と遭遇すれば、やり過ごすことは困難。戦闘に突入する可能性が高い。

 それは望むところではない。

 ミラはそう結論づけ、窓を開けて屋外へと飛び降りた。


 外は既に日が沈み、夜が始まろうとしていた。

 空気はひんやりとしている。

 走り続けて火照った頬に風が優しい。


 監獄の構造など知る由もないミラは、窓を飛び降りてから、ずっと真っ直ぐに走った。


 ミラの目の前に広がるのは夜の闇。

 どこまで走ればいいのか、目的地も定まらない。


 知らない場所で、ただただ暗闇をひた走る。


 闇への恐怖を感じていないと言えば嘘だろう。

 しかしそれ以上に、何者かに追いかけられる恐怖から逃げ出すように、ミラは走り続けた。


 恐怖から連想して、ミラは先刻の出来事を思い出す。


(ラム……。私、ラムを置いて逃げた……。本当に、これでよかったの?……駄目だ、考えがまとまらないよぅ)


 一瞬、周囲への警戒を解いて考え込んだミラだが、幸運にも人目はなかった。

 ラムとノアの戦いに看守全員が注目し、ミラから注意が外れていたのだ。

 というのも、この監獄の敷地における出入り口は西側の大門唯一つ。

 ノアを倒し、その後ろに勢揃いした看守らをも倒さなければ、突破は不可能だ。

 ラムより格段に戦力の劣るミラを追って、わざわざ戦力を分散させる必要はないのだ。


 月夜の中、ミラは走る。

 右手の短刀だけをギュッと握りながら、とにかく監獄の外へ出ようと、必死で出口を探した。


 呼吸は乱れ、汗が滲んだ。

 脹脛の筋肉がプルプルと震え、痙攣を起こす前兆を知らせている。


 ミラは限界間近の体に鞭打つように、一歩ずつ、懸命に進んだ。


 そして、ミラは辿り着いた。

 そこはラムとノアが剣撃を交わす戦場とちょうど反対、東端の壁だった。


「はぁ、はぁ、はぁ…… 」


 ミラは息を整え、気を落ち着かせる。

 碌に運動できなかったブランクが祟り、肉体への負担も想像以上だった。


「はぁ、はぁ…… 」


 ミラは目の前には、巨大な壁があった。

 日が沈まぬ内に一度見ていなければ、それが壁だと認識することすら困難だっただろう。

 それは監獄からの脱獄者にとって、最後の砦にして最大の難関。監獄を監獄足らしめる巨壁だ。

 夜の闇と相まって、見上げてもどれだけ高いのかわからないほどだった。


 ミラは左手で壁に触れる。

 ひんやりしていて、表面は滑らかだ。


 拳を作ってと叩いてみても、ビクともしない。

 むしろ叩いた音から、その堅牢さがわかった。


「ふぅー」


 ミラは大きく息を吐いた。


(……ラムが心配だけど、これは偽善?だって、ラムとは出会ってからまだ短いし、顔を見たのだってさっきが初めて。でも、ラムのおかげで私は牢を脱出できた。それなのに、我が身可愛さに逃げ出して……私はラムを裏切った。だけど!ラムはあの時、逃げろって言ってた……。あぁもう!やっぱり考えがまとまらない。そうだ、だったら考えるな!考えても何もできないんだから、今は考えちゃ駄目だ。自分のことだけ考える。うん、そうよ。私が今考えるべきなのは、私自身のこと!)


 ミラは、右手の短剣を強く握りしめた。


(建設的なことを考えましょ。ラムと別れたあの時、窓の外には人が集まってた。これまで看守と遭遇しなかったことは、偶然じゃなくて、あそこに集まってたと考えるのが自然。ということは、出口は塞がれてると考えた方がいい)


 ミラは目の前の巨壁を見つめる。

 高い壁だ。表面は滑らかで、人が手を掛けて登ることは現実的ではない。


 ミラは目を瞑った。


(たとえ出口が塞がれてても、脱獄できる可能性はゼロじゃない!だって、私には固有技能(ギフト)がある!)


 そのまま神経を集中させていく。


 ミラは、自らの固有技能(ギフト)を”複製(ダブル)”と呼んでいた。

 それは、自分の掌に乗る程の小さなものを複製するという固有技能(ギフト)

 ミラの認識では、便利ではあるが、戦闘面においては役には立たない固有技能(ギフト)だった。


 しかしミラはもう、この固有技能(ギフト)の可能性を知っている。

 この固有技能(ギフト)と共に、死線を潜り抜けた。

 その経験が、ミラに新たな道を示す。


 ミラは最後に大きく深呼吸をする。

 漲る思いがあった。


(絶対成功させて、脱獄しよう。自由になるんだ!もう一度、みんなに会いたい!私は、こんなところで死ねない!)


 ミラは固有技能(ギフト)を発動した。


複製(ダブル)!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ