勧誘(インビテーション)
ここは監獄の前庭。
その一面は、夜の闇が魔法の光源に照らされている。
その場は、もはや決闘場と言って差し支えない場となっていた。
数十人の看守たちが固唾を飲んでその決闘を見守っている。
そこに立つは両雄。
囚人のラムと、王子ノア。
達人の域に達する者同士の戦いだ。
両者一歩も譲らず、その戦いは一晩中続いていた。
もう間もなく、夜が明ける。
「まだ諦める気にはならないのかい?」
「ふっ。お前も未来予知できるってなら、答えは聞かなくても分かるだろ?」
ノアの問いかけに対し、ラムは傲岸不遜に答えた。
しかし、その態度とは反対に、ラムの身体は既に悲鳴を上げていた。
牢屋暮らしで鈍った身体で、ノアと一晩中戦っているのだから無理もないことだ。
「まぁ、そう来るよね。でも、もうすぐ日が昇る。名残惜しいけど、そろそろ決着といこう」
ノアはそう言って剣を構えた。
その剣は国宝と言って差し支えない逸品である。
「望むところだ」
ラムは応じた。
ラムもまた、ノアから与えられた剣を構える。
こちらの剣も、負けず劣らず国宝級の一振りである。
「いくよ!」
ノアが口火を切る。
ノアが最後の決着に選んだ技は、シンプルな突進突き。
が、シンプル故に最も速い。
最速最強の一撃だ。
対するラムの構えは、鞘に剣を納刀するかのような珍しい構え。
それは、真風流秘伝の抜刀術の構えだ。
「ハァ!」
ノアがこれまでで最も大きく息を吐いた。
気合いの篭った突きを繰り出す。
観衆と化した他の看守には、もはや目視できない速度だった。
それをラムは真正面から迎え打つ。
「真風流奥義、凪の太刀」
寸分の一秒の狂いもなく、二人の剣は交差し、お互いにその刃を重ねた。
ノアの放った突きを、ラムの剣が一点で受け止め、そのまま剣の速度を完全に奪う。
お互いの剣が一瞬止まり、時間さえ止まったかのようだ。
相手の攻撃を完全に受け流す。
それこそが、真風流の真骨頂。
相手の力を完全に凪ぐ、神業だ。
だが、ノアの再始動は早かった。
力を相殺された剣を手放し、そのままラムの懐へと潜り込む。
大柄なラムの方が身長が高いため、その動きを予測していなければ、ノアの体が突如消えたように見えただろう。
しかし、ラムはノアの動きにきっちり反応していた。
「読んでる!」
この一晩の決闘を通してラムは、ノアの超人的な強さを信頼していた。
ノアが空かさず動き出すことを先読みしていたのだ。
ラムもまた振り切った右手の剣を手放し、左手の拳で至近距離からノアの腹へと一撃を放つ。
それは達人同士の感覚でなお、回避が間に合うタイミングではなかった。
「もらった!」
ラムは手応えを感じた。
ノアの鳩尾へと自らの左の拳が触れる感触を感じ、そして、
「グフッ」
ラムの脳裏で光が弾け、天地がひっくり返る錯覚を起こす。
ラムは抗うこともできず前方から地面へと倒れた。
意識を保つのがやっとの状態で、ラムは地面の土を舐めることしかできなかった。
「ゲホッ、ゲホッ。くぅ〜、効くね。分かってたから耐えられたけど、不意にもらってたら危なかった。流石だね、ラム。ますます君が欲しくなったよ」
「て……めぇ、な……にしやがった!?」
地面に転がるラムは未だ戦意を失わず、ノアを睨み付けて言った。
ノアは、腹を摩りながら能天気に応えた。
「あははっ!何されたか分からなかったでしょ?いや、簡単なことさ。昔からよく言うでしょ?攻撃の瞬間が一番隙が大きいってさ。アレって本当だよね、君ほどの人間でも例に漏れないんだから。あぁ、そうそう!でさ!君が殴ってきたところに、一撃もらうフリして、後ろ宙返りしながら君の顎を蹴り上げたんだ。不意打ちで顎にもらったもんだから、君は今地面に寝転がって立てないってわけ。まぁ、引きつけ過ぎたせいで、僕もモロに食らっちゃったけどね。あぁ、お腹痛!あははっ、これだとある意味痛みわけだね!」
ノアは倒れるラムの顔の前にしゃがみ込んだ。
「でも、ほとんど僕の勝ちだと思うんだけど、反論あるかな?」
「く……そが……。ねぇ……よ、殺せ」
「そうかい、じゃあ今日は僕の勝ちだね」
「今日?」
「ということで、今日はおしまい。またね」
ノアが倒れ伏すラムに手刀を繰り出す。
ラムは頸に衝撃を受けたと同時に、意識を手放した。
「じゃ、これ運んどいてね」
ノアは立ち上がると、控えていた看守たちに指示を出した。
看守の中でも年長の者が前へ出て、ノアからさらに指示を仰いだ。
「ハッ、承知致しました。ところで、もう一人脱獄囚を確認しております。仰せのとおり、まだ捜索していませんが、ただ今から捜索致します。捕らえた暁にはいかが致しましょうか?」
「あぁ、そう言えばそうだったね。あの子も面白そうなんだよね……。できれば生かしたまま捕らえて、また牢に入れといて」
「ハッ、仰せのままに」
看守は深々と首を垂れる。
ノアはそれを興味なさそうに一瞥した。
「あ、痛ててて」
ノアは鳩尾を抑え、小さく深呼吸を一つ。
「次は一個も貰わずに勝ちたいなぁ」
ノアは子供のように無邪気に笑った。