対峙(コンフロント)
「待ってたよ」
窓の外から声が聞こえた。
敵意を持った口調でもないのに、ミラは足がすくんだ。
「下がれ、ミラ」
ラムは殆ど口を動かさずに、背後のミラヘ指示を出す。
ミラは無言で一歩下がった。
「いいか、ミラ。あれは最悪の敵だ。俺でも勝てるか分からねえ。逃げろ、とにかく奴のいない方に逃げろ!」
ラムは小声で指示を続ける。
「ラムはどうするの?」
「俺はここで奴を討つ。可能性は低いが、やるしかねえ」
「ここまで来て置いてけないよ!」
「馬鹿!それどころじゃねぇんだよ!」
肝心なところで素直に従おうとしないミラに、ラムは声が大きくなった。
「つれないなぁ。いつまでもそんなところでお喋りしてないでさ、こっち来なよ」
再び声が聞こえた。
少し高めの、若い男性の声だ。
「行け、ミラ!お前を庇いながらじゃ勝ち目はねえ!せっかく助けてもらったのに悪いが、ここからは別行動だ!」
「でも……いや、うん。わかった!勝ってね、ラム!」
「おう!任せろ!」
二人は最後にそんな言葉を交わして、別れた。
ミラはとんぼ返りで部屋を出る。反対に、ラムは窓から完全に身を乗り出し、外に着地した。
ラムは目の前の男の顔を見つめた。
ラムと対峙するのは、赤い髪の青年だ。
青年の背後には、何十人もの看守が隊列を組んで控えている。
どうやら、戦力はここに集中しているらしい。
「もう、いいかな?」
「あぁ、死闘ろうぜ」
二人の戦士に、それ以上の言葉は必要なかった。
ラムが短剣を構える。
一方、赤髪の青年は腰に携えた二本の剣を抜くこともせず、その場に仁王立ちだ。
誘われている、ラムはそう受け取った。
剣での戦いにおいて比類なき実力のラムは、これまで自分を舐めた相手を尽く倒してきた。
今回も例外ではない、とばかりにラムは距離を詰める。
ラムは勢いそのままに、常人には目視できないほどの速度で、短剣による刺突を放った。
狙いは相手の首筋、と見せかけてガラ空きの胴に渾身の一撃。
「ガギンッ!」
しかしその一撃は、赤髪の青年の長剣によって防がれた。
いつ抜刀したのかわからないほどの早業。
剣の達人たるラムを持ってしても、殆ど視認できなかった。
一瞬の膠着。
その均衡を破るように、ラムは短剣の角度をズラし、相手が剣を握る指を狙う。
「シッ」
しかし、その動きは読まれていたかのように、長剣を払って簡単に対処された。
短剣を払われた力に対して、ラムはあえて逆らうことをせず、同時に後ろに小さく跳んで距離を取る。
そして間髪入れず、
「真風一刀流奥義、晴嵐の太刀」
届くはずの無い位置で、短剣を振るった。
それに対して、赤髪の青年は長剣を構えて防御の体勢に構える。
「ガギンッ」
その刹那、剣の刃が打ち合ったような音が響いた。
「おいおい、待てよ。それはおかしいだろ」
ラムは呆れたように言う。
「あはは、おかしいのは君さ。斬撃を飛ばすなんて、常人には無理ってものだよ」
赤髪の青年は笑って答えた。
「クソッ、こんなとんでもねえ奴と戦った記憶なんてねえぞ。初見であれが防げるなんて、あるわけねえのに」
「……あぁ、いい事教えてあげるよ。僕に対して出し惜しみしても意味ないよ。僕は固有技能で未来が見えるんだから。ほら、聞いた事ないかい?"神剣ノアの未来視"ってさ!」
ラムは唾を飲み込む。
「マジかよ、神剣のノアだと!?化け物みてーな強さって評判の王子じゃねえか。なんでこんなとこにいやがんだ!?運が悪いなんてレベルじゃねえぞ」
「いや、だから偶然じゃないんだって。君が脱獄しそうになる未来が見えたから、僕がそれを止めに来たんだ。魔法も使えないこの土地で、君を止められるのは僕ぐらいだからね」
「チッ、やるしかねえ。真風一刀流奥義、狂風の太刀!」
ラムはその場で、無数に空を切り裂く。
それらは全て、風に乗る鎌鼬となってノアに殺到した。
ラムの攻撃はそれだけで終わらない。
今度は自分自身も突っ込み、直接刃が当たる間合いに侵入する。
流れるような動作で袈裟斬りを繰り出した。
ノアは風の斬撃を見切り、最小限の動きで躱した。
そして、ラム本体の短刀を長剣の刃に滑らすようにして捌いた。
「真風一刀流奥義、晴嵐の太刀」
晴嵐の太刀は風の斬撃。
ラムはそれを至近距離から繰り出した。
それは風の斬撃と、本体の刃の二重の斬撃となってノアに襲い掛かる。
ノアは風の斬撃を長剣で受け流す。
しかしその直後、ラムの短剣の刃による実在の斬撃を受けきれず、後ろに大きく後退した。
「……ぷっ!あはは、あはははははっ!面白い!面白いね、君との戦いは!僕がわかってても対応しきれないなんて久しぶりだよ!しかもそのちっぽけな短剣でこれか!君はすごいね!」
「お前こそ、化け物すぎんだろ。あれで傷一つつけられねえなんて、ちょっとこりゃあ、勝ち目ねえかもな」
ラムの言葉に反応して、ノアが長剣を投げつけた。
「うぉっと」
ボールを投げるかのようなスピードで迫る剣を、ラムはこともなく左手で受け止めた。
「それ、あげるよ。だから本気でやろう。ここからが楽しいんだから、簡単に負けないでよ」
「おいおいおいおい、いいのか?後悔するなよ!」
ラムもノアに負けず、不敵に笑った。