0-2.神を罵倒した代償は高くついたと弓兵は後悔する
大好きなVRゲームやってたら入り込みすぎて、なんか変な世界に来ちゃいました。
……ゲームのアバターに入ったままの状態で。
自分でも何を言ってるのか分からない。でも、私を取り巻いてる意味不明すぎる状況は、もっと訳の分からない代物だった。
何よりも……。
「お前が愛して止まないゲームのキャラにしてやったぞ。泣いて喜べ」
なんかどっかの大馬鹿野郎が、そんな台詞を言いながら胸を仰け反らせてやがりそうで。
……へーへー。お気遣い、大変感謝しておりますがねぇ。
出来れば色々キャラメイクを最初からやり直させてもらえませんでしたかねぇ!
種族選択とか、職業選択とか、性別選択とか、性別選択とか、性別選択とか、からさぁ!
大事なことだから、何回でも言ってやったよ!
……つーか、ゲームシステムとか計算式をそのまま持ち込ませてくれるのならねぇ?
こちとら、色々と酸い甘いも味わい尽くして、何が得で何が得でないかとかさ、おおよそ全部知り尽くしてるんだよ?
どんな種族にどんなメリット・デメリットがあって、どんな職に向いてる向いてないを知り尽くしてる今なら尚更そうなんだけど。
今からやり直させてくれるなら、って話なんだけど!
こんな色々と中途半端で器用貧乏なエルフの女戦士なんて種族よりもさ、色んな意味でアタッカーに向いてるスペック持ってる男のダークエルフのメイジを躊躇なく選ぶっての!
小さな親切大きなお世話なんだよ! このスットコドッコイが!
ひゃっぺん泣かせてやるから今すぐ目の前に現れやがれってんだ!
このウスラトンカチィがぁぁぁっ!
「……気は済んだか?」
ゼーハー、ゼーハー。
「ちょっとだけ」
そんな訳で?
私の目の前には、私をこーしてくれやがりました張本人が鎮座していたりする訳さ。
とはいえ、本体は遠くはなれた場所にいやがる憑依状態ってヤツらしいのだけどね。
「チュートリアルにしか見えない『森の中心にいるエント様の元へ向かえ』なんていう、あからさまにいっちゃん最初にやるべき初期クエストのラストで、このオチは酷いと思う」
そう私が文句をつけた相手は、森の守り神様にして主でもある巨大樹のモンスターであるエント。いわゆる霊樹なんて呼ばれている特殊扱いされる事の多い神聖な種族のモンスターで……。っていうか、生き物みたいに喋ったりすることも出来るような、とっても賢くて長生きな森の守り神的な存在だから、下手に普通のモンスター扱いも出来ない特別な存在ってヤツなのかもしれない。
属性で言うなら思い切り光、善って存在かな。
地上のあちこちの大きな森に点在していて、その地域を管理したりしているのだそうだ。
なんでそんなこと知ってるのかっていうと、元のゲームにもエルフとかの森の住人だったNPCからエント様って呼ばれてた森の王様が居たし、この世界でも似たよう存在らしいって、さっきエントさん本人から聞いて教えてもらったから。
まあ、そんな話をしている真っ最中に自称神様とやらが降臨しやがったのだけど。
「そんなに嫌わなくても良かろう」
自称神様ことアカシヤとか名乗ったクソ野郎が……。
「仮にも神に向かって糞呼ばわりか。あと、私はアカシアだ。アカシヤではないぞ」
うぐっ。こいつ心を……。
「貴様!“読んで”いるな!?」
そんな台詞を荒木風の決めポーズと供にビシィと指さして口にした私に、エント様の顔を借りて喋っているアカシヤは心の底から呆れたような顔をして……。
「……アカシアだ。あと、そのおかしなポーズはやめろ」
うん……? あれ? これって、もしかして……。
「じゃあ、そっちも心を読むのをやめろ」
これ以上、私のATフィールドを犯さないで!
「ディオの次はアスカか。……まったく。これだからヲタは嫌いなんだ」
「だから読むなっつってんだろが!」
ぶち殺すぞ、この糞野郎!
「はいはい。分かった、分かった。もう読まない。コレでいいか?」
「コレで良いかって……。はいそーですかって、信用出来るとでも?」
嘘ついたら地球破壊爆弾999個落としてやる!
「信用と言われてもな。こればっかりは証明のしようがないぞ」
「……まあ、それなら、それで仕方ないから良いんだけど……」
一応、そんなモン持ってないだろってツッコミが入らなかったので信用してみる。
「それで、自称カミサマことアカシアさんは、ホントは何者なんですかねぇ?」
「さっきも教えたはずだが、私はいわゆる神様と呼ばれている存在だ。階級はまだ低いがな。一応、この惑星の管理と維持を任されている。この惑星の住人にとっては、いわゆる創造神や全能神といった存在だろうし、そういった風に認知もされているようだ」
そんな自称神様なら色々出来る事もあるはずなのに。
「じゃあ、さっきもどさくさ紛れに頼んだ気がするけど、私の種族を男のダークエルフのメイジに変えてくれないかな?」
「無理だ」
さっき同様、やっぱりキッパリ断りやがった。
「なんでさ!?」
「さっきも同じように答えたが、それをやったのは私ではない。もっと上位の存在だ」
「いわゆる上司の神様ってヤツ?」
「まあ、お前の感覚で言うと、それに近いのだろうな」
上司にお願いして、さっきの転生者、なんか問題起きてるみたいなんでチョットだけ中身のデータ手直ししてもらえませんかね~って、一言で済みそーなものなのに。
「キャラメイクは担当外ですってこと?」
「私に、そこまで複雑な操作は出来ないのでな。そういうのが得意なヤツに任せてある」
「じゃあ、そいつに頼めばいいだけなんじゃ……」
「そいつは、ありのままに近い形を再現することで持ってくる事は出来ても、細かい部分を改変したりするのは苦手なヤツなんだ」
ほー。ありのままの私、ね。
つまりゲームの中の状態なままで連れてきたんですよって?
VRゲームをやってた状態のまま連れてきたから?
だから、こーなっちゃったんですよ、と。そう言いたい訳か。
「じゃあ、なんでレベルが1になってたわけ?」
「それは再誕のプロセスを経たからだな」
「さいたん?」
「生まれ直したという意味だ。そのまま持ってきた訳じゃないってことだな」
生まれ直した。……だから素っ裸だったのか? レベルが下がってたのも、ついさっき生まれたばっかりだったから? だからクラスが初期化されたってこと? 装備品が残ってたのも、元のキャラが身につけてたからってことなのかな……?
「ちなみに、元の私はどーなってる?」
「元もなにも、お前は、この世界で生まれたんだ。元がどうなったとか聞いてどうする」
「気になるから。あと、記憶を引き継がせた理由もお願い」
話が長くなりそうだったので地面に腰掛けたのだけど、そんな私にエントの世話係らしいドライアードのお姉ちゃん(いわゆる樹木の精ってヤツで裸体に蔦が巻き付いてる感じの扇情的なデザインな女性型モンスターだ)が、微笑みながら木のコップに入った水を持ってきてくれた。……うん。美味しい。
「元の世界でゲームをやっていたお前は、例えるならコピー元のデータだ。データをコピーされたからといって、その元となる存在が消えたりするはずがない。まあ、あの瞬間、VRシステムに過負荷がかかってサーバーがダウンした様だからな。その際に、何人かが強制ログアウトの後遺症で気分を悪くしていたが、被害の実態としては、その程度に収まっている」
つまりは、問題らしい問題は起きていないってことか。
「じゃあ、記憶は?」
「データを丸ごとコピーして、こっちの世界に放り込んで、お前を作り出したせいだろうな。記憶の他にも色々と余計なものが複写されたようだが、それらが引き継がれてしまったのは、単純に全体を丸ごとコピーしたせいだろう。装備品なども、その時に身につけていた物はコピーされているんじゃないか? あと、出来るだけ処理を簡略化するために、省略可能な細々とした品々は出来るだけ省いたとも聞いている。……何をどれだけ持ってたのか知らんが、ずいぶんと付加情報満載でえらく面倒くさいデータを選ばれたとか言ってボヤいていたぞ」
まあ、私の場合には、あのゲームでも有数の付加情報持ちだっただろうから……。身につけてた品以外のアイテムの中で捨てる事の出来る物は省いて、それ以外を残した状態で。装備品の他には、廃棄とか譲渡とか不可能って属性をもったユニークアイテムだけ持たせた状態でコピーした、と。つまりは、そういうことだたのだろうと思う。
……廃棄も一応は可能なのに、気を利かせて通貨を残してくれたらしい仲間のカミサマに、会うことが有ったら、一応は礼くらいは言っておくべきなのかな。
「……そんな私をわざわざ選んだ理由は?」
「そんなお前だったからだ」
「はいぃ?」
そんな杉下警部っぽい返事にちょっとだけ表情を歪めてアカシアは答えた。
「お前、随分と暇そうにしてただろう」
他のプレイヤー達は随分と楽しそうにゲームをプレイしていたのに、私だけが随分と暇そうにしていた。だから親切心を働かせて、暇でない状態にしてやった、と。そう仰るか……。
「勿論、能力的な要素も加味しての事だったが、お前のギルドの構成員なら誰でも能力は似たり寄ったりだったからな。その中の誰でも良かったんだが……。そんな中でお前を選んだ最終判断としては、まあ、その程度の理由だ」
みんな楽しそうにヒャッハーしてたのに、私だけが随分と暇そうにしてたからって?
そんなに可哀想に見えたってこと……?
「……そ、そんな下らない理由で……」
そうがっくしと膝をついてうめく私に、アカシアは無情にも「まあ、そういう訳だから諦めろ」と告げていた。
◇◆◇◆◇◆◇
私に何をさせたくて、こんな事をしたのか。
そんな問いにアカシアは「ちょっとしたテスト」と答えていた。
「テストって何?」
「それを教える前には、まず大前提としての“世界を渡る”という方法論について説明しなくてはならと思うのだが、単純に異世界の存在……。まあ、仮に向こうの世界のお前、中身の方のお前を単純にコチラに呼び込んだ時、どんな問題が起きると思う?」
そんな問いに答えるのは比較的簡単だった。
「環境への適応力。単純に呼吸が出来るかとか、病気を持ち込まないかとか、反対に病気にならないか、とか。あとは単純に戦闘力の低さ。……知能の方はともかくとして、ファンタジーのような荒っぽい世界で生きていけるほどの戦闘力は持ってないと思う」
そんな私の答えに満足したように頷いてみせる。
「だからこそ、無力な中身ではなく外側、強い力を宿したアバターに宿った状態のままで連れてくる必要があった。そういう意味ではお前の世界のVRMMOというのは、色んな意味で都合がいいシステムだったな」
この口ぶりからすると、今までも色々とやらかしてそうだな。コイツ……。
「ちなみに、お前のアバターは外見こそ元の世界の物を再現しているが、中身の方はこっちの世界の生き物を元に作ってある。なかなか良く出来ているだろう?」
そう、自分がやった訳でもないのに何処か自慢気なアカシアに少々呆れてしまうが、それでもこの体が良く出来ているというのは認めざる得ないわけで。
「体をそうやって適応可能な状態にして連れてきた他にも、お前の頭の中に自動翻訳系の能力を組み込んで、こうしてこっちの世界の言葉で会話出来るようにしたりとかな。色々と細かい部分で手を入れてあるらしいぞ。あとは、お前のアバターの持っている『力』をコッチの世界で生かしやすいようにシステム周りを再現してやったりとかな。その部分で色々と苦労させらたらしいが……。まあ、それもテストの一環だったからな」
そんな他人事……。まあ、実際に他の神様がボヤきながらやらされたらしいから、たぶん、本当に他人事だったんだろうけど。
「そんな風に、今回のテストでは、この世界に、お前のように他の世界でゲームの中のキャラに宿った状態のまま、まるごとアバターごと『情報』という形で、プレーンな状態で取り込んで『異邦人』を送り込む際の最適なプロトコルとかを探る為の実地検証というか……」
だんだん説明する側も億劫なり面倒になってきたのだろう。言葉のあちこちが意味が分からない言葉だらけになってきていたし、あきらかに面倒くさそうな表情も浮かべていた。
「もっと簡単かつ簡潔に。できればダイレクトかつダイナミックによろしく」
「簡単に言うなら、モルモットだな」
「思ってったより酷かった!」
いわば他の奴らを送り込む際の最適解を探るためのテストケースが私だったらしい。
私の場合には元データは『VRゲームをプレイ中のキャラクター+中の人』って形の情報で、その情報を別の世界で問題なく利用するために特別仕様なシステムを組んで適応させるのにすごく苦労したんだぞ~とか何とか、色々とダラダラ説明されたが。
要は私から見たらコピー元になったVRゲームのインターフェースとか機能とかスキルとかが利用できるように都合よく調整された状態での異世界ダイブっていった感じになってるらしく、生体レーダーとかも普通に使えているし、課金地図こと世界地図とかの機能も、それなりにはばっちりと再現してあるらしいし、コッチの世界だと空間湾曲を利用したアイテムボックスって扱いになるだろう特殊なマジックアイテムと同等かそれ以上の性能をもってるらしいインベントリ機能の再現もしてあるし、それらに比べるとスキルとか加護とかの権能系は随分と楽に実装出来たとか何とか、色々と苦労話を聞かされる事になった。
……なんでも、こんなに苦労するなら、もうゲームキャラの再現とか二度とやらねーと相方にボヤかれたとか何とか。まあ、それはともかくとして。
そんなゲームを再現して異世界に送り込まれただけな存在が私なので、くれぐれも気をつけなければならないのが一点ほどあるのだそうだ。
「死んだら、そこがゲームオーバー。お終いと思え」
ゲームと違って死んだら近くの街まで死に戻り、そこで復活なんて甘い話はなく。そこは再現しなかったのだそうだ。
「お前を作るのには色々と苦労をさせられたがな。だが、しょせんはそれを実験、検証する為に用意したモルモット程度の存在だからな」
ひどい話だと思うが、本当のことだけに質が悪かった。
「あとはせいぜい再誕が上手く行ったかどうかしばらく様子を見て、ちゃんと生きていられるか、意図した力を発揮して戦えているか、こっちの世界でまともに生活できているか、といった基本的な確認が一通り済めば、あとは用はない。正直、とっとと退場して居なくなって欲しいというのが、私の偽らざる本音だ」
そんな冷たいこと言って、私がそっこーで死んでたらテストやらはどうするつもりだったのかと聞いてみたら……。
「なに。元のデータは残してあるんだ。それに最初の一回はプロトコルを作り上げるのに苦労させられたが、こうして確立してしまえば、二回目以降は比較的簡単にやり直せる。だったら、失敗するたびに何回か同じことを繰り返してやれば、いつかはテストの終わりまで生き延びる被験体も出てくるだろう」
むしろ何処が悪かったのかって検証には、そっちのほうが向いてるだろうからな、と。
そこまで口にしたクソ野郎が、あえて黙ってニタリと笑ってみせる。
その無言の笑みの意味を理解出来ない程には、私は鈍くなかったのだと思う。