表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

1. インテロバングの衝撃

 言葉はなかった。






 何とか絞り出したのは「ここは……異世界ですか」という頭が沸いたかのような戯言で、それに対しあっさり返ってきたのは「厳密に言うならパラレルワールドです」との言葉だった。

 よくわからなかったのでお伺いを立てたなら、彼は特に面倒くさがるふうもなく、淡々と解説してくれた。


 いわく、パラレルワールドとは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指すのだそうで、わたし達の────つまりこの場合わたしだが、わたしのいた宇宙と同一の次元を持つそうだ。

 一般的に並行世界・平行世界と訳される。

 並行宇宙や並行時空といった呼称もよく使われるらしい。

 なるほど、異世界アナザーワールドではなく並行世界パラレルワールド

 確かに、似て非なるものだ。



「そうですか。通りで……納得はいきました」

「何とも頭が柔軟な方ですね」



 決してそういうわけではないが、そうでもないと説明のつかないことが多々あるからに過ぎない。

 例えば、一見して日本とよく似ていること。

 例えば、言語が同じであること。

 例えば、空は青く雲は白く、太陽と真昼の月は共に一つであること。

 例えば、そこの屋台からする腹の虫を誘う匂いが唐揚げのそれであること。

 例えば、多少の違いはあれど見知った新宿ビル群が視界にあること。

 例えば、こちらに来たとき、たまたま隣にいた彼が黒髪黒目の日本人(ここは予想)であることなどだ。


 それだけで信じるのかと言われたなら難しいところではあるが、現にわたしはさきほど死にかけていたのだ。

 何故かはさておき、朦朧としつつ意識を保ったまま、視界が不自然にぐにゃりと歪んだことは間違いなく、目を開けたままにここへやってきた。

 途端、死の淵から回復してしまったのだから、信じる以外にどうにも出来ない。



「世界を行き来すると、体が作り変わるそうです」



 男性にしては線の細い彼は理知的な目を優しく細め、落ち着いた説明をしてくれている。

 お陰でわたしも、取り乱すことはなかった……のか、一回りした故の妙な冷静さなのかはわからないが。



「便利なものですね」

「必要なことなのだと竹千代が言っていました」

「そうなんで……どちら様が?」

「竹千代です。おや、パラレルワールドからいらっしゃる方は、大抵がご存知なのだと伺っておりますが」



 首を傾げた彼に対するわたしの言葉はなかった。

 それをどう捉えたのか、彼は補足を口にする。



「AICHIは松平氏の第8代当主・松平広忠の嫡男です。ええと……そう、東照大権現とうしょうだいごんげんとそちらでは言われるそうですね。成人後の異名それで行くと大いに張り切っていました」



 それは神号であって死後戴く名ではないのか。

 何故、幼名竹千代の時点で異名などを決定してしまっているのだろう。

 そもそも異名って。

 それは自ら名乗っていいものなのか。

 東を照らす神の化身とか……幼児の考えることはすごい。

 わたしならそんな大それた異名は例え知ったとしても名乗らない。

 というか、やはりその竹千代か。

 他にもその幼名だった人物が何人かいたと思ったが、一番の有名どころがストレートに来るとは思わなんだ。

 いや、それより何より、違和感が拭えない。



「あの、どこのどちら様の竹千代さんと仰いました?」

「立ち話も何ですね。ああ、あそこに入りましょう」

「はあ……」



 彼が指差した先には“喫茶店 La Grandeグランド Illusionイリュージョン”の看板が……これはやはり巨匠ピエール=オーギュスト・ルノワール由来なのだろうか。

 もう何も言うまい、ここはパラレルワールドだ。

 取り乱すことこそなかったが、わたしはこの時点で、やはり、かなり混乱していたのだろう。

 何から何まで違和感が拭えないこの世界で、あっさりと“そうである”ことを受け入れてしまっていたのだから。


 落ち着いた店内は広めのスペースにゆったりとソファとテーブルが配置されており、ようやく見知った空間に身を置けたことに、思わず安堵の吐息が漏れる。

 ウェイトレスに案内され席に腰を下ろしたところで、ピピピピッと聞き慣れた電子音が鳴った。

 もしや、パラレルワールドであっても元の世界から電子の信号はキャッチ出来るのか!?────勢い勇んでポケットに手を突っ込んだなら、目の前の彼もまた、同じ動作をしていた。

 結果、どうやらわたしの期待は期待で終わってしまったらしい。

 ピッとスマートフォンをタッチして、彼は電話に出た。



「あ、もしもし、僕、第六天魔王だけど。ああ、今SHINJUKU」

「!?」



 何事かを手短に話した彼は、すぐ電話を切った。

 しかし、気になるのはそこではなく。



「失礼しました。部下からの電話でして。僕もたまたま神号を耳にする機会がありましてね、箔がつきそうなものだったので、使わせてもらっています」

「!?」

「ああ、光秀ってご存知ですか?何でも、そちらの世界だと僕を裏切るそうなんですが、こちらでもそうなってしまうのでしょうか」

「!?」

「僕としては彼はなかなかに使える人物だと踏んでいるので、そうはなって欲しくないのですが。どう思われますか?」

「……どう……と、言われましても……」



 戸惑いを隠せないわたしに、彼は「ああ」と微笑んだ。



「ようこそ、JAPONジャポンへ」



 やはりこの世界は、わたしの知る世界ではないようである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ