はじめての戦闘もどき
かなりの体力を使い、ようやく脚立の頂上に座る事が出来た僕は、教室の一番後ろの窓から中の様子を窺う。これが僕が生まれてから続けている日課のようなものだ。
ここから授業を見聞きするだけで、二歳にして僕は、この世界の言葉や文字を完璧に覚える事が出来た。
もちろん前世よりも、かなり優秀な脳の力のお陰もある。
僕に付き合って授業を見聞きしているマリーもかなり文字を覚えている。
だが、こいつの場合、教室の黒板を見る時間よりも、僕の方を見る時間の方が、長いと感じているのは、僕の気のせいだろうか。
そんなどうでもいいことを考えていると、教室のドアが開き廊下から先生が教室へ入ってきた。
先生が中央の教壇に立ち、生徒達に挨拶をすると、すぐに授業を開始した。
今日の授業はこの国の歴史についてだ。
この国の歴史は浅い、リムノス国という名の国は二千年程前から存在している。
なぜ浅いかというと、実は、この国は一度滅びているからだ。
今から百五十年程前の、この国の王の行いによって、この国は滅びた。
その王の名前はザウス、後世の歴史家達は彼の事を、虐殺王ザウスと呼ぶ
当時のリムノス国の領土は、今の二倍以上も在り、ガイエス帝国よりも広くそして豊かだった。
だが、人間の欲望には限りが無い。
彼は、レベルアップの副産物である寿命の延長を望み、次々と戦争で得た奴隷や捕虜を、自らの手で殺し、レベルを上げていった。それが最も安全なレベルの上げ方だと知っていたからだ。
ここでレベルについて説明すると、魔獣だけでなく、人間や動物を殺してもレベルは上がる。
しかも種族によってレベルの上限が決まっている。
肉体によって吸収出来る力の限界が違うからだ。
ちなみに、普通種の上限レベルは250 亜人が300、竜種が1000となる
ちなみに、古代の記録では、レベル250の人の寿命は約500歳と記されている。
ザウス王は、奴隷や捕虜を殺し尽くし、自らのレベルを250にすると更なる力を求めて迷宮に目を向けた。
今も当時の迷宮も、有史以来、100階層までしか探索されていない。
101階層へ続く扉の前には、古代文字でこう書かれている。
「レベルを極めし者以外の立ち入りを禁ず」と
有史以来、レベルが上限にたっした者など数えるほどしか存在せず、レベル250の人間がパーティを組んで100階層まで到達し、その扉に手を触れると、扉が開き、101階層へ続く道が現れた。
レベル250の人間はすんなりと通る事が出来たが、レベルが上限に達していない者は、まるで見えない壁が有るかのように、通る事が出来なかったらしい。
しかも調査の為に101階層へ続く道を一人で歩いていたレベル250の人間は、突然現れた見た事も無い魔獣に襲われ、一人交戦するも、殆ど力が通じず仲間の目の前で食い殺された。
それ以来、101階へと続く扉を開こうとする者は、誰一人としていない。
だがザウス王は、レベル上限者が多数いれば、攻略は可能と考えた
そのため彼は国の騎士達に、迷宮へ入る事を強制した。だが、迷宮でのレベルアップは、そう簡単にはいかず、多くの騎士達が亡くなっていった。
業を煮たザウス王は、騎士達同士の殺し合いを命じた。拒否をする騎士達には家族を人質にし、無理矢理戦わせた。
この結果、国はどんどん荒れていった。
それを見逃すガイエス帝国ではなかった。
リムノス国に戦争を布告し、リムノス国へ侵略を開始した。
ザウス王は、自分がレベル250だから、自分を傷つける者は存在しないと過信し、兵を率いて前線へ出撃した。
だがいままでの政策で、騎士団の士気は低く、数も少なかった。
結果、リムノス軍はまたたく間に全滅した。
一人追い詰められたザウス王は、ガイエス軍兵士の前で剣を振るった。
しかしその剣が、ガイエス兵士に届く事は無かった。
幾ら力が強くても、戦い方を知らない彼はただの素人に過ぎず、ガイエス兵士達に体を針のむしろのように刺され、絶命した。なまじレベルが高かった為に、その苦しみは長く続いたという
さほど時を置かず、ガイエス軍はリムノス国王都を蹂躙した。王都に居た王族は次々と殺され、リムノス国は滅亡したかに思われた。
だが、まだ王族は残っていた。ザウス王の政策に反対し、地方に幽閉されていた者達である。
シュタインベルク家を筆頭とするリムノス国の有力貴族達は、幽閉されていた王族を救い出し、王族を筆頭に戦いを開始した。激戦の中、なんとか王都を奪還し、現在の国境線まで押し返す事に成功するが、それ以上は兵力が持たず、現在のまま続いている。
リムノス国は本来、ほぼ普通種の人間だけの国であったが、疲弊した国力を回復させるために、戦闘能力の高い亜人達の移民を推奨した。その結果、様々な種族が暮らす国となっている。
「ここまてで、何か質問は在るかな」
壇上の先生が生徒達に問うと、一人の生徒が手を挙げて先生が生徒に質問する事を許すと、
「先生、黒髪の仮面の剣士のお伽話は本当でしょうか。」
先生は暫く考え込むと口を開いて
「君達の中で、黒髪の仮面の剣士のお伽話について知っている人は手を挙げて」
と先生が言うと、生徒の中で手を挙げたのは、僅かに二人だけだった。
生徒達の間では、(仮面の剣士って誰?)とか、
(そのお話って、歴史に関係あるの?)など、小声で話し合っている
かくいうシンも興味津津だ なにせ自分も黒髪なのだから、
マリーにも知っているかどうか聞いてみると、彼女も知らないらしい
先生が《黒髪の仮面の剣士》について話し始めた。
「黒髪の仮面の剣士のお伽話は、今から百五十年程前に作られたお話だ。リムノス軍とガイエス軍が、現在の国境線上で戦闘中に、空から巨大な黒い魔獣が現れ、ガイエス軍を攻撃しだした。黒い魔獣は、あっという間にガイエス軍を全滅させると、今度はリムノス軍を攻撃しだした。リムノス軍の兵士は、黒い魔獣の力に絶望した。その時、空からヒト型の空飛ぶゴーレムに乗った黒髪の仮面の剣士が現れ、黒い魔獣を倒すと、傷ついた一人の少女の命を救い、何処かへ去っていった。というお話だ」
(へえー黒髪もやれば出来るんだ)などと思っていると、
一人の生徒が、
「馬鹿だなあ、黒髪だぜ、黒髪、黒髪がそんな事出来る訳ないだろう」
と言うと、周りの生徒もウンウンと頷く。その光景に軽く傷つくシン
そんな彼の頭を軽く撫でて慰めるマリー
(落ち込んだシン様もかわいいわー 癒されるわー)
などと、マリーが思っているのを余所に、
(10歳の少女に慰められる僕って、一体)と、更に落ち込むシン
そんな二人の光景を、嫉妬混じりの視線で見つめる先生
一人の生徒が先生に
「先生はどう思いますか」と尋ねると、
「僕も作り話だと思う。今現在でも、空飛ぶゴーレムなんて存在しないし、確かに国境線上には、今でも魔獣の骨が在るけど、両軍が戦う前から在ったとしか思えない」
(やっぱり、ただのお話だったんだー)と、生徒達は結論付けた。
やがて授業が終わり、教室から生徒が一人も居なくなり、先生だけが残る。
まだ落ち込んでいるシンと、シンの頭を幸せそうに撫でるマリー
そんな二人に先生が窓に近付き、マリーに声を掛ける。
「こんにちはマリー」
掛けられた声を無視して、シンの頭を撫で続けるマリー
さすがにマリーの様子がおかしいと思ったシンはマリーに
「マリー ちぇんちぇいが、あいちゃつをしているけどいいの」と尋ねると、
ようやく先生の存在に気が付いたマリーは ハッ として
「こんにちは先生」と挨拶を返した。
「ちぇんちぇいとマリーはしりあいなのか」とシンが尋ねると
「この前、授業で使う教材を、運ぶのを手伝ったんです」と答えるマリー
流石にシンも挨拶しなければ不味いと思い
「こんにちゅは、シンといいまちゅ。」
「知っているよ、君は有名だからね」と答える先生
どうせ悪い意味で有名なんだろうなと直ぐに察しがつくシン
そんな二人に先生は
「いつも授業を外から見ているだけじゃつまらないだろ、たまには教室の中を見学でもして見るかい」
そんな先生の言葉にシンは
(なんて良い人なんだろう、黒髪の僕に、こんなに優しくしてくれるなんて)
「ちょれじゃ、おこちょばにあまえちぇ、よろちくおねがいちまちゅ」
脚立の上からペコリとお辞儀をするシン
二歳児のそんな姿は、見ていてとっても愛らしい
さつそく、建物の入り口に回り、建物の中に入り、教室のドアを開け教室に入る。教室には、先生と数々の教材が待っていた。教材の中で、ひと際目を引いた物が有った。教室の前に設置してある棚の中に人間の頭大の水晶玉がある。もっと近くで見ようと トコトコ と歩いて近付くと、先生が、
「その水晶玉は魔力総量測定器だよ、使ってみるかい」
先生がシンに尋ねると、シンはコクリと頷く
先生が棚に近づき、棚から水晶玉を取ると、シンに水晶玉の上に手を置くように指示をすると、シンが右手を水晶玉の上に乗せる。
すると、水晶玉が薄く輝き、水晶の中に、数字が現れる
《18》の数字が浮かぶ
この数字が、多いのか少ないのか悩んでいると、先生が憐れみの目で見つめシンに
「やっぱり、若干低めだな」と呟く
魔力総量はレベルと密接な関係がある。
基本、レベル掛ける10が魔力総量となる。
人間が生まれた時のレベルはゼロ、何もしなくても年齢を重ねるごとにレベルは上がってゆく。だいたい肉体の成長が止まる二十五歳前後でレベルが止まり、六十歳頃からレベルが下がる。
ちなみにシンの年齢は二歳、シンの魔力総量は、2掛ける10は20となる。しかし18しかない
(魔力総量が少ないのは、さっき花壇で魔法を使ったからだ)
そう思っているシンだが、魔法で使った分の魔力は、直ぐにではないが、少しずつ回復する。
ちなみにシンの魔力は、既に回復している。
たちまち落ち込むシンに、すかさず近づいて慰めようとするマリーに、
先生がさっと間に入り、シンを抱き上げる。
その行動に驚いているシンとマリーに先生が、
「僕が慰めてあげよう」と言って
ヨシヨシと言いながらその場で回り始める
(やっぱりこの人はええ人や)なぜか関西弁で心の中で呟くシン
しばらくその場で回っていると、先生がマリーに対して背中を向けた位置に来ると、怖い顔でシンに対して ボソッ と呟く
「いい気になるなよ」
一瞬、何を言われたのか判らないシンだったが、先生の顔がマリーに見える側に来ると、先生の顔がたちまち笑顔になる。そしてまた先生の顔がマリーから見えなくなると、また怖い顔になり
「マリーたんは、僕のものだ」
またまたシンの思考がフリーズする。
(ちよっと待て、この人って、どうみても三十越えてるだろ)
実際、先生の年齢は三十二歳、頭の毛がちょっぴり寂しいお年頃だ。シンが ボー然 としていると、今度は高い高いを始めた先生、何度か高い高いをして、シンを上へ放る先生
すると突然、腰を落とし、シンを掛け声と共に思いっきり上へ放る先生
「高い 高い ほれ」
掛け声とほぼ同時に、天井へと突き刺さるシン
そのまま落ちてくると思いきや、首がつっかえて、天井で宙ぶらりんになる。
下で心配そうな声をあげるマリーと
「いやーゴメン ゴメン」と明るく謝る先生との声が対照的だ
さすがにここまでやられて黙っている彼ではない
『索敵』
シンは魔法をイメージする
シンが魔法を発動すると、シンの頭の中に、この教室のミニチュアが構築される。
そのミニチュアの教室の中では、心配顔のマリーと笑顔の先生の姿が見える
魔法で先生と自分の位置を確認すると、両手に力を込めて、天井から一気に頭を引き抜く
天井から落下するシン だがその先には先生がいる。
シンは両足を揃え、先生の顔へと突撃する
「くらえ」
その掛け声と共に彼の両足が、先生の顔面に見事にめり込む
シンと先生の体のバランスが崩れ、シンは教室の床に向けて落下する。
『エアボール』
シンは魔法を発動する
空中で体をボールの様に丸め、体の周りに、空気のクッションをまとうイメージをする
シンの体は、まるでサッカーボールみたいに弾むと、やがて動きを止める
シンを心配したマリーが、彼に近づこうとするが、シンの顔面攻撃から立ち直った先生が、マリーよりも速く、駆け足で、彼に接近する。
彼の目の前で、右足を大きく後ろへ上げ、左足に力を込める そして
「シンくん 大丈夫ですか」
言葉とは裏腹に、大きく上げた右足をシンの脇腹へと叩き込む先生
周りの机や椅子を蹴散らしながら、教室の壁へと向かうシンボール
壁に当たると、魔法の効果で壁から跳ね上がるシンボール
その先にはしたり顔の先生がいる。
バチーンと大きな音を立てながら、先生の顔へとめり込むシンボール
衝撃で、先生の体が仰向けに倒れ、そして動かなくなった。
シンボールの方は、コロコロ転がりながら、壁際で止まる
シンが魔法を解いて、ゆっくりと立ち上がると、先生の方も起き上がろうとするがシンに近づこうとするマリーに、顔と腹を踏まれ、再び動きを止める
シンの傍まで来たマリーは、彼に怪我が無いか体を調べ始める
すると彼の額に小さな傷を発見する
「シン様 お顔に怪我を」
マリーが心配そうに言うと、シンは笑顔で答える
「このちぇいどでちゅんだのは、マリーがちゅくってくれたこのフードのおかげだよ ほんちょうにありがとうマリー」
思いがけない感謝の言葉に、マリーの心は、余りの喜びに妄想モードへと突入する
(やだーシンさまったら、ありがとうなんて、もしかして私のことが好きなのかしら、そしたら私達両想いじゃない、もしかしたら結婚まで行っちゃったりしてヤダー)
ヤダーと思うと同時に、照れが入り、無意識の内に、両手を突き出すマリー、偶然、手がシンへと当たり、彼は後ろへと押されてしまう。
壁際だったため、シンの後頭部が壁にぶつかってしまい、当たり所が悪かったのかシンは気絶してしまった。
残されたのは、絶賛妄想モードに突入中のマリーただ一人
それから五分経過して妄想モードが解除され、気絶中のシンをマリーが見つける
頭の後ろにさっきまでは無かったタンコブを見つけ怒りまくるマリー
「一体誰が、こんな酷い事をするの、絶対に許さないんだから」
教室にマリーの声が響いていた。