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ドーピング  作者: 銀槍
29/29

レース

悪夢のユニコーンアーマー事件から二週間が過ぎた。親方に頼んでユニコーンアーマーを元に戻してと頼んでいるので、この二週間はずっと小屋でパンを焼いて過ごしている。そんな穏やかな日が続いている中、朝食が済んで、くつろいでいる時に犬先生がやってきた。


「犬先生、こんな朝早くどうしたんですか、用事ならパンを渡す時でも良かったのに」


わざわざ小屋までやってくるなんて余程急な用事なのだろう。


「シン、これから少し付き合ってくれないか。」


「えっ、でも、これからパンを売りに行かなくちゃいけないんですけど…」


「パンを売り終わった後で良いから俺に付き合ってくれ。」


「どこに行くんですか?」


犬先生の用件は、何時も碌な内容ではないので、警戒するシン。


「何時もシンにはパンで世話になっているから、たまには礼をしたくてな。」


真っ当な理由の為、警戒を解くシン


「本当ですか、なんか悪いなあ」


「と言う訳で、パンを売り終わった頃に迎えに行くからな。」


「はい、判りました。」


シンにその事を伝えると、犬先生は去って行った。


(楽しみだなあ、どんなお礼をしてくれるんだろ)


「良かったですねシン様」


隣りでマリーが微笑んでいた。


何時ものように街でパンを売り捌き終わった頃に犬先生がやってきた。


「シン終わったか、直ぐに礼がしたい、行くぞ。」


半ば強引にシンを連れて行く犬先生、その場に台車を置きっぱなしで、シンを連れて歩く。腰に付けた今日の売上の銀貨の入った袋をジャラジャラ音をさせながら、犬先生はシンの腕を引っ張り連れ歩く。


「ちょっと待って下さい、まだお店を片してません。」


余りの強引さに驚いているシンに、


「目的の場所は直ぐそこだ。」


犬先生が立ち止った場所は、洋服屋のお店の前だった。そして洋服屋の扉を開けて中に入る2人に、店の店長が話しかけてきた。


「ようこそいらっしゃいました、準備は既に出来ております。」


もみ手をしながら、笑顔で話す店員に、


「では案内してくれ。」


犬先生はシンを店内の試着室に放り込んで、自分も別の試着室に入る。


「犬先生、これは一体どういう事なんですか?」


試着室の棚には、服と何故か赤いヘルメットが置いてあった。


「取り合えず置いてある服に着替えてくれ、話しはそれからだ。」


訳が判らないが、言われた通りに着替えて試着室を出ると、其処にはシンと同じ格好をしていた犬先生が立っていた。


白い作業服の様なつなぎに、赤いヘルメットを装着した犬先生、唯一の違いは、犬耳の犬先生の為に丸いヘルメットの頭部が犬の耳の形になっている。


「この格好ってなんですか?」


「似合っているぞシン、これなら俺のパートナーとしてばっちりだ」


「パートナー?何ですか、それ」


「実はな、鍛冶野郎とレースをする事になってな、2人一組で参加するルールでな、その栄えあるパートナーとして君が選ばれました。」


ワーーパチパチと手を叩いて笑顔で話す犬先生だが、その言葉を聞いてシンはダッシュで店の玄関へ走る。


「野郎、逃がすか」


お店のドアを開けようとした瞬間、犬先生の右手がシンの後頭部に迫る。


シンは振り向かずに、迫る犬先生の右手を左手で受け止める。


「なっ…」


驚く犬先生に対してシンは左手に力を込める。右手首を掴まれた犬先生は痛みに顔を歪ませる。その瞬間をシンは見逃さなかった。振り向き、犬先生に蹴りを喰らわせる。喰らった犬先生は店の奥まで吹っ飛んで行った。その間にシンは洋服屋を脱出した。


がむしゃらに走り続けて気が付くと、シンは何時の間にか娼館が立ち並ぶ場所まで入り込んでしまった。しかも娼館の中でも男娼と呼ばれる男専門の館の前で立ち止まってしまった。館の門には男の城と書かれた看板が高々と掲げられ、その下には男娼が複数立って立ち話をしている。良く見回すと、他の娼館の前でも、多くの女の娼婦が、立って話しをしているのが見える。


男娼が好奇の視線でシンを見詰めている。


「不味い、早くこの場所を離れなければ……」


元来た道を帰ろうとしていたら、犬先生が物凄い速さでシンの側に迫り、そしてシンの前に立ち止まった。そして犬先生は走った後なので、軽く息を弾ませながらシンに話しかけて来た。行き成り現れた犬の大男のオヤジの出現に、周りの男娼や娼婦が何事かと2人の会話に注目する。


「ハアハア、シン、俺にはお前が必要なんだ。」


「嫌です」


真面目な表情の犬先生だが、関わると碌な事にならないと判っているのできっぱりと拒否するシン。すると犬先生はシンの右足にしがみつき、涙を流しながらシンに話しかける。


「シン頼む、俺を見捨てないでくれぇぇぇ」


泣きながら叫ぶ犬先生に対して、周りの人達の反応がシンを悩ませる。


「あの子、あんなに幼いのに、あんなオヤジを手玉に取るなんて…」


「若いのにマニアックな趣味してやがる。」


「一体どんなテクニックで、あの男を落としたのかしら?」


「テイマーよ、夜のテイマーよ。」


(誰が夜のテイマーだ、ふざけんな、こちとらまだ清い身体だってのに…)


刺さる視線がシンを苦しめる。2人の見た目は、白いつなぎと赤いヘルメットのペアルックなので他人の振りも出来ない。そして…


「判りました、やりますよ、やらせて下さい。」


「グスッ、本当かシン、ありがとう、ありがとう」


シンの右足を離して立ち上がる犬先生。


「下げて下げて上げるか…、とんでもない子供ね、将来が恐ろしいわ…」


「俺が弟子入りしたいぜ。大した奴だ。」


降りかかる誤解の嵐にその場を急いで立ち去るシン。


「お――いシン待ってくれ――」


喜びを身体で表しながら去って行く犬先生を見て、男娼、娼婦の方々は誤解を深めるのであった。


そして翌日、街の郊外で複数の人々と二台のマシーンが集まっていた。


鍛冶先生の車は長旅を想定してキャンピングカータイプなのに対して、犬先生の方はセダンタイプだが2人乗りで、前部には普通の地上を走る為のエンジンが積まれているが、後部に魔道船の姿勢制御のジェットエンジンの様な物を詰んでいる。その証拠に、車の後部に煙突の筒の形をした物が伸びている。製作者のロイに尋ねたら、後ろのエンジンは加速用の物で、リミッターを設けてあるから時速百キロ程度しかこの車は出ないと言っていた。逆に言えばリミッターを解除したらとんでもない事になるのは容易に想像できた。


ルールは隣町までの約百キロを、コースは自由でどちらが速く辿り着けるかの勝負で行われる。


二台の車両の間に立って犬先生と鍛冶室長の2人が睨み合っている。


「よう、鍛冶クズ、てめえのその鼻っ柱をへし折ってやるぜ。」


「うるせえ、この犬バカ、負けて吠えずらかかせてやる。」


「「ふん」」


ふたり揃って相手に後ろを向いて車に乗り込む。乗り込む直前、鍛冶室長はロイを睨みつける。犬先生の車はロイが製作した事を知っている鍛冶室長は、二つの意味で負けられないのだ。車には既に2人のパートナーが乗り込んでおり、後はスタートの合図を待つだけだ。


二台の車の前には旗を振り上げた1人の男が立っていて、この男の合図でレースが始まる。車内には緊張が走る。手に持った旗が振り下ろされた。


鍛冶室長の車は時速二十キロに対して、犬先生の車は時速八十キロの猛スタート、その差がグングン広がる。


「流石は僕が作った魔道具なだけはある。フフフフフ」


ロイの笑い声を残して車は走り去って行った。



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