メンテナンス
シンは王都の中央通りにあるサフラン商会に向っている。サフラン商会はここ数年で王国素随一の商会にのし上がり、その巨額の財力で商会の周りの土地を買収し、縦横2百メートル、地上3階、地下1階から成り、建物はロの形をしていて、中央に魔道船が発着出来る作りになっている。
王都でも最大の大きさを誇る建物は、商会の権力の大きさを表している。
シンは、商館建物の外側の一角にある小さい小屋の中に入り、壁の中に隠されているボタンを押す。
すると小屋の床の一部が開き隠し通路が現れる。
通路の中にシンが入ると、自動的に床が元に戻り、通路の中は壁に付けられた魔道具が発する光で満たされる。
ユニコーンナイトの正体は、商会でも一部の人間にしか教えられていない。
今シンが使っている通路は鍛冶部屋直通の隠し通路で、シンが使っている装備も定期的に手入れがが必要なのは当然であり、装備の不具合を伝えるのに正体を隠していては話しにならないという事で、鍛冶に携わる人間はみんなユニコーンナイトの正体を知っている。
そして誰も彼の正体を誰かに話す事は無いだろう。何故ならレスのお仕置きと称しての濃密なスキンシップが恐ろしいから。
通路の突き当たりまで進み、正面脇に取り付けてあるボタンを押すと、正面の扉が横にスライドして鍛冶部屋が現れる。この鍛冶部屋は事故などが起きた時を想定して、壁と天井には厚さ5センチの鋼鉄の板が敷き詰められており、部屋の中では10人の鍛冶職人が所せましと忙しく動き回っている。
シンはその中の一番歳をとった一人の小柄な男に近付くと、
「こんにちは親方、ユニコーンの整備が終わったと聞いたんですけど」
シンに話しかけられた親方と呼ばれるその男は、確かに顔は頭の天辺が禿げ60歳台の老人に見えるが、鍛え抜かれた肉体は30歳台の若々しい身体を持つ。
何とこの親方はレスの祖父である。
本来サフランは、鍛冶の神の加護を受けた彼が鍛冶屋として始めたお店が始まりであり、生まれた息子は残念ながら鍛冶の神の加護ではなく商売の神の加護を受けていたので、その息子が商会を作り、レスがその後を継いで今の形になった。
「やっと来たかシン、ほらさっさと此方へ来い。」
親方について行くと、その先にゴーレムアーマーとユニコーンがあり、
「ほれ早くアーマーを着ろ、テストをするぞ。」
親方に急かされながらアーマーを装着するシン、何処か違和感が無いか身体を動かして確かめていると、
「何処かおかしな所はあるか」と親方すが訊いてくるので、
「流石です親方、凄く動きやすいです」
「そうか、だが本番はこれからた」
親方はシンから少し離れて、自分の右腕にはめられた腕輪に向って叫ぶ
「チェインジ、ユニコーンアーマー」
親方が腕輪に音声入力すると、ユニコーンがパーツごとにバラバラになって飛んで、次々にシンゴーレムと合体する。そして新たな戦士が誕生する。
ユニコーンの頭を兜にいただくその姿は正に商会の守り神として相応しい姿をしていた。何時の間にか忙しく動いていた他の鍛冶師達も親方の周りに集まっていた。だがシンの感想は違った。
「これだけ付けられたら動きが悪くなりませんか」
そんなシンの一言に親方は自信満々に、
「試しに動いてみろ、その凄さが判るだろう」
その言葉にシンが試しに右腕を動かすと、驚くほどの軽さで右腕が動いた。それは普段ゴーレムアーマーを着て動かすより軽い。
「これは一体?、凄く軽い、」
親方は驚いているシンに自信満々顔で言い放つ。
「パーワーアシスト付きじゃ、ただしそれだけでは無い。」
親方は右腕の腕輪に向って叫ぶ。
「ユニコーンジャンプ」
親方がその言葉を発した途端、ユニコーンナイトの足が勝手にくの字に曲がる。
「なっ、何だ?」
自分の脚が自分の意思に反して動いているので戸惑うシン。そしてユニコーンに秘められたパワーが炸裂する。鍛冶部屋の床を蹴ってユニコーンナイトが高くジャンプ、そして床から4メートル離れた天井へユニコーンナイトの頭突きが強制的に炸裂する。
ガン、と凄まじい音と共に何の心の準備もしていなかったシンの首が曲がり、そして床へ落下する。
ドシャ、という音と共に床に叩きつけられるシン。
「いてぇぇぇ、頭がぁぁぁぁぁ」
頭を両手で抱えながら、痛みを我慢するシン、
「すまん、すまん、まさかこんなに力が有るとは思わんかった」
親方とこの中では一番若い鍛冶師が、シンの両脇を支えながら立たせる。
「凄く痛かった、今のは何ですか」
「パワーアシストの応用で、腕輪からの音声入力だけで身体を動かす事が出来るんじゃよ」
「何でそんな機能を付けたんですか」
「お前さんは一人の時が多いからな、怪我をした時の助けになると思って付けてみたんじゃよ、ワシはお前さんの身体が心配なんだよ」
親方の心遣いにシンは、
(親方、あんたって人は…なんて優しい人なんだ)
「親方が僕の事をそんなに心配してくれるなんて、とっても嬉しいです」
感動しているシンの隣りで若い鍛冶師が、
「でも凄い力でしたね、ジャンプだけであの力なら、パンチならどれくらいの力が出るのか想像できませんよ。」
「うむ、確かにパンチ力も見てみたいのう」
ウズウズしながらシンと自分の右腕にある腕輪を見詰め続ける親方は、ついに誘惑に勝てずに叫ぶ。
「壁に向って右パンチじゃ」と
シンの頭部にあるユニコーンの目が妖しく光ると、壁にパンチをする為に壁際に勝手にシンの足は進む
「ちょっと待て、壁にパンチなんて嫌だあぁぁぁぁ、ここの壁は鋼鉄で作られてるんだぞ、痛いに決まっている、やめてくれぇぇぇ」
身体は拒否しているのにユニコーンアーマーの所為で勝手に壁際に進む。右腕に力を込めて腕が上がらないよう堪えていたが、ユニコーンの方が力が強いので徐々に右腕が上がり始める。
「ちょっと止めて止めて、ストップ、ストップ」
シンがどんなに叫ぼうが、腕輪は親方が持っているので全くの無駄になる。そして…
ユニコーンナイトは右パンチを壁に叩きこむ。
ゴン、と大きな音がして壁全体が揺れる。
「ぐわっ、痛てえぇぇ―――」
パンチが終わり、身体が自由になると、右手首を左手で押さえてその場で蹲るシン。
蹲るシンを心配する者は誰も無く、さっきまでシンの身体が心配だと言っていた親方はシンを無視して目を輝かせながら壁のパンチ跡を覗き込む。鋼鉄で作られた壁なのに、ユニコーンナイトの拳の跡がくっきりと残っていた。
「これは凄い、想像以上だ素晴らしい」
壁の跡を見ながら喜び話す親方に、シンは立ち上がり親方の胸倉を掴んで、
「おいこらジジイ、いい加減にしろ、さっさとこれを外せ」
流石にここまでされて、目上に対する言葉づかいを止めて乱暴な口調になるシン。
「うっ、悪かった、済まんかった、調子に乗り過ぎた」
「さっさと元に戻せ、このハゲ」
シンのハゲという言葉を聞いて親方の目つきが鋭くなる。
「うるせえ、ワシはハゲじゃねえ、ちゃんと側頭部に毛があるだろう。」
「じゃあ天辺ハゲ、早く外せ」
その言葉に親方の顔が一気に赤く染まり、腕輪に向って親方が叫ぶ。
「ふざけんなこの野郎、喰らえユニコーン顔面ダブルパンチ」
ユニコーンの目が妖しく光り、親方の胸倉を掴んでいたユニコーンナイトの両腕が勢い良く前に突き出される。その反動で壁を背にして立っていた親方が壁の方へと押し出され、後頭部を壁に叩きつけられる。
一方シンの方も、
「馬鹿やめろ、来るな、来るな」
自分の両手が顔面に真っすぐ迫り、そして自分の両手が顔面にぶつかる。
「「ぐえっ…」」
2人同時に呻き声を上げて、同時に床へと倒れる。
倒れたまま動かない2人を見て周りの鍛冶師達は…
(こいつ等、アホだ)
全員が同じ事を思っていた。




