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ドーピング  作者: 銀槍
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団欒

小屋の台所でフライパンの中の油がパチパチと音を立てている。暖められたフライパンの中へ勢い良く牛乳を加えた溶き卵を流し込む。溶き卵が硬くならない内に、チキンライスを溶き卵の上に載せ、素早く卵で包み込んでお皿に移す。後は上にケチャップをかけて、チキンオムライスの完成だ。


オムライスを2人分作り、テーブルに持って行く。

テーブルの椅子に座っているのは、マリーではなくロイ一人だけだ。護衛の騎士2人は小屋の外で待っている。食事がまだだと言っていたロイの為に、シンがオムライスを作ったのだ。当然、自分も食べたいからだが。


「へ~え、変った食べ物だね、どうやって食べるの」


「こうやって、スプーンで上に乗ったソースを卵に塗りつけてからスプーンですくって食べるんだよ」


「この赤いソースは何?」


「ある野菜を加熱してこして、煮詰めた物だよ」


「ふーん、それじゃ一口」


ロイがスプーンで卵に切れ目を入れて、ライスと卵をスプーンの上に載せて、その様子をマジマジと見詰めるロイ。


「中身も赤いんだね、大丈夫なのこれ。」


不安なロイを余所に、シンがお手本とばかりに、スプーンで一口オムライスをすくって口に入れる。


「うん、美味い」


満足とばかりに頷くシン


その様子を見て安心したのか、ロイも恐る恐るオムライスを口に運ぶ。

口に入って味を確かめた瞬間、


「美味い、美味いよコレ、中身は何かの穀物みたいだけど、これは何?」


「それは米って言う名前の穀物だよ、別名ライスとも言うけど」


「一つの穀物に、二つの名前が有るなんて珍らしいね。」


「そういう物だから仕方ないよ」


「ふーん、それにしても美味い、うま過ぎる」


パクパクとオムライスを口に運ぶロイを見て、


(マリーやセレスにも、初めてオムライスを出した時は、同じ様な反応をしたっけ、)


今では2人共大好物になっており、セレスはオムライスにマヨネーズを掛けて食べている。


あっという間にオムライスを食べ尽くし、空になった皿を、名残惜しそうに見つめるロイ。


「食べかけだけど、これ食べる?」


半分程残った食べかけのオムライスを差し出すシンに、


「えっ、いいの」


差し出されたオムライスを受け取り、勢い良く食べ始めるロイの様子に、若干、苦笑いをするシンであった。


「ふ―――、食べた、こんなに食べたのは久しぶりだよ、有難う」


「どう致しまして、作った物を美味しく食べて貰う事が、一番のお礼だからね。」


「さて、そろそろ僕は行くよ」


「えっ、もう少しゆっくりしていけばいいのに」


「僕もゆっくりしたいんだけどね、仕事が立て込んでいるからそうもしていられないんだ」


ドーピング1号事件によって、心に深刻なダメージを負ったロイは、心の傷を癒す為に館に一泊する羽目になり、心の傷が癒えた今、王都に帰る為に別れの挨拶をシンに伝えに来たのだ。本来ならば、シンが転移で王都まで送って上げれば良いのだが、シンはまだそこまでロイの事を信用している訳ではないので、出来るだけ力は隠しておいた方が良いと判断したのだ。


「後これは頼まれた物のレシピだよ。」


ロイから差し出された小さな紙には、ドーピング1号のレシピが書かれており、薬草師として興味を持ったシンが、研究の為に欲しがった。


「ありがとう」


レシピを受け取り、ロイを見送りに扉の前まで来る。開けた扉の前で手を振りながらロイを見送る。ロイもまた手を振り返し、笑顔でそれに答えていた。


扉を閉めて食器を片づける。一通り片付けが済むと、焼き立てのパンとバタークッキーを持って『転移』の魔法を発動して王都へと跳ぶ。


次にシンが現れたのは、王都にあるマリーの実家の建物の一室。その部屋にはシンが今まで使っていた道具が置かれており、今では大きくなって着れないが、マリーが作ってくれたマント等の衣類も置かれていた。


部屋を出て階段を降りると、ヒルダが声を掛けて来た。


「シン来てたんだ」


「あれ、ヒルダ、今日は学校はどうしたの、この時間だとまだ学校の筈じゃないの」


「今日は座学だけだから、午前中で学校はお終いなのよ。それで今帰って来た所」


ヒルダの格好は、冒険者育成学校が支給するブラウスに紺色のブレザーを着て、チェックのスカートを履いて、胸元には学校の3年生証である緑色のリボンを着けている。学校ではリボンの色で何年生か判るようになっている。


犬の半獣人であるヒルダは、普通種の人間より鼻が利くので、シンがお菓子を持っているのに気付き、シンの手を引っ張って一階のリビングに連れて行く。


「ちょっとおい」


「それ、お菓子でしょ、早く食べたい」


「しょうがないなあ」


リビングではマリーとヒルダの母親が、落ち着いた表情で食後の紅茶を楽しんでいた。

ヒルダがシンの手を引っ張ってリビングに入ると、母親が笑顔で、


「あら、シンさんいらっしゃい」


「こんにちは、おばさん」


母親はテーブルの上に在るカップを二つ取り出して、カップに紅茶を注いでゆく。

母親の正面にシンが座り、シンの隣りにヒルダが座る。テーブルにパンとバタークッキーを取り出すと、早速ヒルダがクッキーを口一杯に放り込む。


「こら、ヒルダちゃん、女の子がはしたない」


「ふあって、ふぉれだいほうふつなんだふぉん。」


「口の中に食べ物が入ったままで喋らないの」


「ごめんなさい」


「本当に御免なさいねシンさん、娘のはしたない所を見せてしまって」


シンはカップを右手で持ちながら、


「いえいえ、何時もの事ですから慣れています。」そう言うと、紅茶を一口、口に含む。


「なんですってー」シンを睨みつけながら立ち上がるヒルダに、シンは無視してもう一口紅茶を啜る。


「こら、ヒルダちゃんおやめなさい」


ヒルダはシンを指さしながら


「だってこいつが…」


続けて更に何か言おうとしたヒルダだが、シンの一言がヒルダに絶望をもたらす。


「あんまり騒ぐと、クッキーをもう持って来ないぞ」


「きっ、汚いわよ、食べ物で黙らせるなんて」


「じゃあ、お菓子はもう無しという事で…」


「…判ったわよ、あたしが悪かったわ」


これ以上は不利だと悟ったのか、諦めて席に座り、お菓子を黙って口に運ぶ。

ヒルタ゜が大人しくなったのを見計らって母親が口を開く。


「ところでマリーはどうしていますか、近頃仕送りの金額が多過ぎて何をしているか心配になってしまって」


「マリーなら何時も道理魔獣の森で、薬草採取や魔獣を狩っていますからね。近頃は大物が狩れて喜んでいますよ。」


「でも一か月の仕送り金額が金貨300枚なんて余りにも多過ぎて無理をしているんじゃないかと心配で心配で」


ブフォォォォ―――


金貨300枚という仕送りの多さに驚いたヒルダが、口に含んでいた紅茶を勢いよく口から吹き出す。


「さっ300枚―――、何その金額、信じられない」


慌てふためくヒルダを余所に、落ち着いた口調でシンが説明する。


「マリーもかなり奥の方まで魔獣を狩れるほどに腕をあげましたからね、それ位当然でしょう。ただでさえ魔獣の森で採れる魔獣の素材は質が高いから高価で引き取って貰えますしね。」


「じゃあ、あの子は無理をしている訳ではないんですね」


「はい、魔獣の森にもそんなに頻繁に入っていませんし大丈夫です」


シンの言葉を聞いて安心の表情を浮かべる母親に対して、ヒルダはきつい表情で、


「シンお願い、私も魔獣の森で狩らせて」


だがシンは迷う事無く、


「ダメだ」


「なんでよ、私だってやれるわよ」


「まだヒルダでは魔獣の森では力が足りない、無理だ。それにこれは命令だ。どうしても行くんだったら、契約を終了させてからだな。そういえば後幾らだっけ」


「契約書」


シンがその言葉を発すると、空中に一枚の紙が現れる。紙の一番上にはシンとヒルダの契約と書かれており、その下には以下の内容が書かれている。


シンはヒルダに金5000枚を貸し、ヒルダは返済が終わるまでシンの命令に従わなければならない。支払期限は無期限とする。また、シンとヒルダのどちらか一方が死んだ(・・・)時点で、契約は破棄される。


返済残高後金貨3875枚と書かれている。


8年前の母が病に倒れた日、病に倒れた母を救う為にシンから再生の種の代金として金貨5,000枚の借金をした。万病の種でも病気自体は治す事が出来たが、病気が進んだ事によって壊死した手足は治す事が出来ず、値段が万病の種より遥かに高い再生の種を母親に使うしかなかった。その際、契約の神の神殿が発行している契約書で行われた為、契約の内容を確認したい時には、契約の神の元にある契約書を呼び出して何時でも確認する事が出来る。


「後金貨3875枚か、このペースだと学校在学中には完済出来るから慌てる事は無いよ」


「あんた何馬鹿なこと言ってんの、私が返した金貨1125枚の内、金貨600枚はあんたが私に冒険者育成学校に入れって命令した対価にサービスしてくれたから、実質私が返したのは金貨525枚なのよ。」


「それでも8年間でお金をそんなに稼ぐのは大したものだと思うよ、それにレベルが上がれば稼げる額は飛躍的に上がる。急ぐ事は無いよ。」


そんなシンの言葉をヒルダは無視して、


「だったらお母さんお願い、お姉ちゃんの仕送りのお金でシンにお金を返して、そしたら私が魔獣の森でお金を稼いで直ぐにお金を返すから」


そんな娘の願いに対して母親は、


「ダメよ、シンさんが言っているでしょう、あなたにはまだ無理だって」


「でも…」


「それに、シンさんから借りたお金を私も一緒に返しましょ、と言ったのに一人で返すと言って聞かなかったのは誰かしらね~」


「うっそれは……」


「自分が言った事を曲げちゃダメよね――シンさん」


「そうですよね――おばさん」


2人そろって頷きながら、


「「ね―――――」」


「もう判ったわよ、諦めるわよ、それでいいんでしょ」


流石にここまで言われては諦めるしかないと、ヒルダは鬱憤を晴らす為にクッキーを次々と口に入れる。

黙々と食べるヒルダにシンは、


「そういば冒険者学校の様子はどうだい」


「みんな一生懸命頑張ってるよ、生活がかかっている子が多いからね。でも新しい子の中に面白い子が一人いたかな」


「面白い子?」


「そう、マヨネーズちゃん」


ブッ、シンは口に含み掛けた紅茶を、危うく吹き出しそうになってしまう


「ゴホゴホ、マヨネーズちゃんて何」


「何時も見かけると、マヨネーズが食べたい、マヨネーズが食べたいとか言っている変な子」


(もしかしなくてもセレスの事だろうな、何やってるんだかあの子は)


「ふ――んそうなんだ、他にはなにかある」


「特に他にはないかな」


「ありがと、他に何か変わった事が有ったら教えてね。異常が有ったら商会に連絡しとくから。」


「判った」


教師だけでは生徒の事は全ては把握しきれない、生徒からの情報もなければ、生徒がどんな状態にあるか判断する事が出来ない。


シンは椅子から立ち上がり、


「そろそろ商館の方に行ってくるよ」


「今日はなにかあるの」


「ゴーレムアーマーの整備が終わるからね、ちょっと着てみて調子を見ないといけないんだ」


「あたしはこれから王都の外で、夕飯のおかずになる魔獣でも狩ってきますかね。シンももちろん一緒に食べるんでしょ。」


「喜んで頂くよ」


「フフフ、2人ともしっかり頑張ってね。」


「「それじゃあ行ってきます」」


「いってらっしゃい」


ヒルダは冒険者の装備に着替えに自分の部屋へ入って行く。

ひと足早くシンは2人が住んでいる建物から出ると、地面に大きな影がゆっくりと動いているのが見えるので、空を見上げると、全長五〇メートルほどの船がゆっくりとサフラン商会の方へ向って進んでいく。


空に浮かぶ船は、新たに開発された魔道船と呼ばれる物で、シンが迷宮から巨大な黒水晶を持ち帰る事が出来た事によって初めて開発が可能になった魔道具である。巨大な黒水晶を材料にしている為、製造コストがかなり高いので今のところ王家で3隻、サフラン商会で2隻作られただけである。ちなみにサフラン商会が保有する魔道船に使う黒水晶は、シンが無料で提供しているので驚くほど安く作る事が出来たのは秘密である。


(いつか僕は魔道船に乗って他の国を見て回る事が出来るのかな)


今魔道船によって確立されている航路は、比較的空の魔獣の脅威が少ない商業国家グラナダ国方面のみとなっている


だがほんの近い将来、シンは自分が望んでもいないのに、この国から強制的に出て行く事になる。


魔道船が商会に向けて進む後を、シンもしっかりとした足取りで歩いてゆく。



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