8年後
あれから8年が過ぎ、季節は秋になり、林の木々も所々紅葉を始めている。シンの生活は見た目上は余り変わらなかった。住んでいるのは相変わらずの池の近くの小屋であり、変った物と言えば、小屋の脇にできた小屋の半分程の大きさの窯と台車が新しく出来ていた。窯からは香ばしいパンの香りが漂い、窯の前では、モグタンが立ちあがり、口から涎を垂らしながら、パンが出来上がるのを、今か今かと待っていた。
「モグタン、これから運動するのに先にパンを食べて大丈夫?」
「もぐ」モグタンが頷きながら答える。
「はいモグタン、熱いから気を付けて」
窯の中から一番小さい丸パンを取り出し、隣で待っているモグタンに手渡す。
モグタンは器用に前足でパンを受け取ると、フー、フー 冷ましながらパンに齧りつく。
その光景を微笑ましく思いながら、シンは次々と焼き上がったパンを窯の中から出していた。
その量はとても一人で食べきれる量では無い。何故シンがパンを沢山作る理由は、街に行って売る為である。
シンは既に大金持ちだが、シンがユニコーンナイトであることは周りには秘密にしてあり、主にバレたら厄介になる事確実な事が理由だが、当然ユニコーンナイトで稼いだ金はシン・フォン・シュタインベルクとしては使えず、シンとして稼がねばならなかった。
最初は異世界の知識を利用して、得意な料理でも作って稼ごうかと思い付いたが、迷宮から取れたケチャップ、チーズ、小麦粉、野菜で、前から食べたかったミートソーススパゲティを作って食べていたら、犬先生とメイド長に 「血を啜っている」と、ドン引きされたので、確かに前世の日本ではタコやウニは好んで食べられていたが、昔は外国の一部では、タコは悪魔の魚として忌避されていた事があった事などを思い出し、料理は止めて、前から不満だったパンを作り売る事にした。
迷宮に在る小麦は、植物として存在して物と、製粉して山になって存在している物があり、果てはベーキングパウダーなんて物も在る。もうここまできたら気にしたら負けだと思っている。ある物は何でも利用しよう。しなきゃ損だし。
食べ終わったモグタンの背中に、牛乳を入れた筒を括りつける。
「じゃあモグタン、いつもの宜しく頼むよ」
「もぐ」と一声鳴いてモグタンは林の方へ走って行った。
窯からふっくらと焼き上がったパンを筒状の籠に入れ、パン一杯になった籠を台車に乗せる。パン一杯になった籠を一つ残し、台車に全部積んでその上から布を被せる。
四角い鉄板の上に油を引いて、ベーコン、タマゴを四つ落としてまだ熱い窯の中に入れる。暫らくすると窯の中からベーコンの焼ける香ばしい匂いがしてくる。数分後、窯から鉄板を出すと、タマゴに十分に火が通り、ベーコンが油の中でバチバチと跳ねている。まだ十分に熱い鉄板の上から、タマゴとベーコンに塩と胡椒を適量振りかけて仕上げる。皿を4つ用意して、鉄板からタマゴとベーコンを皿に移し、皿を小屋の中の4人食事が出来るテーブルの上に移す。小屋の中の釜戸の上では、水を入れていたヤカンが後少しで沸騰する程の音を立てている。釜戸の熱で小屋の中は十分温かい。棚の中から砂糖、紅茶の茶葉、コップを4個と自家製の急須を取り出してテーブルの上に置き、スプーンとフォークとナイフを用意する。
パンの入った籠を取りに外に出てみると、林の中から手に小さな籠を持ったマリーとセレスが駆け足でこちらに向ってくるのが見える。
毎日2人は此処に来るまで競争しているらしく、マリーはまだまだ余裕があり、息一つ乱さずに走っているが、マリーの後方約50メートル程後方で息をハアハア乱しながら走っているセレスの姿が見えた。
「シン様――――」
遠くからマリーが空いていた手を振って満面の笑みでシンに挨拶してきたので、シンも笑顔で手を振り返す。反面、セレスはそんな余裕は無くマリーに付いて行くだけで精一杯の様だ。
(あれでマリーが全然本気を出して無かったと知ったら、セレス傷つくだろうなあ)
マリーはこの8年の間にかなりのレベルを上げていた。既にレベル200を軽く超えており、並みの人間や騎士団では到底太刀打ちできない。高レベルの影響のせいか、21歳となったマリーだが、まだ成長途上の10代の少女の様にも見える。21歳も十分に若いが。
「お早うございます、シン様」
走って来たのにも関わらず、腰まで伸びた艶のある紫がかった銀髪は乱れる事も無く、豊かな胸と引き締まった腰に色気を感じさせる笑顔がシンに向けられる。大抵の男はこの笑顔でイチコロだろう。
「お早うマリー」
シンも笑顔で答える。シンも13歳になり、背もマリーより若干低い165センチ程になり、身体は服の上からは判らないが、しなやかな筋肉に包まれており、足もすらっとして長く、顔も整っており美形の部類に入る。
2人で挨拶を済ましていると、やっとセレスが息を乱しながら到着した。前かがみになり、両手を膝に付けながら苦しそうに、
「ハア、ハア、シンおは…よう」
「お早うセレス、何か冷たい物でも飲む?」
「だい…じょうぶ、しばらく休めば平気だから…」
そのままその場で休んでいるセレスを残して、セレスの持っている籠をマリーに持って貰い、パンの入った籠を持ってマリーと一緒に小屋に入る。部屋の隅にパンの入った籠を置いて、マリーから手に持っていた籠を受け取り、空いている籠にパンを移す。一杯になったマリーとセレスが持ってきた籠を棚の上に置いて、筒状の籠の中に残ったパンをテーブルの上に置いてある小さい籠の中に全部入れる。
その間にマリーは釜戸から沸騰したてのヤカンを持ちだしテーブルの上に置き、急須に紅茶の茶葉をいれ、茶葉が蒸すのを待ってから紅茶をカップに注いでゆく。
食べる準備が終わると同時に、息を整えたセレスとモグタンが小屋に入ってくる。
「御苦労さまモグタン」
シンは、モグタンに取り付けた牛乳を入れた筒を回収して、筒の蓋を開けて、牛乳から分離した筒の内側にこびりついたバターをスプーンで取り出し、ベーコン、タマゴの乗った皿の上にバターを置く。
「あれ、マヨネーズは?」
セレスがテーブルの上を見回し、シンに尋ねてくる。
「あっゴメン忘れてた、其処の棚にあるからちょっと取って」
セレスは棚に並べて在るビンの中からマヨネーズを見つけると
「マヨネーズ♡、マヨネーズ♡」
小躍りしながら大事にテーブルの前に持ってくると、セレスは、何時も自分が座る場所の椅子に腰を下ろし、自分の目の前にマヨネーズのビンを置いて、食事が始まるのを待っている。
シンはモグタンをテーブルの上に乗せると、自分も席に着き、続いてマリーも椅子に座る。
「いただきます」「モグモグ」
マリーは、モグタンの為に、テーブル中央にある籠からパンを一つ取り、モグタンの皿の上からスプーンでバターを取り、パンの上に付けるとパンをモグタンの皿に置く。
「モグモグ」モグタンがありがとうのお辞儀をすると、
「どう致しまして」マリーが答える。
セレスも籠からパンを一つ取り、パンにマヨネーズをたっぷり付けて一齧りすると、
「うまーい、マヨネーズ最高」
「相変わらずセレスはマヨネーズが好きだね」
「当たり前じゃない、あたしにとってマヨネーズは神なんだから」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃないわ、わたしにとってはそれくらい価値があるの、でも」
「それも今日までなんて酷過ぎる」
セレスは王都にある冒険者育成学校に入る事が決まっている為、明日には此処を発たねばならなかった。
冒険者育成学校とは、サフラン商会が100%出資した名前の通り冒険者を育成する為の学校である。ユニコーンナイトによってもたらされた数々の高階層資源によって、僅か数年でサフラン商会は王都随一の商会へと成長した。だがもしユニコーンナイトが、高階層資源を取りに行けなくなったら、商会の経営は不調をきたす可能性が有る。それを危惧したレスが、他の者でも可能な限り高階層資源を安定的に供給出来るように、優秀な冒険者を育成する為に創設された学校である。
この学校に入れる資格の有る者は13歳からで、入る前に熟練の冒険者との模擬戦をして試験に合格する事だけ。試験合格後は文字や計算、魔術、戦闘などを6年間学び、月に金貨2枚が支給され、住む場所が無い者には寮もあり食事も支給される。ただし卒業後はサフラン商会と専属契約を結び、在学時に掛った授業料や食費等の経費、金貨600枚を学校に収める必要がある。もちろん在学中に卒業条件を満たした者は、6年待たずに卒業する事も出来る。
その契約は、入学前に契約の神の神殿が発行している契約書で契約され、契約を破れば神の裁きが下り死に至る。もちろん強制的に契約されても、契約させようとした者に神の裁きが下る。あくまで本人の意思での契約が有効になる。
怪我や病気で学校に居られなくなった者は、それまで掛った授業料を請求され、最悪奴隷に落とされる。
サフラン商会も慈善事業をしている訳ではないのだから。
「今日の夜は特別にセレスの入学祝で何か作って上げるから、それで我慢して」
「ほんと、それじゃあチンジャオロースとご飯と、あともちろんマヨネーズ」
「またご飯の上にチンジャオロースをのせて、その上にマヨネーズを掛けて食べるのか」
「あたしにとっては最高の取り合わせなのよ」
「はい、はい判りました、僕が悪かった」
「ん、わかればよろしい」
「フフフ」「ハハハ」
シンとセレス2人だけで見つめあい、二人とも笑顔になるが、
ビシッと何かにヒビが入る音がし、音がした先を見ると、マリーが右手で握っていた木で出来たコップにひびが少し入っていた。心なしかシンを見詰めるその顔がちょっと怖い。
マリーは、いつもは心の底から来る笑顔だが、今はいかにも作りかけの笑顔で
「あらいけない、ちょっとコップを取り替えてきますね」
マリーはそう言って席を立とうとするが、シンがそれを制して、
「僕が替えてくるよ、マリーは座ってて」
「でも…」
「いいから」
シンは立ち上がり、マリーのコップを持つと流し台にマリーの使ったコップを置いて、棚から替えのコップを持ってくる。待っている間にマリーは、
(何をやっているの私は、セレスさんが明日から居なくなれば、朝食はシン様と二人っきりになれるのに、やきもちを焼くなんて)
目の前に居るのに、モグタンの事はすっかり居ない事にしているマリー
替えのコップをマリーの前に置いて、急須から紅茶を注ぎ、砂糖の入った瓶からスプーンで一杯分の砂糖を取り、紅茶の入ったコップに入れかき混ぜる。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
シンとマリーが見詰め合い、マリーとシンが笑顔になるが、今度はセレスの持ったコップにひびが入ったので、シンはまたコップを取り替える為に流し台に行く事となる。
(まだこのコップは使えると思ったんだけど、そろそろ他のコップも取り換え時なのかな?)
などと呑気に考えながら、食事の時間が過ぎてゆく。
ただ一人、モグタンが呆れた様に「もぐー」と、ため息を一つ吐いた。
セレスは、犬先生と猫先生の子供で、シンと同い年で、金髪の可愛い女の子




