シンの想い、マリーの想い
シンは自分の姿が犬先生から見えなくなるのを確認すると、『転移』の魔法を発動する。目標は人が滅多に来ない本館裏の花壇へと空間転移する。転移先の本館裏の花壇には予想通り誰も居らず、シンの姿が現れる。マリーの居場所が判らないので、索敵の魔法を発動してマリーの居場所を探す。本館二階の南側の一角にマリーがいた。
「いた、マリーだ、そんな酷い、右手と左足が無い」
索敵の魔法で探し出したマリーは、魔獣との戦闘のけがのせいか右腕が肘から、左足が膝から無くなっていた。直ぐに転移魔法で跳んで行きたいが、近くに他のメイドが居る為に魔法が使えない。仕方が無いので此処から一番近い本館の入り口の扉に向い駆けていき、扉にてを掛けて中に入ろうとしたら、後ろから声が掛けられた。
「その黒髪、お前がシンか」
振り向くと、数人の男女の子供達が此方を睨んでいた。
「僕がシンですが、何か用ですか」
子供達の中で一番身体が大きい男の子が、シンの胸倉を左手で掴んで自分の元へ引き寄せて
「何でマリーさんが、手前みたいな黒髪の所為で死に掛けなけりゃならないんだ」
「僕の所為?、どういう事ですか」
シンの言葉にさらにムカついたのか、胸倉を掴んでいた少年の顔が怒りに歪む
「お前何にも知らないんだな、マリーさんはお前を探す為に森の奥まで入り過ぎて怪我をしたんだぞ」
その言葉に何も言い返せないシン
「何でこんな奴が平気で生きていて、マリーさんがこんな酷い目に遭わなきゃいけないんだ」
シンの胸倉を掴んでいた男の子は空いていた右腕を振り上げてシンを殴ろうとするが、
「其処までにしておきなさい、アレックス様」
声のした方向に目を向けたらメイド長が立っていた。
「そのお方はシュタインベルク家所縁の者、それ以上手を出したら貴方を罰しなければなりません。しかもあなたがそのお方に手を出した時点で、あなたの実家である伯爵家はお取り潰しになります。それでも良いのなら、お止めはしませんけど」
その言葉を聞いて忌々しそうに手を離すアレックス
「もういいわ、行きましょうアレックス」
一人の女の子が彼に声を掛けると、アレックスは悔しそうな顔をして去って行った。
(あの子は自分が如何に強大な相手に喧嘩を売っていたのか判っていない、全く、無知とは恐ろしいものね)
「シン様ご無事でしたか、今まで何処にいらっしゃったのですか」
「有難う御座います、メイド長さん、そんな事よりマリーに合わせて下さい」
「そうですね、失礼しましたどうぞこちらへ、案内いたします」
メイド長に連れられて本館の扉を潜り抜けて二階の階段を登り、マリーの部屋のドアの前に立つ
「マリー入りますよ、いいですね」
メイド長がドアを開けて先に部屋へ入り、その後に続いてシンが入る。
マリーがメイド長を迎える為にベッドから起き上がろうとするが
「良いのですよマリー、あなたは静かに横になっていなさい」
メイド長が起き上がろうとするマリーを支えにベッドに近づき、マリーの背中を支える
「すいませんメイド……あっ……ああ、」
お礼を言おうとしたマリーの瞳にシンの姿が映り、マリーの両目から涙が溢れる。
「シン様、ご無事だったのですね、本当に本当に良かったあ」
マリーに近づき、右手でマリーの両目から流れ出ている涙を拭いながら
「ごめんねマリー、心配掛けて本当にごめんね」
「いいんです、シン様さえ無事なら」
マリーの頬を優しく撫でながら
「マリー、何かしてほしい事はあるかい」
「私が死ぬまでに出来るだけで良いから、私に会いに来てください」
「死ぬなんて言うんじゃないマリー」
マリーは首を横に振りながら
「ダメなんです、魔獣に襲われた時に魔獣の毒も受けたらしくて、今は薬で進行を遅らせていますが、いずれ毒が全身に回り死に至ります。私だってシン様ともっと、ずっと一緒に居たかった。でも、もうどうしようもないんです」
こほこほ と咳き込むマリー
「マリー、無理はしないで今はゆっくり休みなさい。シン様これ以上は」
「判りました、マリーまた来るからね」
「はい、絶対約束ですよ」
「うん、約束だ」
マリーの世話をしているメイド長を残してマリーの部屋を出る
(マリーを助ける方法はひとつだけある。迷宮の90階層にある 再生の実 さえあればマリーは元の身体に戻る事が出来る。)
再生の実はどんな怪我や病気を治し、毒の力も打ち消し、更に失った肉体をも再生させる。再生の実に出来ないことは、死者を生き返らせる事だけだといわれている。
シンは転移の魔法を発動する。シンの姿が、マリーの部屋の前から消えた。