紋章の秘密
「なんじゃこりゃ――――――――――――――――――」
サフラン商会の店の倉庫の中でレスが驚きの声を上げる。
レスの目の前には兜だけを外したゴーレムの着ぐるみを着てユニコーンに乗っているシンと、宙にプカプカと浮いている黒水晶があった。
本来、人間種の最高レベル250の冒険者が持ち帰れる黒水晶の最大の大きさは、転移魔法込みで約7歳児の子供の大きさに限られる。シンが持ち帰った黒水晶の大きさは、直径1メートル、長さ5メートルにも及ぶ巨大な物体、人間種の限界を遥かに超えた代物だった。
(こんなの有り得ない、でも、黒水晶の色の濃さからいって40階層の物に間違いない、しかもたった1日で40階層まで到達するなんて在り得ないのねん。)
今現在のリムノス王国の迷宮の最高到達階層は67階層、しかも六人でチームを組んでやっと到達できる階層なのに、シンは半日と少しで40階層まで到達してしまった。
「レスさんどうかしたんですか?」
シンは自分が普通だと思っているので、何か不味い事をしたのか不安になる。
「何でもないのねん、もう一度確認するけど、シンちゃんの名前ってシン・フォン・シュタインベルクで間違いないのよねん」
「はい、間違いありませんけど……」
名前を再度確認されたので更に不安になるシン
(シュタインベルク家の公式発表だと、嫡男の中にシンと言う名前の子供は存在しない。でも、シンちゃんが 神の血の覚醒者 じゃなきゃ説明が付かない)
「ねえシンちゃん、身体の何所かに紋章が浮かんだ事があるでしょ」
「何で知っているんですか、レスさんはあの紋章について何か知っているんですか」
(やっぱりシンちゃんは神の血の覚醒者に間違いない。だとしたらシュタインベルク家にとって実に1000年ぶりの覚醒者と言う事になる。でも発表しないのは覚醒者の安全を配慮しての事だと納得出来るけど、シンちゃんに対する待遇が余りに酷いのは何故なの)
「あのー、レスさん、考え込んでないで、紋章について教えてください」
「そうだったわねん、紋章は神の血を引く者の証なのねん」
「神の血?」
「かつて普通種の人間に力を与える為に、神は人と交わった。でも殆どの生まれた子供達は、強大な力を制御出来ずに次々と死んでいった。でも、ほんの一握りの子供達は力の制御に成功し、強大な力を振るったという。でも長い歴史の中で、神の血は薄まり、神の力を振るう者はいなくなった。だが極稀に強い意志の力で神の力を目覚めさせる事が出来る者が存在した。そしてその者達の身体の何処かに一つ紋章が浮かんだという。」
「一つだけなんですか、複数浮かんだ者は居なかったんですか?」
「長い歴史の中で、複数の紋章を発現させた者は居ないわねん。もしかしてシンちゃん紋章一つだけじゃないの?」
「とんでもない、僕の身体に現れた紋章も一つだけです」
(三つも有ると知られたら、どんな目で見られるか判らないから、取り合えず誤魔化しておこう。)
「神の血が目覚めると、どうなるんですか」
「この世界の法則を超えて神に近しい存在、神人となる」
「神人?」
「この世界のレベルと言う法則を超えた存在になるのねん。試しにシンちゃん、自分のレベルを調べて御覧なさい。」
頭の中でレベルを念じると 《―――――》 になっていた。
「あの―――、レスさん、レベルが ――――― になってるんですけど……」
「それこそがこの世界の法則を超えた証なのねん」
「あんまり実感わかないんですけど」
「確かに普段の生活では、感じる事は余り無いでしょうねん、所でシンちゃん、私にも紋章を見せてほしいのねん」
目を閉じて、額の紋章よ出ろ―――と念じても一向に浮かび出る気配がない。しばらくやってみたが、紋章は現れなかった。
「まだ完全に目覚めた訳ではないみたいねん」
「なんかどうもすいません」
「謝る必要なんて全然無いわんシンちゃん、でもシンちゃんが神の覚醒者だというのは隠しておいた方が良いかもねん」
「何か神の覚醒者だと不味い事でも有るんですか」
「人は自分より異質な強い存在を、恐れたり利用したりするものなのねん、特にこの国はガイエス帝国と戦争中なんだから、帝国から暗殺者が来る可能性もあるのねん」
(たたでさえ生きるのに苦労しているのに、その上暗殺者まで来られた日には、僕の人生余りにも悲し過ぎる。ここはレスさんの提案通りに隠して生きるのが正解か)
「そうですね、その方が良さそうですね、でもレスさんは僕が神の覚醒者なのに随分落ち着いていますね」
「経験者は語るってやつなのねん」
「え――――――、それじゃあレスさんも神の覚醒者なんですか」
「違うのねん、私の場合は加護を二つ授かって生まれてきたから、小さい頃はそれでとても苦労したのねん」
(それでなんでオカマになるんだ訳分からん)
「そうだったんですか、僕としては経験者であるレスさんに出会えてとても幸運です」
笑顔でそんな事を言われて、レスの胸はキュンとときめく
「ハア、ハア、ハア、シンちゃーん」
レスがシンに抱きついてくるが、シンは魔道具を使ってレスを拘束する。
「あ―――んもうシンちゃんのいけず―――」
横倒しにされ、手足を拘束されながら喚くレス
「でも、こういうプレイもいいかも、あっ、」
(誰かこの変態さんをどうにかしてくれ)
「話は変わりますけど、僕が持ち帰った黒水晶はどうなりますか」
もじもじと動いていたレスの動きが止まり、急に真面目な顔で、
「そうね―――ん、これだけの大きさの黒水晶の結晶は他に類を見ないから、金貨十億枚でどお」
「…………は、?、十億枚――――――――」余りの金額の多さにシンの思考が一瞬止まる
「この黒水晶にはそれだけの価値が有るのねん。これだけ大きい黒水晶の塊を利用すれば新しい魔道具を作りだすのも不可能ではないのねん。ただし、暫くは黒水晶を持ち帰るのを控えて貰うのが条件ねん」
「何で黒水晶を採って来てはだめなんですか」
「これだけの大きさの黒水晶を頻繁に持ち帰られたら、黒水晶の相場の値段が下がってウチだけではなく他の商人にも大打撃を被ってしまうのねん」
(つまり今保有している黒水晶の値段も下がって、レスさん達商人が大損すると言う訳か)
「判りました、それでお願いします」
「それじゃあシンちゃん、左手の腕輪を貸して頂戴」
「商業ギルドで入金の手続きをするんじゃないんですか」
「ウチは大手の商会だから、ここにも商業ギルドの端末が有るのねん。だから、ここでもお金の出し入れが出来るのねん」
シンから腕輪を受け取り、倉庫から出て行くレス、その間シンは部屋の中央に横たわっている巨大な黒水晶の柱を見つめながら、ぼんやりと考えていた。
(ほんの少し前までは一文無しの貧乏人だったのに、今じゃ金貨十億枚以上のお金持ちかあ、あんまり実感が沸かないけど、これから如何するかな、取り合えずマリーの家族の居場所を調べるとするか)
五分程してレスが戻って来てシンに腕輪を渡す。シンは左腕に腕輪を装着すると、早速魔力を通して金額を確認する。腕輪に表示された金額は、金貨1000000189枚、銀貨9枚と表示されていた。
「あのですね、レスさんに一つお願いがあるのですけど良いですか」
「私に出来る事なら何でも聞いてあげるのねん」
「僕がお世話になったメイドさんの中にマリーという女の子が居るのですが、その家族が王都で苦労をしているらしいのでどうにか助けたいのですが、住んでいる場所が判らないので、レスさんに調べて貰いたいのですけどお願いできますか」
「マリーさんてシンちゃんの初恋の人なのかしらねん、ちょっぴり妬けちゃうけど、私に任せてねん」
「別に初恋の人って訳じゃないんですけど、色々とお世話になったから恩返しがしたいだけなんです。後、やきもちは焼かなくて良いです。」ドライな眼でレスを見詰めるシン」
「もうシンちゃんたら釣れないんだから、でも其処が良いのよねん、ハア、ハア」
また熱い眼差しでレスはシンを見詰めて来たので、シンは素早くユニコーンに飛び乗り、『転移』の魔法を発動する。
「それじゃあマリーの件、宜しくお願いします」
発した言葉と同時にシンの姿がレスの前から消える
次の瞬間、魔獣の森の洞穴の中にシンはユニコーンと共に現れた
「つっ、疲れた」
ユニコーンから降りてゴーレムの着ぐるみを脱いで普段着になり、台車の所まで行って中からタオルを取り出し、温泉に向う。疲れを取るには温泉が一番だ。乳白色色の温泉に浸かり、濡れたタオルで顔を拭う。本来ならマナー違反だが、此処は居世界、しかも一人きりだから別に構わないだろう。
「あ―――風呂はやっぱり良いねえ、身も心も温まる、これで飯が美味かったら言う事無しなんだがな」
今現在、手元にある食料は、保存食である干し肉とパンのみ、折角手に入れた味噌と醤油も食材が無ければ役に立たない。もう直ぐ日が暮れるし、風呂上がりでさっぱりしたのに、狩りに出掛けてまた身体が汚れるのも嫌だった。
「マリーか犬先生に会ってご飯でも食べさせて貰おう、それに家を出てから半月以上経つし、そろそろ帰らないとヤバい気がする。言い訳は、森の中で怪我をして、偶然通り掛かった人に助けて貰ったシチュエーションでいいか、ちょっと無理がある気がするけど犬先生なら誤魔化せるだろ。」
風呂から上がり、早速行動に移るシン。まずは左手の腕輪を隠す為に腕輪の上に布を巻きつけて判らないようにし、『転移』の魔法を発動する。
シュタインベルク家の林の外れの池の近くの家の側に転移すると家の前の脇に木の杭が新しく突き立ててあり、その杭の前で犬先生が胡坐をかいてブツブツと何か喋っている。シンから見たら犬先生は背中を向けて喋っているので何をしているのか判らない。
(本当にイカれたか、あのおっさん)
ちょっぴり怖かったので、『ステルス』の魔法を自分に掛けて、ゆっくりと犬先生に近づいて、先生の様子を窺うと、木の杭の側面に シンの墓 と書かれた文字が刻まれており、その木の杭の前で犬先生は、酒の入ったビンを口に付けて飲みながら喋り続けていた。
「シン、シンよ~~~、何で死んじまったんだよ~~~」
(犬先生、全部あんたの所為だろうがよ、何言ってんのこのオッサン、別に死んで無いけど)
「お前が死んでから、家の食卓に上がる肉の量もめっきり少なくなってな、娘のセレスにも、シンちゃんどこにいったの?、なんて聞かれてな、返事に困ったよ」
(娘に言ってやればいいじゃん、バイトでシンを雇って、炎の魔法喰らわせて、雨で増水した川にお金で釣って入水自殺させましたって言えばいいじゃん)
「シン、シンよ~~~、お前が外の世界に憧れていたのは知っていたが、何もあの世まで逝く事はなかったんじゃないか」
(別にあの世になんて逝ってませんよ、あんたの横に立ってますよ)
「もしお前が生き返ったら、上と掛けあって何時でも外に出られるようにしてやるのによ」
「それ、本当ですか」ステルスの魔法を解除して姿を現すシン
突然隣に姿を現したシンと犬先生の眼と眼が会う。
「…………………………」一瞬の沈黙の後
「ギャ――――――――――――――――――――――――、でたあ―――――――――――――――――」
「ナンマンダブ、ナンマンダブ、迷わず成仏してくれシン」
両手を合わせて、シンに拝みこむ犬先生
(この世界にもナンマンダブなんて言葉があるんだな)などと思いつつ
「犬先生、僕生きてますよ、だから拝まないでください、気持ち悪い」
むくりと顔を上げてシンを見詰める犬先生、シンの姿を確りと観察しながら、
「本当に生きていたのかシン、俺は信じていたぞ、お前が生きているってな。」
「ほ―――、だったらこの木の杭に書かれているシンの墓とは何なんでしょうかね」
「ああ、これはだな」
犬先生は立ち上がり、木の杭の天辺を右手で掴むと、力強く地面へ押し出しだした。押し出された杭は地面にめり込み、の墓まで地面の下まで埋まると、
「これはだな、表札だよ、この家の主はお前なんだから、お前の名前の表札を作るのは当たり前だろ、俺からのお前へのプレゼントだ。ガハハハハ」
「もういいです、突っ込みどころ満載で、もう突っ込む気もしません」
「おう、そうだ、そんな事より大変な事があったんだ。マリーがな、魔獣の森で怪我をしたんだ、今凄く危険な状態なんだ。」
「なんだって、マリーが?」
犬先生の言葉を聞いて、シンは走り出した。




