心ひとつに
「シンちゃ―――――――ん」
叫びながらレスはシンを抱きしめる。
シンから、シンの身の上話しを聴き、余りの不幸ぷっりにシンの事を可哀想に思い、レスはシンを思わず抱きしめてしまう。
「辛かったでしょう、でももう大丈夫、私が付いているからねん」
レスはシンを強く、強く抱きしめる。
強すぎる香水の匂いに加え、華奢な外見とは裏腹に抱き締める力は予想外に強く、シンの身体はその力に悲鳴を上げる。
(ぐぉ――――――――、今も十分あんたの所為で辛いわ、早く放してくれ――――)
「シンちゃん、今まで良く頑張ったわねん、そんなシンちゃんにお姉さんがご褒美を あ・げ・る♡」
そう言うと、シンの顔を両手で持ち、自分の顔をシンに近付ける。
(これってまさか……) 自分の予想に恐怖するシン
シンの予想通りにレスは目を閉じ、唇を突き出しシンに迫ってくる。
シンはレスの行動を阻止するべく、自分の両手でレスの顔を掴み、自分の両手をつっかえ棒の代わりにして、レスの顔の接近を必死に阻止する。
何とかその体勢で耐えていると、レスの唇が、にゅ――― と伸びてシンの唇に迫ってくる。
(ノオ―――――、ええぃ、この世界のオカマは化け物か)
なんで僕がこんな目にと思いつつ、対応策を考えるシン
対応策を考える前に、シンに救いの神が現れる。
顔は美形だが、ちょっぴり頭の足りない新入社員の男が、レスに話しかけてきた。
「あのー、ゴンザレス支配人、ここの棚の商品のレイアウトをどのようにしたらよいでしょうか?」
レスの動きが ゴンザレス という言葉を聴いた途端、ピタッと止まる
「ゴンザレス支配人、どうかしましたか、ゴンザレス支配人、大丈夫ですかゴンザレ……
新入社員が最後まで言い切る前に、ゴンザレ…もとい、レスの右手が動き、新入社員の口を塞ぐ
「その名で俺を呼ぶんじゃねえ、俺の名前はレスだと何度言ったら判るんだお前はよー、ああ」
怒りの形相で新入社員を睨みつけるレス
「ふゅみまふぇん、ゴォンザ…」更に右手に力を込めるレス
「お前には再教育が必要だな、今から俺が言う事を繰り返して言ってみろ」
口を塞がれていて、上手く喋る事が出来ないので、頷く新入社員
「綺麗でかわいいよ、レス」
「きれいでくふぁいいふぉ、ふぇす」
「愛してるよ、レス」
「ふぁいしふぇるよ、ふぇす」
右手をパッと放すレス、
「んも~、やれば出来るじゃない、そんなあなたにご褒美を あ・げ・る♡」
新入社員の顔を両手で持って、一気に顔を近づけて唇を重ねるレス
ブチュ――――と音を立てて、美形の新入社員の唇を貪り吸うレス、素晴らしいバキュームキッス。見る見る新入社員の顔が苦悶の表情に変わっていく。
新入社員の顔色が青くなった頃にようやく唇を離すレス
レスから解放されて床に倒れる美形の新入社員
「御馳走様でした、次はシンちゃんの番ねん」
シンの居た場所を見るが、其処には誰も居らず、辺りを見回してもシンの姿は何処にも見えなかった。
(シンちゃんには刺激が強過ぎたかしらねん、ほんとにシャイな子ねん、うふ♡)
その頃シンは宿屋に向って王都の道を全力で駆けていた。
(怖い、怖い、怖い、何アレ、何アレ、何アレ、あんなキスが有っていい訳が無い)
恐怖の表情をフードで隠しながら宿屋へ入るシン
宿屋の婆さんから鍵をひったくるかのように受け取ると、駆け足で二階に上がり部屋へ入り、すぐに部屋のドアに鍵を掛けてベッドに飛び込み布団を頭から被りうずくまる。
その状態のまま二時間位ジッとしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、ドアの反対側から声が聞こえてくる。
「シンちゃんいるー?、私が会いに来たのねん」
此処に来るはずの無いレスが来た事に驚き、ベッドの中で顔を上げるシン
(なんでレスさんが此処に?、宿屋に泊っていることは一つも話していないのにどうして此処の場所が判ったんだ)
頭の中が混乱しているシンを余所に、レスはドアノブをガチャガチャと回し続ける
「あら、留守なのかしら、おかしいわねん、宿屋のお姉さんは部屋に居るって言っていたんだけどねん」
(このまま居留守を使えばいいや、今レスさんに会うのは危険過ぎる気がする)
レスを無視する事に決めたシン
暫くレスは部屋のドアを叩いたりドアノブを回していたが、シンが出てこない為に諦めたのか、部屋の外が静かになった。
(やっと諦めて帰ってくれたのかな)ほっと胸を撫で下ろすシン
だがそんな安心も束の間、レスがとんでもない行動を起こす
バキ――――――――ンと、ドアを粉砕してレスが部屋へ入って来た
ドアの金具やドアノブを壊して部屋に入るのでは無く、文字通りドアを粉々に粉砕して入って来た。
(来たーーーーーー)驚きと共にうろたえるシン、
そんなシンに対してレスは左手で握り拳を作り、その拳を軽く頭に当てて、
「シンちゃん来ちゃった、てへ」
(てへ、じゃねーだろ、どーすんだよこのドア、僕が弁償するのか理不尽過ぎる)
「シンちゃんたら、こんな可憐な乙女を待たせるなんて女心が判らないのねん」
(言葉と行動のアンバランスが凄すぎる、可憐な乙女はドアをバラバラにはしないだろう)
などと思っている事を表情に出さずに
「寝ていたからレスさんが来たのが気が付かなくてすいませんでした、所でどうして僕がこの宿屋に泊っているのを知っているのですか、話していない筈ですが」
「シンちゃん商人を舐めちゃダメよん、その位の情報手に入れるのはサフラン商会には簡単なんだからん」
「サフラン商会は凄いんですね、それで何の用で此処まで来たんですか?」
「そうそう、私、シンちゃんに投資することにしたの、迷宮内で使う装備と道具を全て無料でサフラン商会で提供させて貰うわねん、ただし持ち帰った迷宮の資源は適正な値段で商会で買い取らせて貰うけど」
「本当に援助してくれるんですか、でも僕五歳児ですよ、それに商業ギルドを通さずに迷宮の資源を直接取引しても良いんですか」
「商業ギルドの方はウチから話を通すから大丈夫ねん、シンちゃんの方は私の勘かしらねん」
「勘ですか」
「私の勘は良く当たるのねん、それに私のご褒美も防いだしねん、それだけで十分よん」
「それじゃ援助を宜しくお願いします」ペコリと頭を下げるシン
「ふふ、契約成立ねん、明日商会の方に装備と道具を用意するから取りにいらっしゃい」
「有難う御座います」
「あっそうそう、大事な事忘れてた、ご褒美で思い出したわ」と言いながら、シンににじり寄るレス
「レスさん如何したんですか、ちょっと顔が近いんですけど、ギャ―――――」
・・・・一分後、レスは満足した顔で部屋を出て行こうとするが、部屋の外にはこの宿に泊っている冒険者達が何事かと思い部屋の中を見続けていたが、レスが近付いて来ると、サッと道を開ける。
レスが二階から一階に降りていくのを見届けると、食堂でシンを馬鹿にしていた冒険者のオヤジがシンの部屋へ入り、ベッドの上のシンを見て一言
「こりゃあヒデェ」
シンはなんとか唇の純潔は守ったが、その代償として右の頬っぺたに特大のキスマークがばっちりくっきり残っていた。
ベットの上で横たわりながら涙を流すシン
「僕、汚れちゃった、汚れちゃったよ――」
シンの言葉に涙を流すオヤジと冒険者達、今この宿屋に泊る者の心が一つになった。




