哀愁のゴーレム
ある日の朝、ベッドの中で眠るシンを見つめる続ける一人の女の子
そう、マリーである。
シンが住む小屋の周辺は魔獣がよく出るので、レベルの低いマリーは今まで
この小屋に来る事をメイド長に禁止されていた。
「あーようやくこの日がきたのね」
本来なら、すぐにでもシンに飛び付きたかったのだが、ここはグッと我慢するマリー
シンを見続ける事三十分ようやく満足したのか、シンを起こしにかかる。
「シンさまー あさですよー 起きてください」
甘い声でシンを軽く揺するマリー、だが、シンは中々起きない
何度起こそうとしても起きないので、メイド長に教えられた起こし方を試す
『雷撃』
右手に魔法を集中させ、シンにさわるマリー
「シン様 お・き・て」
マリーの手がシンに触れた瞬間、シンの体が跳ねる
「パッ…ポッ・ピッ・ポ」
意味不明な声を上げて、ベッドの上を跳ねるシン
その動きが止まると、
「一体何が起こったんだ?」
辺りを見回すと、すぐ目の前にいるマリーに気付く
「お早う御座います、シン様」
「ああ・おはようマリー でも、なんで君がここにいるの?」
「実はメイド長から、此処に来てもいいって許可がついに出たんです」
とっても嬉しそうに、シンに告げるマリー
「これからは私、毎日シン様を起こしにきますね」
「いや、それじゃマリーが大変だからいいよ」
「シン様、グス…わたし……グス…ここにきたら、邪魔ですか」
泣きそうになるのを必死に抑えながら、シンに尋ねるマリー
「そんな事無いよ、マリーと毎日会えるなんて幸せだよ」
途端に笑顔になるマリー
「それじゃ私、これから毎日起こしに来ますね」
そう言いながら、笑顔で小屋を出て行った
(何だったんだ、一体)
いつもの朝の練習の為に、小屋を出て小川に向う
だが、小川には先客がいた、犬先生だ
犬先生は左腕に向けて、何かブツブツと話している
(ついにボケたか、あのオッサン)
ちょっとビクビクしながら犬先生に近付くと、
「おーシンか、どうしたんだ、こんな所で」
「犬先生の方こそ、ここで何して居るんですか」
「俺の方は アレ で遊んでいるところだ」と言って小川の方を見る。
つられて小川を見ると、小さい子供の人形がバシャバシャと川辺を動き回っている
「何だアレ?」
「何だお前、ゴーレムを見るのは初めてか」
ゴーレムとは、主人の魔力を動力として動く魔道具の一種だ
腕にゴーレムに命令するための腕輪を付けて、
腕輪に話掛けることで、ゴーレムに命令し動かすのだ。
「それより、このゴーレムどうしたんですか」
「ああ、こいつか、こいつは鍛冶室に寄ったら置いてあったんで、面白そうなんで勝手に持ってきた」
(相変わらず無茶するな)
「ゴーレムって、どうやって動かすんですか?」
「そんじゃ、動かし方を教えてやるか」
左手首に付けた腕輪に向けて話し出す
「ゴーレム、右へ動け」 ゴーレムが右に動きます
「ゴーレム、左に動け」 ゴーレムが左に動きます
「ゴーレム、空を飛べ」 ゴーレムは飛べないので動きません
「てな感じで動かすんだ、判ったか」
ゴーレムは小川の真ん中で、動きを止めて立っている
(これじや、今日の練習は無理そうだな)
「大体の動かし方は分かりました、有難う御座います」
犬先生に挨拶するとその場所を離れる。犬先生は、またゴーレムに命令をしていた
「ゴーレム、右へ行け 次は左、左、右、左じゃなくて右だよ――ん」
そんな犬先生と別れて小屋に戻ると、モグタンが小屋の前で待っていた。
モグタンとは、この前友達になったモグラもどきの名前で、近頃は朝食を一緒に食べるまでに仲良くなっ
てきている。
モグタンと一緒に小屋に入り、朝食の準備を始める。
今日のメニューは、豆のスープにパンだ
この世界のパンは無発酵パンばかりで少し硬い、
(柔らかいパンが食べたい、酵母は作れてもパンを焼く窯がない、でも、酵母だけでも一応は作ってみるか、失敗するかもしれないし)
そんな事を考えながら、モグタン専用の食器を用意する
人間が使うのよりも、ふたまわり位小さい物だ 木を使ってシンが作った
モグタンをテーブルの上に座らせると、その前に小さく千切ったパンと皿にスープを入れ、薄切りにした干し肉を置く
「いただきます」 「モグモグモグ」
食事の前の挨拶をして一緒にご飯を食べる
(あーもっと色々な物が食べたいな、街に行けば食べられるのかな)
食事が終わり、休憩がてらベッドに座り本を読む
本を読んでいると、急に雨が降ってきた
雨は、一日中降り続いた為、外に出る事が出来なかった。
翌朝までには雨が上がり、酵母の材料集めの為に、この林で一番糖度の高そうな果物のある木の元へと向かう
だが、また先客がいた。犬先生とゴーレムだ
(この人、何時、薬草室の仕事をしているんだろう)
ゴーレムに果物の成る木に登らせ、犬先生は寝転がってゴーレムの様子を見ている
「お早う御座います犬先生、まだゴーレム返さないのですか」
「明日、商人がこのゴーレムの性能を見に来るから、今日の夜までには返すぞ、それまでしっかりと働いて貰うけどな」、ガハハと笑いながら話す
ゴーレムを見ると、木の枝の上に乗りながら、木の枝先にある木の実を、小さな手を一生懸命伸ばして採ろうとしている。
その様子を見た犬先生は立ちあがり、
「バカヤロー もっと先まで行って採りやがれ」
「犬先生、これ以上先まで行ったら枝が折れて、ゴーレムが落ちて壊れちゃうんじゃないですか」
そんなシンの質問に
「そんな軟弱に育てた覚えはねえ」と犬先生は言うが
(あんたが育てた訳じゃないだろう)
心の中でツッコミを入れながら、ゴーレムの様子を見ると
ゴーレムは、先生の命令を忠実に聴いて、枝先まで足を進めます。
ゴーレムが、枝先にある木の実に手が届いた瞬間
ボキッ と枝が折れ、ゴーレムが頭から地上へ落下する。
ゴキッ という音と共に地面に倒れ込むゴーレム
そして、ゴーレムの頭が、首から分離してコロコロ転がりながら
犬先生の足元にぶつかり止まる。
ボーゼンとする犬先生
「犬先生ゴーレムが、ゴーレムが」
シンが話しかけても、全く反応しない犬先生
「犬先生、失礼します」
逃げ出すようにその場を離れるシン
シンが小屋に帰りついた丁度その時、雨がまた降ってきた
その日は一日中雨だった
翌朝マリーに起こされ、朝の練習の為に小屋の扉を開けた途端、
扉の前で、犬先生が立っていた。
「シン、これから街へ行くが、お前も来るか」
「えっ、街へ一緒に行っても良いんですか、でも」
「上の許可は取ってあるから大丈夫だぞ」
「本当ですか、じゃあ行きます」
部屋に戻り、フード付きのマントを着て、黒髪が出ない様に、フードを深く被る
時間がないのか、犬先生はシンを脇に抱えると一気に走り出した。
門を抜け街道へでる、流れる景色を見ながら、シンは初めて見る外の景色に心弾ませていた。やがて街並みが目に入り、人々が集まる広場には屋台もある。屋台には様々な食べ物が並んでいた。
やがて犬先生の足は一件の建物の前で止まる。
シンを下ろし、建物の扉を開け中に入る
そこは魔道具を製造する場所らしく、様々な魔道具が置いてあった
その中には犬先生が壊したゴーレムが、台の上に置かれていた
「あれ、あのゴーレム、今日商人が来るから返す筈じゃ」
「その事なんだが」と言って、部屋の隅を見つめる
すると其処には同じ姿をしたゴーレムが立っていた
「このゴーレムを商人に出すんですね」
シンは言いながら、立っているゴーレムに近づく
近付いたゴーレムの頭を軽く触ると、ゴーレムの頭が首から離れ床に落ちる
(壊した、マズイ)
そう思い直ぐにゴーレムの頭を拾い上げ調べると、頭の中はカラッポで、念のために胴体の方も調べてみると、そちらの方もカラッポだった。
不思議に思い、犬先生の方を見ると、
犬先生はシンと空ゴーレムの両方を見ていた
(まっ、まさか)シンの頭の中にある方程式が浮かびあがる
空のゴーレムの人形 + シン = シンゴーレム
その瞬間、シンは部屋の外へ向って走り出した
だが、それよりも速く犬先生の右手が迫る
ガシッ と右手で後頭部を掴まれ、宙ぶらりんにされるシン
「シン 今日一日で良いんだ、明日にはゴーレムの修理が終わるから、今日だけゴーレムの身代りになってくれ、頼む」
「嫌です」
「そんなこと言わずにさあ」
「絶対に嫌です」
犬先生の右手に力が入り、シンの頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げる
「頼むよシン」
「いやで……」ミシ・ミシ・・ミシ
「なあーいいだろう」
更に右手に力を込める犬先生
「やっぱり…いや……」ギシ・・ギシ・・ギシ
「其処をなんとか頼むよ」
「い・や…」ギシ・ギシ 「わかりました…やります」
「おおーそうか、お前なら引き受けてくれると思ったぞ」ガハハハハ
(脅迫したくせに良く言うよ)
後頭部への圧力が消え、床に降ろされるシン
二時間後、シュタインベルク家騎士団鍛錬場の一角で、
数名の商人と鍛冶室長が、ゴーレムの到着を待っていた。
「遅い、あいつは一体、何して居るんだ」と鍛冶室長
「まあまあ、いいじゃありませんか」と商人の一人
「あいつは、昔から時間にルーズの最低な野郎だ」
「まあまあそんなに……おや、来ましたよ」
鍛錬場の扉から犬先生が現れ、
その後ろを、小さいゴーレムがトコトコと付いて歩いてくる
「おう、待たせたな」
「全くだ、所でゴーレムの調子は、当然良いんだろうな」
「当たり前だろ、見よ、この素晴らしい動きを」
「ゴーレム 右パンチ」
シュッと素晴らしい速さで右パンチを繰り出すシンゴーレム
「ゴーレム 右キック」
バシュッとキレのあるキックを放つシンゴーレム
「素晴らしい動きだ」口々にゴーレムをほめる商人達
シンの動きは、とても無理矢理やらされている者の動きではない
実はあの後に、犬先生から、この仕事に対してバイト代が出る事になったのだ
その額なんと金貨一枚
この世界の通貨は銅貨一枚100円で、銀貨一枚1000円、金貨一枚10000円となる
つまりバイト代は一万円分となる
無一文から、一気に一万円の大金持ち、シンのやる気は MAX である。
「ではこれから、新型ゴーレムのテストを行います。まずはそこにある箱を、ゴーレムにそこの棚に入れて貰います。ちなみに箱の重さは一つ80キロあります」
「よし、分かった、箱を移動させろ、ゴーレムGO」
(何がGOだ、アホかあの先生、普通80キロの荷物を、普通の子供が持てる訳ないだろ)
そう愚痴りつつも、箱の前に近づくシンゴーレム、箱に手を触れると、
『重量操作』
シンは、魔法を発動して箱の重さを限りなくゼロにする
箱をヒョイと掴んで、次々と棚に入れてゆくシンゴーレム
その動きに驚く商人達
三分も経たずに、十個の箱は棚に収められた。
「素晴らしい力だ」ゴーレムを褒め捲る商人達、すると一人の商人が
「これだけの力なら、戦闘にも使えるのではないのですか」
「確かにイケるかもしれん、だか、魔法に対する耐性は、まだテストをしてはいないから、まだ何とも言えないが」と鍛冶室長
「だったら、今からそのテストをこれから行えば良いではないですか、私たちも見たいですし」
一人の商人が言うと、他の商人は同意したかのように、一斉に頷く
(余計な事言うな、このクソ商人)心の中で商人を罵るシン
「まあ、良い機会だし、私も気になるからな」と鍛冶室長
数人の騎士が集められ、鍛錬場の隅に立たせられるシンゴーレム
一人の騎士が前に出て、魔法を行使する
騎士の目の前に野球のボール大の火の玉が現れ、ゴーレムに向けて放たれる
火の玉がゴーレムに当たる直前、ゴーレムが左へ50センチほど移動する
火の玉はゴーレムの脇をすり抜け、壁に当たり、爆発する
「これで三回目だぞ、ちゃんと操縦しろ、アホ犬」
犬先生の事を怒鳴る鍛冶室長
「シン、これ以上動いたらバイト代は無しだからな」
腕輪に向い、小声で話す犬先生
シンの被っているゴーレムの頭の内側には、小型のスピーカーが付いていて、犬先生のしている腕輪からの話し声が聞こえるようになっている。
(大人ってキタネー)そんな事を思いながら、どうしようと考えていると
騎士が五人程、壁を背にしたゴーレムを取り囲むかの様に立つと
炎の魔法を唱え始めた。避けられるなら、避けられない攻撃をすればいい
騎士達はそう考えたようだ
騎士達の目の前に、今度はサッカーボール大の炎の玉が現れる。それも五つ
(さっきと大きさが全然違う、そんなの喰らったら死んじまう)
うろたえるシンを余所に、騎士達は炎の玉をゴーレムに向けて放つ
放たれた炎の玉は、ゴーレムに当たると次々に炎の柱を上げる
五つの炎の玉の力が一つに合わさり、大きな炎の渦の柱を作る
炎の渦の柱の中心から、シンゴーレムが火ダルマになりながら飛び出してきた
「うおおぉぉぉぉぉ、あちぃぃぃぃぃぃ」
手足をバタつかせ、身体を地面にこすりつけ、回転しながら
身体に付いた火を必死に消そうとするシンゴーレム
「熱い、熱い、ヤバい、ヤバい」
ゴロゴロ転がり続け、ようやく火が消えると、
うつ伏せになったままピクリとも動かなくなった
「立て、ゴーレム」犬先生が命令するが、全く動かないシンゴーレム
(冗談じゃないよ、たった金貨一枚じゃ割に合わないよ、このままじっとしてよ、別にばれても僕の所為じゃないし)
犬先生を見捨てる事に決めたシン
「ありゃー流石に壊れたかな、分解して治さなきゃダメかなこりゃ」
鍛冶室長が言うと、それをマズイと思った犬先生が
「立て―――ゴーレ――――ム、スタンダ―――――プ、ハリ――ア―――――プ」
懸命に叫ぶが全く動かないシンゴーレム
だか、ある言葉を犬先生が呟くと、シンゴーレムの身体がピクッと動く
「銀貨一枚報酬に追加」
脈ありとみた犬先生が報酬を積み重ねてゆく
銀貨一枚、二枚、三枚、四枚・・・・
やがて金貨一枚目でシンゴーレムの身体は地面を離れ、二本の足で大地に立った
「うお――――」と歓声を上げる商人達
だがそんな時、一人の騎士が犬先生達に歩み寄り
「あのゴーレムしゃべ………」
騎士が喋り終わる前に犬先生が騎士の両肩を掴み
「実はあのゴー…」犬先生が両腕に力を込め始める
「ゴーレムがどうかしたか、普通のゴーレムだろ」
「ちが……ふつうじゃ…」更に力を込める犬先生、騎士の両肩が悲鳴を上げる
「普通のゴーレムだろ」笑顔で騎士に尋ねる犬先生
「は…い…ふつう……です」
「そうだろ、用が無いなら、さっさといけ」
「はい、すいませんでした」
謝り、怯えながら、犬先生から離れる騎士
今、犬先生達は次のテストの為に、街外れの魔獣の森の入口にある川に来ている。川はここ数日の雨の所為で増水し、濁り、流れも急になっていた。
「ゴーレム川を渡れ」犬先生の言葉に動き出すシンゴーレム
ゴーレムは川に架かっている橋に向い歩きだす
「違う、ゴーレム川を直接渡るんだ」
(この人何馬鹿言ってんの、こんな流れの速い川に飛び込んだら、一発で溺死決定じゃん、誰がそんな事するか)
断固拒否の体制をとっていると、また悪魔のササヤキが
「金貨一枚・・二枚・・三枚・・
流石に今度は金貨からスタートです。それだけ危険と判断したのでしょう
金貨十枚目でシンゴーレムの足が川へと向かいます
悲しい性です、シンゴーレム
片足を川の中に入れると、川の水の流れと勢いが予想以上に強く、川に足をとられそうになります
『重量操作』
自らの体重を操作して、必死に川の流れに対抗するシンゴーレム
体重を重くして、川の流れに逆らいながら、なんとか川の三分の一まで来るシンゴーレム。しかし水かさは首まで来ている、進むか戻るか、魔法を使うか考えていると、突然上流から巨大な流木が流れてくる。
ゴキ―――ン 流木がシンゴーレムの頭にクリーンヒット、その所為で魔法が解け、シンゴーレムの身体が川の流れに呑まれだす。
「ごぺぺ……だすげぺー…」
川の流れに翻弄されながら、助けを求めるシンゴーレム
だが無情にも助けは来ず、魔獣の森の奥へ、どんどん流されて行きます
その様子を見ている事しかできない犬先生達
やがてシンゴーレムの姿は、魔獣の森の奥に完全に消えてしまった
「あのゴーレムは、これではもう回収出来ませんね」と商人の一人が言うと
「シュタインベルク家にとって、ゴーレムの一つや二つ無くなっても、全く問題にならん」と鍛冶室長
「では、ゴーレムも失った事ですし、実験は終わりにしましょう」
犬先生以外の全員が頷くと、街の方へ帰って行く
帰り際、鍛冶室長が犬先生に、
「おい犬、本物 のゴーレムを明日には返せ」と捨て台詞を吐いて、街へ帰って行きました
二時間後、
魔獣の森の中では、大型の魔獣に追い掛けられるシンゴーレムの姿が
「ここはどこだ―――――バイト代はどうなった―――――」
とシンの叫びが響いていた、
その叫びが、更なる魔獣を呼び寄せるとも知らずに




