プロローグ
ある病院の一室に、一人の青年がベッドの上でネットで調べ物をしている。
「ふーん ウースターソースってこんな材料で作るんだ」
などと独り言を言いつつ、今度はポン酢の作り方についてしらべようとしている。
とそこへ
コンコンと扉をノックする音が聞こえ、病室へ彼の家族が入ってきた
「真さん、具合はどう。大丈夫?」
「兄さん、元気?」
病室に入ってきた二人は彼の母親と、中学生になる妹のあかねだ。
二人とも心配そうに彼の顔をのぞきこんでいる。
「まあまあかな、それより母さん、仕事の方はいいの?」
「今日は有休にしたから、一日ゆっくりできるから大丈夫。」
「せっかく久しぶりの休みなんだから、家でゆっくりしてればいいのに」
「何言ってるの、息子が大事な時に、家でゆっくりなんて出来る訳がないでしょう。」
「ごめん」
「あやまるのは私の方よ、私たち親がしっかりしていれば、あなたにこんなに苦労をかけることはなかったはずだから。」
八年前、父が事業に失敗して、多額の借金をしてしまった。すべての資産を処分してもまだ多額の借金が残り、父はそれを苦にして自殺してしまった。
残された僕は、大学を中退して働かざるをえなかった。
昼は会社員として働き、夜は清掃のバイトをし、母もパートで、朝から夜遅くまでたくさん働いた。
そんな中、まだ幼かった妹に家の家事などは出来るはずもなく、夕食の支度は昼の仕事から帰ってきた僕の役目だった。
最初のころは、そんなに上手く出来なかった料理なのに、妹は、
「おにいちゃんのごはんおいしー」
と言いながら、顔をニパーとしながら、ごはんをパクパクとおいしそうにたべている。
この時僕は、この生活になってから初めて心が幸せに満たされていくのを感じていた。本当の幸せというのは、もしかしたら、こんなささやかなことなのかもしれないと
そんなささやかな幸せのために、僕は一生懸命料理の勉強をした。
気が付いたらいつの間にか料理は僕の趣味になっていた。
そしてそれから八年、ようやく借金もあと少しというところで、会社の定期検診で僕の体にガンが見つかった。進行性の末期のガンで、余命三カ月とのことだった
「それよりもあかね、俺がおしえた親子丼の味はどうだった」
「うん、クラスのみんなと一緒に作ったんだけど、みんないつも食べている親子丼と全然違う、と言って喜んで食べていたよ」
「そうかそれは良かったよ、今度はまた別の料理を教えてあげるよ」
「ありがとうお兄ちゃん」
そんな他愛無い言葉を交わしながら時間がゆっくりと過ぎてゆく。
そして二人が病室から退室してから二時間後、急に彼は睡魔に襲われた。薄れゆく意識の中、彼は自分
がもう二度と目を覚ますことが無いことを確信する。
(あかね、母さんゴメン、もうだめみたいだ。もし今度うまれ変れるとしたら、家族みんなが健康で、穏やかに生きられたらいいなあ。)
そしてそれから十分後、穏やかな顔で眠るように死んでいる彼を看護婦が見つけた。