プロローグ レストラン"プレゼルヴェ"
俺の名前は"植村 源次"
都内で細々と整備屋をやってる今年で45のおっさんだ。
ちなみに独身だ。
そんな俺だが趣味がある。
それは食べ歩きだ。
気になる店を見つけては食べに行き、日記代わりのブログに感想を書き込む。
まあつまらん趣味なのかもしれんが、俺の日常と心を彩る大切な習慣だ。
そんな俺が今日行くのは…。
〜東京都内某所〜
たくさんのビルが立ち並ぶ街中、ビルと行ってもバリバリのキャリアウーマンや、サラリーマンが出勤するような大袈裟なビルではなく、古びたスナックや、ネカフェ、中小企業の事務所など、そんなのが入った少し古びたビルだ。
どちらかといえば下町風情が溢れるようなそんな街中。
そんなビルとビルの間の暗い路地を、抜けた先、灰色のコンクリートジャングルの中に、淡い緑色のこじんまりとしたお店が目に入る。
高いビルとビルの隙間に一つだけ背の低い可愛らしい建物。
ここだ。
Restaurant "Préserver"
オシャレな白い筆記体でそう書かれた看板。
店の正面には大きな窓が設けられており、外の景色を見ながら食事を楽しめるようだ。
まあ外の景色と言っても、店の目の前は灰色のコンクリートしか目に入らない。
最近できたのか、ネットやら雑誌やらを見てもこんなお店は載っていなかった。
代わりに自宅のポストに、店がオープンしたといった旨のチラシが入っていたのだ。
新地開拓は好きだ。
そんな俺は期待と、一抹の不安を胸にここまで馳せ参じたという訳だ。
店の前に立つと重く重厚そうな鉄製の扉が目に入る。
派手な装飾が施されていて、いわゆるレトロなカフェの扉みたいな感じだ。
そうそうこういうのがいいんだよ。
俺はうんうんと、1人頷き、その重そうな扉をガチャリと開いた。
カランカランと入口のベルが乾いた音を鳴らす。
こういうのも好きだなぁ。
ベルを微笑みながら眺める。
と、同時にいらっしゃいませ〜と、女性の声が響いた。
衝撃だった。
その女性は日本人では無いのだろう。
年齢はおそらく20代後半あたりか?
腰までありそうな長い茶色がかった髪は、左右対称の丁寧な編み込みにされ、頭の後ろでひとまとまりにされている。
そして何より美人だった。
そう美人だったのだ。
日本人ばなれした、スーっと通った鼻筋、ほりは深いが、決して顔が濃いわけではない。
その奥に見えるのは綺麗な青色の澄んだ瞳。
絹のように白い肌、ぷるんとした唇はやや赤みを帯びており、肌色も相まって一層目を引く。
俺が今まで見てきた人間で1番の美人。
タイプだからとかではない。
ほんとに美人なのだ。
俺はそのホールスタッフであろう女性から目が離せなかった。
しばらく唖然としていると、女性から
「お好きなお席へどうぞ。」
と、声掛けがあった。
その言葉にハッとした俺は、少しはにかみながらキッチン正面のカウンター席、左端から2つめの椅子に座った。
興奮冷めやらぬ中、店内を見回す。
さほど広くは無いが、外観とは相まって、中は木を基調とした温かみのある内装となっている。
客席は、俺の正面のキッチンをくの字に囲うようにして、カウンターが8席。
その他4人がけのテーブル席が、入口を入って右側に2つ。
入口左側にレジやら作業台やらが並んでおり、そこで先程の女性が水をくんでいるところだ。
内観も素晴らしいな。
これは期待が持てるぞ。
次に俺はキッチンを見る。
キッチンにはコックコートを着た男が二人。
1人は黒髪を後ろでお団子にしたガタイのいい男。
キリッとした顔立ちに細い目。
真剣な面持ちで、玉ねぎをみじん切りにしている。
いかにも職人と言った感じだ。
この人が料理長かな?
その奥には、水色がかった髪色に、パッツンに切りそろえられた前髪がオシャレな好青年。
めちゃくちゃイケメンだ。
ニコニコ笑みを浮かべこちらを伺いながら、生クリームを泡立てている。
デザートの担当、パティシエと言ったところか。
見たところ、ここのスタッフは全員海外の人らしい。
本場の洋食が味わえるなんて、これは当たりを引いたな。
俺は心の中でガッツポーズをする。
すると激美女ホールスタッフが、グラスに入れられた水とともにメニュー表を、持ってきた。
「失礼します。ご注文決まりましたら、お声がけ下さい。」
「あ…ありがとう…ございます。」
美しさに見とれ、少しどもってしまった。
年甲斐もなく恥ずかしい。
気を取り直しメニュー表を開く。
どれどれ?
ビーフシチューに、ハンバーグ。
カツレツに、お!オムライスもあるじゃないか!
オムライスは、俺の大好物だ。
[ふわとろオムレツに、自家製デミグラスソースをたっぷりかけた、当店自慢の一品です。]
こんな美味そうな文言で、食べないほど俺は愚かではない。
今日の昼食はこれに決まり。
俺はホールスタッフを呼び、
「すみません。このオムライス1つください」
と、女性の顔を横目に見ながら注文した。
本当に美しい…。
すると女性は、少しぎこちない笑顔でオーダーをキッチンに通した。
何故かこめかみ辺りに汗も滲んでいるようだ。
すると、料理長であろうお団子頭の男が、あいよ!
と元気に返事をして張り切りながらオムライスを作り始めた。
たっぷりのバターで玉ねぎとライスを炒め、ケチャップを入れる。
白いバターライスが、職人の手によって瞬く間に赤色に染められていくのは、圧巻である。
次にオムライスの花形であるオムレツだ。
なんと卵を4つも使っているではないか、贅沢な1品だ。
フライパンの中でトントンと小気味よくダンスをするオムレツを見て、俺も思わず踊り出しそうだ。
そのオムレツは華麗な鍋さばきで、ふわりとチキンライスの上に着地した。
そこにかけられるのは、この店自慢のデミグラスソースだ。
真っ黒でツヤツヤなそのソースは、ひと目見るだけで、手間がかけられているとわかる程の濃厚さと香りを放っていた。
仕上げに刻んだパセリをパラッと。
「はいお待ち!」
お団子頭の料理長が、俺の席にオムライスをコトンと置く。
とてつもなくいい香りだ。
食べなくてもわかる。
美味い。
今の時点でここは最近行った店でも、トップクラスのレストランだと、俺は確信している。
さてさて、では実食と行こうか。
スプーンを手に取り、オムライスをひとすくい。
ふわっと熱々の蒸気とともになんともいえない香りが漂ってくる。
美味そうだ…。
何故か、微妙そうな顔をしているホールの女性と、キッチンのパッツンイケメンが気にはなるが…。
では、
「いただきます。」
…。
何が起きたか分からなかった。
俺は、たしかに今口の中にオムライスを入れたはずだ。
だが、舌に乗ってきたのはこの世のものとは思えない、飲み込むことなどできない程の味をしたなにかだった。
そう、不味すぎた。
「ぶごっ!ぶべはぁ!!!」
口からオムライスを吐き出すと同時に、意識が遠のいていく。
そのまま俺は床に倒れた。
この死ぬほど料理がまずいレストラン"プレゼルヴェ"
この店から、世界を揺るがす大事件が起きるのは、
まだ少し先のお話。




