終節「静かな帰り道」
数日後。
南町御番所(奉行所)。
清十郎は控えの間に通される。
やがて呼ばれる。
上座には大岡越前守忠相。
清十郎は膝をつく。
「ははっ」
忠相は静かに言う。
「此度の働き、誠に大儀であった」
「身に余るお言葉にございます」
忠相は小さな包みを差し出す。
「これは奉行所からだ」
清十郎は目を上げる。
「密偵としての働きに対する手当である。」
清十郎は両手で受け取る。
「かたじけなく存じます」
忠相はわずかに頷く。
「商家の用心棒として動きながら、裏の糸を引く者を探った。見事であった」
清十郎は静かに答える。
「たまたま耳に入ったまでにございます」
忠相は目を細める。
「その“たまたま”が江戸を救う」
しばしの沈黙。
清十郎が問う。
「水野左近将監は?」
忠相の声は低い。
「評定所にて裁きが下った」
「……」
「改易の上、切腹」
空気がわずかに重くなる。
「公には、病死と触れが出る」
武家の体面。
だが罪は消えぬ。
清十郎は頭を下げる。
「左様にございますか」
忠相は続ける。
「庄兵衛は遠島。伊豆七島へ送られる」
「承知いたしました」
忠相は言う。
「無暗な殺生をせず、よく収めた」
清十郎は静かに答える。
「裁きはお奉行にございます」
忠相の口元がわずかに緩む。
「また頼むことがあろう」
「御用あらば」
一礼。
清十郎は奉行所を出る。
夕刻、日本橋。
商いの声が戻る。
山城屋の暖簾は、変わらず揺れている。
三百両も信用も守られた。
清十郎は長屋へ帰る。
戸を開ける。
「ただいま」
千代が振り向く。
「おかえりなさい」
「終わった」
「危なくなかった?」
「簡単な仕事だった」
千代は少しだけ笑う。
「ほんとに?」
「本当だ」
壁に立てかけられた竹光。
今日も、ほとんど抜かれていない。
妙の声が外から響く。
「先生、団子持ってきたんだ!食べるかい?」
「豪勢だな。頂こう」
清十郎は座る。
江戸は今日も静かだ。
だが、どこかでまた欲が動く。
その時。
冴えない浪人は、また歩き出す。
人呼んで――竹光侍。




