第六節「祝杯」
本所寄りの旗本屋敷の一室。
灯りは抑えられているが、座敷には上等な酒と肴が並ぶ。
向かい合う二人。
山城屋番頭・庄兵衛。
そして旗本、水野左近将監。
水野は盃を傾ける。
「若旦那が死んだ、か」
庄兵衛は静かに頭を下げる。
「左様にございます。三百両は奪われ、若旦那は賊に斬られたとの噂が立っております」
水野は小さく笑う。
「これで山城屋は混乱する」
「店主は老いております。実務を握る者が必要となりましょう」
「お前だな」
庄兵衛は否定しない。
水野は盃を置き、ゆっくり語る。
「だが山城屋だけを襲えば、お前が疑われる」
「承知しております」
「だから三百両を運ぶ商家を次々と襲わせた」
「はい」
水野は満足げに頷く。
「連続強盗。山城屋の若旦那も、その一件に巻き込まれた――そう見せる」
庄兵衛は言う。
「他の商家が襲われたことで、山城屋も“たまたま”という形に」
水野は酒を注ぐ。
「五人の手勢は役に立ったか」
「充分に」
水野の配下――浪人崩れの五人。
商家襲撃の実行犯。
表向きは野盗だが、裏では水野の私兵。
水野は淡々と続ける。
「奪った三百両は山分け」
「はい」
「お前は被害者として残り、やがて店を継ぐ」
庄兵衛は盃を取る。
「その後は、山城屋の資金の一部を御前様へ」
「謝礼という名の上納金、だな」
二人の盃が鳴る。
水野の目が冷たく光る。
「もし事が露見しそうになれば」
庄兵衛は言葉を継ぐ。
「御前様の手勢が動く」
水野は静かに言う。
「邪魔な者が現れれば、消す」
庄兵衛は深く頭を下げる。
「全ては御前様のお導きのままに」
水野はふと眉を動かす。
「ところで」
「は」
「大黒屋の紹介の竹光の浪人、腕が立つと聞いた」
庄兵衛の視線が一瞬だけ揺れる。
「はい。しかし所詮は一介の浪人」
水野は盃を置く。
「しかし、油断するな」
声が低くなる。
「我らの手勢が一度退いている上に、山城屋新之助が殺されたはずなのに五名とも戻って来ておらんとの事。用心棒が死んだとの話も聞かぬ。何かあるやもしれん」
庄兵衛は黙る。
水野は言う。
「明日は別の五人を出す。その用心棒の行方を探せ」
「かしこまりました」
水野はわずかに笑う。
「今度は確実に仕留める」
庄兵衛は頷く。
だが、わずかな不安が胸をよぎる。
外では夜風が鳴る。
金と欲と野心。
三百両は、江戸を揺らすには十分な火種だった。




