第五節「八つの刃」
山城屋の用心棒の依頼当日。
夕刻。
空は朱に染まり、日本橋の影が長く伸びる。
山城屋の裏口。
小箱に収められた三百両。
若旦那・新之助の顔は固い。
清十郎は淡々としている。
「参ろう」
二人、歩き出す。
裏通りへ入る。
人影が減る。
風が止む。
角を曲がった瞬間。
前に見覚えがある三人。
昨日のチンピラだ。
「よう、用心棒」
背後から足音。
振り向く間もなく、さらに五人。
昨夜の賊だ。
計八人が囲む。
新之助の喉が鳴る。
「橋本殿……」
「動くな」
低い声。
黒頭巾の賊の一人が嗤う。
「今度は八人だ。どうする?」
「五人だろうと八人だろうと俺には関係ない」
「大層な自信じゃねえか。聞いてるぜ、てめえの腰の物、竹光だって」
とチンピラが言うと黒頭巾が
「今日は刀を貸してくれる者はおらんぞ。竹光で我らとやり合うつもりか?」
「心配はいらん。かかってこい」
最初に動いたのは黒頭巾の賊だった。
右から斬り込む。
清十郎は半歩左へ。
刃が空を切る。
そのまま踏み込み、手首を制す。
柄を滑らせる。
刀が抜ける。
奪った。
「――何っ!?」
「だから言ったろう、心配いらんと」
清十郎が黒頭巾を刀の峰で打ち伏せる。
清十郎は奪った刀を低く構える。
チンピラの内一人がドスを構えて間合いを詰めて来る。
受け流し、返す刀で峰打ち。
背後からの気配。
振り向きざまに横薙ぎ。
峰がチンピラの一人の脇腹に入る。
三人目が崩れる。
四人目が斬り下ろす。
清十郎は踏み込む。
刃をすり上げ火花が散る。
身体を入れ替え、肩越しに峰打ち。
肩を押さえ倒れる。
五人目と六人目が左右から同時に斬りかかる。
清十郎は一歩退き、間合いを作る。
二人の刃が交差する瞬間、踏み込む。
片方の刀を打ち落とし、その反動で返し、もう一人を打つ。
流れる。
止まらない。
着流しが翻る。
足運びは静か。
刃は鋭い。
七人目が怯む。
清十郎はその隙を見逃さない。
一歩、前へ踏み込むと刀を振り下ろす。
七人目は肩を押さえて前のめりに倒れる。
八人目――最初のチンピラ。
ドスで突こうとする。
だがもう遅い。
峰が手首を打ち、ドスが落ちる。
清十郎はその喉元へ刃を当てる。
静寂。
八人があっという間に地に伏す。
息が荒いのは賊だけ。
新之助は立ち尽くす。
「……橋本殿」
清十郎は刃を下ろす。
「終わりだ」
その時、町方の足音。
同心が駆けつける。
清十郎は言う。
「お奉行様にお伝え下され」
同心が顔を上げる。
「この者たちを牢へ入れ、隔離した後、山城屋の若旦那が殺され、三百両が奪われたと――デマを流すように、と」
新之助が息を呑む。
「え?」
清十郎は若旦那を見る。
「賊は裏で糸を引いている者がいる」
「……番頭さん」
「おそらくな」
清十郎は続ける。
「奪われたと聞けば、動く」
同心が頷く。
「若旦那は御番所(奉行所)で匿え」
「はっ」
新之助は震えている。
「橋本殿……私は」
「今は死んだことにしておけ」
夕暮れの空が暗くなる。
三百両は、まだここにある。
だが江戸には――
「奪われた」という噂が走る。




