第四節「月下の邂逅」
翌日の夜。
京橋寄りの裏通りを別の商家が三百両を運んでいた。
月は半ば。
提灯の灯りが揺れる。
護衛は三人。
そのうち一人は、やや構えが違う。
腰が低く、視線が広い。
ただの用心棒では無い様に見える。
角を曲がった瞬間。
「止まれ」
黒頭巾で顔を隠した男が五人。
刀が抜かれ、商人が凍る。
護衛三人が構える。
最初の衝突。
金属音が夜を裂く。
だが数が違う。
一人が斬られ、二人目も腹を一突きにされる。
構えの違う男が踏み込む。
速い。
だが一対五。
背後からの刃が肩を裂き血が散る。
囲まれ絶体絶命。
その時。
「借りるぞ」
低い声。
酒瓶を提げた男が、いつの間にか間合いへ入っている。
用心棒の刀が、その手にある。
一歩。
刃が滑る。
受け流し、返す刀で峰打ち。
一人倒す。
二人目が斬り込む。
清十郎は身体を沈め、斜めに抜ける。
着流しが翻る。
振り向きざまに峰打ち。
三人目、四人目を続けて流れるような剣技で撃ち伏せる。
夜気が張り詰める。
最後の一人が斬りかかる。
清十郎は半歩踏み込む。
刃を打ち上げ、身体を寄せる。
峰が鳩尾を打つと賊が崩れる。
静寂の中、月明かりだけが残る。
清十郎は刀を持ち主に差し出す。
「返すぞ」
用心棒が息を整え、顔を上げる。
礼を言おうとした瞬間。
目が止まる。
「……橋本殿?」
清十郎も、相手の顔をよく見る。
血に濡れ、月に照らされた顔。
見覚えがある。
「……南町の」
男は苦笑した。
「谷川助左衛門にございます」
谷川助左衛門、南町御番所(奉行所)同心。
――先日、奉行の命で清十郎を訪ね、迎えに来た男である。
あの時、短い会話を交わしている。
清十郎は一瞬だけ頷く。
「同心が用心棒か?」
「表向きは」
谷川は肩を押さえる。
「近頃、三百両を狙う賊が続いております。お奉行様の命により、商家に紛れて探っておりました」
清十郎は倒れた賊を見渡す。
「尻尾は掴めぬか」
「まだ」
町方が駆けつけるが賊は既に逃走している。
商人は震えている。
清十郎は言う。
「この者を頼む」
「はっ」
清十郎は商人を町方に託すと谷川を見る。
谷川の肩から血が落ちる。
「歩けるか」
「何とか」
「近くの町医者まで肩を貸そう」
町医者へ着くと、医師が傷を縫う。
谷川は歯を食いしばる。
襖が開く。
入ってきたのは――
南町奉行・大岡越前守忠相。
忠相は静かに谷川を見る。
「無理をさせたな」
「いえ、面目次第もございませぬ」
忠相は清十郎へ視線を向ける。
「橋本清十郎」
清十郎は膝をつく。
「ははっ」
「助左衛門を助けてくれたそうだな。礼を言う」
「たまたま通りかかりました故」
「ところでお主に頼みたいことがある」
「何でございましょう?」
「山城屋も明日、三百両を運ぶらしい」
「左様にございます」
「放置すれば江戸の商いが揺らぐ」
声は静かだが重い。
「橋本清十郎」
「は」
「賊の尻尾を掴んでくれぬか?」
「ちょうど明日、山城屋の用心棒として同行いたします。謹んでお受けいたします」
忠相はわずかに頷く。
「無暗な殺生はするなよ」
清十郎の脳裏に、将軍・吉宗のあの言葉がよぎる。
――裁きは忠相に任せる故、無暗な殺生はするなよ。
「心得ております」
忠相は静かに言う。
「頼んだぞ」
「ははっ」
夜は更ける。
三百両は、まだ動いていない。
だが今度は奉行も動く。




