第三節「依頼」
翌日、日本橋の山城屋。
帳場は忙しく動いているが、どこか落ち着きがない。
清十郎は奥へ通された。
若旦那・山城屋新之助が現れる。
「橋本清十郎殿、でございますか」
「左様だ」
新之助は丁寧に頭を下げる。
「大黒屋さんよりお話は伺っております。此度の護衛、何卒よろしくお願い申し上げます」
「話を聞こう」
新之助は座り直す。
「明後日の夕刻、京橋の両替所へ三百両を届けねばなりません」
「道は?」
「裏通りを使う予定です。人目を避けるため」
「同行は?」
「橋本殿お一人にお願いしたく存じます」
「それで良い」
新之助はわずかに安堵する。
だが、襖の向こうで気配が動いた。
「若旦那、失礼いたします」
と言って番頭・庄兵衛が入ってくる。
清十郎に一礼するが、視線は一瞬、腰の竹光へ落ちる。
「橋本殿でございますか」
「そうだ」
「此度はお世話になります」
声音は柔らかい。
だが目は測っている。
庄兵衛は新之助に向き直る。
「三百両は既に用意しております。若旦那、くれぐれも粗相なきよう」
その言い方に、わずかな棘。
新之助の表情が固くなる。
清十郎はそれを見逃さない。
「明後日の夕刻だな」
「はい」
「その刻限に参る」
清十郎は立ち上がる。
新之助が慌てて言う。
「橋本殿……」
「何だ」
「どうか、お力添えを」
「任せておけ」
短い。
だが重い。
清十郎は山城屋を出た。
日が傾く。
日本橋の喧騒が少し落ちる。
人通りの少ない路地へ入った瞬間。
背後で足音。
三人の男が近づいてくる。
着流しだが、目が濁っている。
「おい」
真ん中の男が言う。
「山城屋の用心棒の依頼を受けたな」
清十郎は立ち止まる。
「受けたが?それがどうした?」
「手を引かねえと痛い目を見るぜ」
男の胸元に、わずかに柄が覗く。
着流しの合わせが甘い。
木製の柄。短い刃。
抜くつもりだ。
男の右手が、胸元へ落ちる。
その瞬間、清十郎が動いた。
足音は立たない。
男の手が柄に触れるより先に、清十郎の手がその柄を握っている。
男の目が見開く。
「――な」
刃は、すでに男の懐から消えている。
次の瞬間、清十郎は半歩横へ。
男の腕を取り、身体を入れ替え背後へ回り込む。
冷たい刃先が、男の喉元に当たる。
男の呼吸が止まる。
「痛い目とは、こういう目か」
声は低い。
残る二人が一歩退く。
「お、俺のドスを……?」
「お前たちこそ手を引け」
腕を軽く締めると男の膝が震える。
「わ、分かった! 分かったって!」
清十郎は刃を離し男を前へ突き出す。
三人は転がるように逃げていく。
「覚えてろ!」
だが振り返らない。
清十郎は奪ったドスを見下ろす。
刃を地面に押し当て、足で静かに折る。
そして何事もなかったように歩き出す。




