第二節「信頼という名の縁」
日本橋、大黒屋。
奥座敷は静かだった。
大黒屋宗右衛門は、橋本清十郎の前で丁寧に膝を正している。
「橋本先生、本日はお時間を賜り誠にありがとうございます」
「構いませんよ。大黒屋さんにはお世話になっておりますから。」
宗右衛門は帳面を閉じ、言葉を選ぶように話し出した。
「山城屋さんが困っております」
「山城屋?」
「米問屋でございます。日本橋でも指折りの大店」
「その米問屋がどうされました?」
「明後日、三百両を京橋の両替所へ届けねばなりません」
清十郎は小さく頷く。
宗右衛門は続ける。
「問題は“三百両”という金額と“期日”でございます」
「期日を守れなければ信用を失うと?」
「はい」
宗右衛門の目は真剣だ。
「月締め決済金にございます。これが落ちれば、支払い不能の噂が立ちます。噂は早い。商いは信用で成り立ちます」
「なるほど」
「店を継ぐ者として経験を積ませたい、と若旦那の新之助が運ぶ手筈になっているそうです」
清十郎は宗右衛門を見る。
「それで、もう一つの問題の三百両というのは?」
宗右衛門は静かに頷く。
「近頃、三百両を持つ商家ばかりが襲われております」
「偶然ではなさそうですね」
「はい」
一瞬の沈黙。
「山城屋さんとは懇意にさせて頂いております」
宗右衛門が頭を下げた。
「そこで先生に新之助の護衛をお願い申し上げます」
清十郎は淡々と答える。
「護衛は某一人ですか?」
宗右衛門は
「先生ならば、それで充分かと存じます」
と言うが、その言い方に過度な持ち上げはない。
だが信頼はある。
清十郎は言う。
「山城屋には?」
「はい。先生のお考えを伺ってからと思いまして」
「では山城屋へ話を通しておいてくだされ」
「承知いたしました」
宗右衛門は丁寧に言う。
「明日にでも山城屋さんへ出向いて、詳しいお話をお聞きください」
清十郎が立ち上がると宗右衛門も立つ。
「橋本先生」
「何か?」
「どうか、お気を付けください」
「大事にはなりますまい」
宗右衛門は深く頭を下げた。
清十郎は店を出る。
暖簾が揺れる。
日本橋の喧騒が戻る。
夕刻、清十郎が帰宅する。
「ただいま」
千代が顔を出す。
「どうだった?」
「詳しい話は明日、山城屋さんへ行って聞いてくる」
「大変な仕事なの?」
「山城屋さんが荷を運ぶ間だけの用心棒だ」
「それだけ?」
「おそらく大した難しい仕事ではなかろう」
千代はほっと息を吐く。
「それなら良かった」
少し間を置いて。
「でも、気を付けてね」
「ああ」
千代は笑う。
「さ、夕飯にしましょ」
妙の声が外から響く。
「先生、今日は魚が安かったよ!」
清十郎は小さく息をつく。
静かな夜。
竹光は壁に立てかけられている。
まだ抜かれる気配はない。
だが――
江戸のどこかで、別の三百両が動いている。




