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第一節「簡単な仕事」

 日本橋北、甚兵衛長屋。

橋本清十郎は、いつものように傘を張っていた。

竹骨を整え、紙を貼り、指先で撫でる。

静かな手仕事。

近所に住む主婦の妙が覗き込む。

「先生、今日も精が出ますな」

「好きでやっているだけだ」

「好きでやって家計を助ける浪人なんて他にいませんよ」

「助けてるつもりはない。本業の用心棒の報酬だけで充分だ。傘張りは、あくまで趣味でやっている。まぁ、いずれは千代に嫁入り道具を持たせてやらねばならんので、その足しだ。」

熊吉が通りかかる。

「先生、無茶はするなよ。腕も立たねえ上に竹光なんだから。あんたに何かあったら千代ちゃんが困る」

「分かっている」

妙は笑いながら

「趣味で傘張りやってる浪人も聞いたことないけど、竹光で用心棒やってる浪人も聞いたことないよ」

と言いながら去って行く。

その時、大黒屋の手代・喜助が駆け込んだ。

「橋本先生!旦那様が急ぎでお目通り願いたいと!」

清十郎が立ち上がると千代が戸口に立つ。

「危ない仕事だったら受けないでよ!」

「大丈夫だ」

「本当に?」

「大黒屋さんは俺の実力を知っている。危ない仕事など持ってこないだろう」

千代は少しだけ安心した顔になる。

「それなら良いけど……でも気を付けてね」

「ああ。行ってくる」

清十郎が出ていく。

千代は背中を見ながら呟く。

「大黒屋さん、あんなに大店なのに……なんで竹光下げたおとっつぁんなんかにわざわざ仕事を頼むんだろう……」

長屋は日常に戻る。

だが、日常の裏で歯車は回り始めている。

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