第9話 死の箱庭
嵐を抜け、辿り着いたのは鉄の墓場。
そこは騎士の常識が通用しない、スカベンジャーの領域でした。
サクヤの操る『黒鳶』の先導により、オリエンス号はついに「風の道」を抜けた。磁気嵐の轟音が、嘘のように遠のいていく。
目の前に広がっていたのは、静寂に包まれた巨大な空洞だった。無数のデブリがドーム状に渦巻き、その中心に「それ」は鎮座していた。
「……デカいな」
サクヤはコクピットの中で、思わず低く唸った。全長三キロメートル。かつての大戦で「移動要塞」と呼ばれた超弩級戦艦の残骸だ。船体は真っ二つに折れ、断面からは内臓のような配管やフレームが飛び出しているが、その威圧感は五〇〇年の時を経ても健在だった。
『これが……今回の目的地ですか』
「ああ。宝の山か、それともただの鉄の棺桶か。……行ってみなきゃ分からねえな」
サクヤは通信機越しに答えながら、コンソールのスイッチを切り替えた。
「オリエンス号はここで待機だ。デカすぎて近づけねえ。アンカーを撃ち込んで固定しろ」
『了解しました。……サクヤさん、気をつけて』
「心配無用だ。俺は『黒鳶』を降ろす。荷物持ちの準備をさせとけ」
サクヤは愛機を操作し、戦艦の「背中」にあたる広大な甲板エリアへと降下を開始した。
†
ズゥゥゥ……ン。
重厚な着地音が、真空に近い薄い大気を震わせた。『黒鳶』の鋭い爪が、赤錆びた装甲板を鷲掴みにする。エンジンをアイドル状態にし、キャノピーを開放すると、カミソリのような冷気が肌を刺した。外気温マイナス六〇度。生身なら数分で肺が凍る世界だ。
「さっむ!うわ、マジで極寒じゃねえか!」
後部座席から飛び降りたリベットが、防寒着の前を慌てて合わせる。彼女は背中に、自身の体ほどもある巨大なツールバッグを背負っていた。
「文句言うな。マスクのフィルターを確認しろ。ここは古い冷却ガスが漏れてるかもしれねえ」
「分かってるって。……ほら、お嬢様たちも来たぞ」
リベットが指差す先。オリエンス号から降ろされた小型の運搬艇が、少し離れた場所に頼りなく着陸した。ハッチが開き、ヴィグナと数名の兵士が降りてくる。彼らは完全武装の防護服に身を包み、手には星導灯を持っていた。
「……ここが、墓場……」
ヴィグナの声が、ヘルメットの通信越しに聞こえる。彼女は呆然と周囲を見渡していた。見渡す限りの鉄、鉄、鉄。巨大な砲塔は飴細工のように捻じ曲がり、足元にはかつての乗組員だったであろう機械人形の残骸が散乱している。都市艦の中という「箱庭」で育った彼女たちにとって、この剥き出しの死の世界はあまりに衝撃的だったのだろう。
「ボサッとするな、観光じゃないんだぞ」
サクヤは機体から降りると、雪の上を歩くように静かにヴィグナへ近づいた。
「いいか、ここからは俺のルールに従ってもらう。騎士団の教本は捨てろ」
「ル、ルール?」
「一つ。無駄口を叩くな。音は死を招く」
サクヤは自分の耳を指差した。
「この空域の機械たちは、五〇〇年間『音』に飢えてる。特に金属同士がぶつかる高い音は、奴らにとっちゃ食事の合図だ」
「……」
「二つ。光を振り回すな。暗視ゴーグルを使え。星導灯なんぞ灯してたら、最高の標的だ」
サクヤはヴィグナの手から星導灯をひったくり、スイッチを切った。途端に周囲は漆黒の闇に包まれる。ヴィグナが息を呑む気配がした。
「そして三つ。……何があっても、俺から離れるな」
暗闇の中で、サクヤの紫色の瞳だけが、夜行性の獣のように鈍く光った。
「俺はこの迷宮の『音』が聞こえる。風の通り道、床のきしみ、機械の寝息……全部だ。俺が止まれと言ったら止まれ。走れと言ったら走れ。理由を聞いてる暇はねえ」
その威圧感に、ヴィグナは反論すらできず、ただコクコクと頷いた。リベットが「へへっ、頼もしいねぇ」と軽口を叩くが、その手はしっかりと工具を握りしめている。
『……皆さん、聞こえますか?』
ノイズ混じりの通信が入る。船に残ったアリアの声だ。
『戦艦の構造図を解析しました。目的の資材搬入デッキは、ここから地下へ三層降りた場所……「第三区画」です』
「了解だ、オペレーター様。ガイドを頼むぜ」
サクヤは口元を緩めると、腰の『双嘴』を確認し、巨大なエアロックの扉へと向き直った。分厚い鉄の扉は、わずかに半開きになっており、その隙間からは、底知れぬ闇と、腐った油の匂いが漂ってきていた。
「……行くぞ。野郎ども」
サクヤが先頭を切って、闇の中へと足を踏み入れる。ジャリッ……。霜柱を踏む微かな音が、墓場の静寂に吸い込まれていった。
長い、長い探索の始まりだった。
お読みいただきありがとうございます!
ついにダンジョンへの潜入開始です。
「音を出したら即死」「光を点けたら標的」。こういう極限状況で、普段は軽薄なサクヤが「俺に従え」とリーダーシップを取る瞬間、書いていて一番楽しいところです。
さて、息つく暇も与えません。今日は【連続投稿】です!
このあと19:00に、第10話「侵入者たち」を公開します。
静寂を破るのは誰か。
闇の奥から「何」が出てくるのか。
1時間後、またお会いしましょう!
【読者の皆様へ】
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