第8話 鉄の樹海
サクヤたちを乗せたオリエンス号は、地図にない危険地帯『墓場空域』へ。
そこは、過去の戦争の残骸が漂う、鉄の墓標でした。
世界の色が変わった。オリエンス号が分厚い積乱雲を突き抜けた瞬間、窓の外から太陽の光が消滅したのだ。
そこに広がっていたのは、死の世界だった。重力の吹き溜まりに捕らわれた、数千、数万もの空船の残骸。真っ二つに折れた戦艦、内臓をさらけ出した輸送船、砕けた居住ブロック。それらが乱気流の中でぶつかり合い、火花を散らしながら漂流している。通称『墓場空域』。五〇〇年前の大戦が生んだ、鉄の樹海だ。
「……総員、衝撃に備えよ!磁気嵐が来るぞ!」
艦橋でバラスト艦長が怒鳴る。バリバリバリッ!船体を包む防護フィールドが、紫色の雷に打たれて悲鳴を上げた。レーダー画面が一瞬でノイズの砂嵐に覆われ、真っ白になる。
「ダメです!センサー全滅!前方、デブリの密度が測定できません!」
「目視で回避しろ!これ以上、推力を落とすな!」
操舵士が悲鳴を上げる。オリエンス号は全長一キロの巨体だ。こんな瓦礫の迷路で、繊細な回避運動などできるはずがない。迫りくる巨大な鉄骨。衝突コース。
「回避間に合いません!ぶつかるッ!」
誰もが衝撃を覚悟した、その時だった。
ズバババババッ!!
筋の黒い影が、オリエンス号の船首を横切った。直後、迫っていた鉄骨が爆散し、細かい破片となって船体を通り過ぎていく。
『――ボサッとしてんじゃねえぞ、三流航海士』
艦橋のスピーカーに、ノイズ混じりの不機嫌な声が響いた。窓の外。紫色の稲妻が走る嵐の中を、一機の「怪鳥」が踊るように飛翔していた。『黒鳶』だ。
『レーダーなんざ捨てろ。この空域じゃ、自分の目と耳だけが頼りだ』
「き、貴様!勝手に出撃するなど……!」
『黙って見てろ。……道は俺がこじ開ける』
サクヤは通信を切ると、操縦桿を強引に倒した。コクピット内は、警告音の合唱だ。磁気嵐のせいで計器はデタラメな数値を踊っている。普通のパイロットなら発狂する状況だ。
だが、サクヤは冷静だった。彼は目を閉じ、左手でコンソールの周波数ダイヤルをカリカリと回す。
――ヒュオオオ……ガキン……キィィ……。
聞こえる。風が瓦礫の隙間を抜ける音。金属同士が擦れ合う高周波。雷が落ちる予兆の振動。『不適合者』である彼が、生き残るために磨き上げた異常聴覚。それが脳内で、不可視の樹海の「地図」を描き出していく。
(右舷、距離三〇〇。漂流機雷の群れ。左舷、距離五〇。崩れた装甲板の乱流……)
サクヤは目を開き、フットペダルを踏み込んだ。
「行くぞ、相棒。……」
『黒鳶』が加速する。 背中のバインダーを鋭く畳んで投影面積を減らし、爆発的なスラスター噴射でデブリの隙間を縫うような変態機動。 揚力などハナから期待していない。推力任せの強引な軌道変更が、鉄骨の雨を紙一重で回避していく。
『オリエンス号、舵角修正!面舵一五度!そのまま突っ込め!』
「ば、馬鹿な!そっちは戦艦の残骸だぞ!」
『いいから回せッ!そこに風の道がある!』
操舵士が迷う中、アリアの声が凛と響いた。
「従いなさい!彼の言う通りに!」
「ひ、姫様!?」
「私には分かります。彼が切り開いた場所だけ、石の磁場が安定している……。彼は、嵐の隙間が見えているのです!」
アリアの言葉に、操舵士は覚悟を決めて舵を切った。白い巨艦が、巨大な戦艦の残骸へ突っ込む――寸前。残骸が乱気流に流され、ぽっかりと空間が空いた。そこは、奇跡のように風が凪いだ一本の回廊だった。
「……抜けた!?」
クルーたちが驚愕の声を上げる。その先導をする『黒鳶』は、まるで嵐とワルツを踊るように、優雅かつ凶暴な機動で巨艦を導いていく。
「信じられん……。あのボロ機体で、この暴風の中を……」
「あれが、白夜のスカベンジャーの技か……」
ヴィグナもまた、窓にへばりついてその黒い機体を見つめていた。口先だけの男ではない。彼は本物の「空の職人」だ。
やがて、嵐の壁を抜けると、不気味なほど静かな空間に出た。墓場の中心部。巨大な空洞の中に、ひときわ大きな影が鎮座している。全長三キロにも及ぶ、超弩級戦艦の成れの果てだ。
『……着いたぞ。あれが今回の漁場だ』
サクヤの声が届く。一仕事終えた安堵か、わずかに息が上がっている。
『入り口は中央の亀裂だ。船は入れねえから、外に固定しろ。……ここからは歩きだぞ』
『黒鳶』が戦艦の残骸へと降下していく。アリアはその背中を見つめ、胸の星導石を握りしめた。ここからが本番だ。古代の迷宮と、そこに眠る危険な真実へのダイブ。
「……サクヤさん」
硝子の壁越しに交わした言葉を思い出す。『頼りにしてるぜ』その言葉に応えるために、アリアはマイクを握り直した。
「総員、上陸準備!これより、資材回収作戦を開始します!」
お読みいただきありがとうございます!
硝子越しの静かな会話から一転、今回からは張り詰めた空気の「探索行」です。
レーダーも効かない、視界も悪い、周りは鉄屑だらけ。
こういう「潜水艦映画」のような、息を潜めて進む緊張感が伝わっていれば嬉しいです。
静寂は破られるためにあるもの。
次回、第9話「索敵音」。
ついに「奴ら」が動き出します。『黒鳶』の初陣にご期待ください!
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