第6話 甲板の異邦人
ヴィグナ、そして整備士リベットとの合流。
サクヤが出した、船を修理するための「意外な条件」とは。
サクヤは二人を『黒鳶』に乗せ、中立都市を離れた。
定員一名のコクピットに三人。当然、すし詰め状態だ。シートにサクヤ、その膝の間にアリア、そして背もたれの後ろのわずかな荷物置きにヴィグナが無理やり体を折り畳んでいる。
「……狭い。貴様、肘を退けろ」
「無茶言うな。あんたのその無駄にデカい胸が邪魔なんだよ」
「なっ、む、無駄とはなんだ無駄とは!」
「あはは……まあまあ、二人とも」
アリアが苦笑いしながら仲裁に入る。密着した背中越しに、ヴィグナの怒りと、窮屈そうな吐息が伝わってくる。
「そもそも、あんたはどうしてあんなスラムにいたんだ? アリアとは別行動だったんだろ?」
サクヤは操縦桿を握りながら尋ねた。機体は安定飛行に入り、眼下には雲海が流れている。
「……ポッドを射出した直後、私も愛機で脱出したのだが、爆風に煽られてな。不時着したのがあの街の近くだったのだ」
「で、修理ついでに姫様を探してたってわけか」
「ああ。通信機を直して信号を傍受したが、反応が途絶えていて……正直、最悪の事態も覚悟した」
ヴィグナの声が沈む。サクヤはふと、疑問を口にした。
「そこなんだよ。なんでお姫様一人をあんなポッドで捨てた? 一緒に逃げりゃよかっただろ」
それは、サクヤがずっと抱いていた違和感だった護衛対象を一人で射出するなど、騎士としてはありえない判断だ。
「……あの時、我々は敵の奇襲を受け、船は轟沈寸前だった」
ヴィグナが悔しげに語り始めた。
「迎撃のために私は出撃しなければならず、姫様を乗せて逃げる余裕がなかった。だから、最新鋭のステルス・ポッドにお乗せしたのだ。本来なら、自動航行であの中立都市へ送り届け、安全に保護される手はずだった」
「なるほどな。囮になったわけか」
「だが、射出時の衝撃か、流れ弾か……ポッドのナビゲーションが破損し、あんな何もない岩礁へ不時着してしまったようだ。救難信号も微弱になり、我々のレーダーでは捕捉できなくなってしまった」
ヴィグナはギリリと奥歯を噛み締めた。
「私の失態だ。あのまま貴様が見つけてくれなければ、姫様は誰にも知られず、氷の中で……」
「ま、結果オーライだろ」
サクヤは軽く肩をすくめた。
「俺は耳がいいんでね。壊れかけの機械が出す悲鳴なら、地獄の底からだって聞きつけてやるよ」
「……フン。スカベンジャーの耳も、たまには役に立つということか」
憎まれ口だが、その声色には確かな感謝が含まれていた。
そんな話をしているうちに、雲海が開けた。天然の要害、巨大な岩礁の陰に、傷ついた巨体が横たわっていた。
都市艦『オリエンス』。
全長三キロメートルにも及ぶ、優美な曲線を描く白い巨船。五〇〇年前の工芸品のような美しさだが、今は黒煙を上げ、見るも無惨な姿だ。
「……ひどいもんだな。よく浮いてるぜ」
サクヤたちはエアロックから艦内へと潜入した。出迎えたのは、油の匂いと、慌ただしい足音だった。
「お帰り、団長! 姫様も無事か!?」
頭上の配管から飛び降りてきたのは、小柄な少女だった。だぶだぶの整備用ツナギを着ているせいで、まるで着せ替え人形のようだ。
「へへっ、アタシが整備班長のリベットだ!」
彼女は鼻の下をオイルで汚したまま、人懐っこく笑った。オイルまみれのタンクトップから覗く鎖骨は華奢で、少年のようなスレンダーな体つきをしている。
先ほどのヴィグナのような暴力的な威圧感はない。色気というよりは愛嬌の塊。リスのようにちょこまかと動き回り、自分の体ほどもある大きな工具袋を背負い直す姿は、一見頼りないが、その瞳には職人の光が宿っていた。
「あんたが噂の空拾い? このボロ船を直すアテがあるって本当か?」
「アテはある。だが、まずは現状確認だ」
「話が早くて助かるね! こっちだ!」
リベットに案内され、ブリッジへ向かう。その途中、艦内を一望できるガラス張りの展望デッキを通った時だった。
先を歩いていたアリアが、ふと足を止めた。彼女は強化ガラスに手をつき、眼下に広がる居住区――不安げに空を見上げる避難民たちの姿を見つめていた。サクヤはふと、ガラスに映る彼女の姿に見入ってしまった。
アリア・オリエンス。
今はボロボロのコートを脱ぎ、予備の正装に着替えている。透き通るような白磁の肌と、プラチナブロンドの長い髪。そして、タイトなコルセットが強調するのは、少女から大人へと開花しつつある、理想的なプロポーションだった。ヴィグナのような過剰な豊満さはない。だが、リベットのような未成熟さとも違う。
ドレスの胸元を優雅に押し上げる柔らかな曲線と、キュッと引き締まった腰のくびれ。
それは、猥雑さを感じさせない芸術品のようなバランスで、サクヤのような無骨な男ですら、思わず息を呑むほどの気品に満ちていた。
(……完成されてやがるな)
サクヤは柄にもなく見惚れ、慌てて視線を逸らした。彼女はただ美しいだけの人形ではない。この国の、背負うべきものを持った王なのだ。
「サクヤさん」
アリアが振り返った。その瞳には、強い意志の光が宿っていた。
「改めてお願いします。……私の国を、救ってください」
サクヤはポリポリと頬をかいた。その願いの重さは理解している。だが、一つだけ言っておかなければならないことがある。
「……わかった。とことん付き合ってやるよ。だが、条件がある」
「条件、ですか? 報酬なら弾みますが……」
「金の話じゃねえ。俺の『居場所』の話だ」
サクヤは親指で、自分の背後――外の世界を指した。
「俺は船の中には入らねえ。寝食は甲板でさせてもらう」
「えっ? でも、外は寒いですし、客室も用意できます」
「お断りだ。俺は根っからの野良犬でね。綺麗に整った部屋じゃ落ち着いて眠れねえんだよ。それに……」
サクヤはガラスの向こう、身を寄せ合う市民たちを一瞥した。
「俺みたいな薄汚いスカベンジャーがうろついてちゃ、みんなが不安がる。住む世界が違うんだよ、俺たちは」
それは卑下ではなく、明確な線引きだった。自分はあくまで雇われた外部の人間だという宣言。
「……わかりました。貴方のやり方を尊重します」
アリアは寂しげに、けれど納得したように頷いた。
「よし、交渉成立だ。行くぞ」
サクヤは歩き出した。
目指すは死の空域。鉄の墓場が、彼らを待っていた。
†
その数時間後。
サクヤは愛機『黒鳶』と共に、オリエンス号の第三外部甲板にいた。暖房の効いた船室を断り、吹きっさらしの甲板で野営を始めたのだ。
「……よし。ここなら文句はねえだろ」
コクピットから降りたサクヤは、防寒コートの襟を立て、白い息を吐いた。
足元では、マグネット・アンカーがガション!と作動し、機体を甲板に固定する。
「変な奴だな、あんた」
後ろから声をかけられた。リベットだ。彼女は手すりに腰掛け、サクヤに小瓶を放り投げた。
「ほらよ。差し入れだ。最高級の『合成オイル』。関節に使え」
「……恩に着る」
「いいってことよ。その代わり、後でそのエンジンの構造、じっくり見せろよな!」
リベットはニカっと笑い、手を振って去っていった。サクヤは受け取ったオイルを見つめ、小さく笑った。どうやら、この堅苦しい船にも、話の通じる同類がいたらしい。
ゴゴゴゴ……。
足元の甲板が微かに振動を始めた。オリエンス号が出航の準備に入ったのだ。
目的地は『墓場空域』。異邦人を乗せた白い巨艦が、ゆっくりと雲海へ向かって舵を切った。
お読みいただきありがとうございます!
頑固な騎士ヴィグナとは対照的な、天才肌の整備士リベットが登場しました。
そしてサクヤは「船の中には住まない」と宣言します。この「一線引いた関係」が、今後の彼らの信頼関係にどう響いてくるのか……ご期待ください。
さて、次回からはいよいよ新章突入。第7話「墓場空域」。過去の亡霊が眠る危険地帯へ、オリエンス号が突入します。
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