第5話 契約と境界線
サクヤ、アリア、ヴィグナ。
三者三様の思惑が交差する中、壊れかけた巨船を直すための「契約」が結ばれます。
「動くな」
声と共に、喉元に鋭利な冷気が突きつけられた。
星導剣の切っ先だ。起動音もなく、殺気だけで空気を凍らせる手腕。素人ではないサクヤは両手を挙げ、ゆっくりと視線を上げた。
「……手荒い挨拶だな、お巡りさん」
そこに立っていたのは、燃えるような赤髪の女騎士だった。
ヴィグナ・スカーレット。白い軍服を着崩すことなく纏ったその姿は、凛々しくも圧倒的な威圧感を放っていた。
だが、サクヤの目が留まったのは、その剣だけではない。至近距離で対峙したことで、彼女の身体的特徴が暴力的なほどの存在感で迫ってきたのだ。白い軍服のボタンが、今にも弾け飛びそうなほどに張り詰めた胸元。騎士として鍛え抜かれた体幹の上に、不釣り合いなほどの豊満な果実が乗っている。呼吸をするたびに、分厚い生地が窮屈そうにきしみ、その圧倒的な質量を主張していた。厳しい表情と、その扇情的な身体つきのアンバランスさ。
(……なんて身体してやがる。軍服のサイズ間違ってんじゃねえか?)
サクヤは内心で毒づきながらも、その迫力に一瞬たじろいだ。剣呑な空気が路地裏を支配する。
「貴様、何者だ。アリア様に何をした」
「ヴィグナ! やめて! この人は私を助けてくれたの!」
アリアが割って入る。
ヴィグナと呼ばれた騎士は、一瞬驚いたようにアリアを見つめ、渋々といった様子で剣を引いた。
だが、その眼光は依然として鋭くサクヤを射抜いている。
「……失礼した。私はオリエンス公国近衛騎士団長、ヴィグナ・スカーレットだ」
「俺はサクヤ。ただのスカベンジャーだよ」
「スカベンジャーだと? ……フン、薄汚いハイエナか」
露骨な侮蔑。
彼女のような誇り高い騎士にとって、戦場の屍肉を漁るサクヤのような人種は、最も軽蔑すべき対象なのだろう。
「ヴィグナ、そんな言い方はしないで。彼は私の命の恩人よ」
アリアが毅然と言い放つと、ヴィグナはバツが悪そうに口をつぐんだ。
彼女は剣を収めると、アリアの前に片膝をつき、悲痛な面持ちで頭を垂れた。
「……申し訳ありません、姫様。ご無事で何よりです」
「顔を上げて、ヴィグナ。貴女が謝ることではないわ」
「いいえ。エンジンの臨界事故とはいえ、姫様お一人をポッドで射出するなど……騎士として万死に値する失態。あのままポッドの信号が途絶えた時は、生きた心地がしませんでした」
ヴィグナの声が微かに震えている。船を守るか、姫を守るか。究極の選択の末にアリアを逃がし、そして行方不明にさせてしまった自責の念。
彼女がサクヤに対して過剰に攻撃的だったのも、その焦りの裏返しだったのだろう。
「でも、私はこうして生きています。サクヤさんが拾ってくれたおかげで」
「……左様でございますか」
ヴィグナはチラリとサクヤを見た。感謝と警戒が入り混じった複雑な視線だ。アリアはヴィグナの肩に手を置き、表情を引き締めて尋ねた。
「それより、船の状況はどうなの? 無事なの?」
「……芳しくありません」
ヴィグナの表情が曇る。騎士としての強気が、焦燥に塗り替えられていく。
「メインエンジンの燃焼室が破損し、出力が低下しています。予備パーツもなく、騙し騙し飛んでいますが……このままでは数日中に墜落します」
墜落。
それは空に住む者にとって、死と同義だ。ましてや、後ろからは「夜」が迫っている。足を止めれば、国ごと氷漬けだ。
「修理できる技師はいないのか? この街には修理工もいるだろう」
「雇った整備班はいますが、お手上げ状態です。古代の規格に合う交換パーツがありません。……貴様」
ヴィグナが再びサクヤを睨んだ。
藁にもすがる思いと、プライドの高さが混ざり合った視線。
「ハイエナならば、ガラクタのありかには詳しいのだろう? 心当たりはないか?」
サクヤは頭をかいた。
面倒ごとは御免だ。沈みかけの船に関わるのは、スカベンジャーとして一番やってはいけない自殺行為だ。
「悪いが、人助けは趣味じゃねえ。俺はここで失礼する。あとは警察にでも頼みな」
「待ってください! 報酬ならお支払いします!」
アリアが、着ている古着のポケットから、小さな皮袋を取り出した。
彼女はためらうことなくその紐を解き、中身をサクヤに見せた。
「……おいおい」
サクヤの目が釘付けになる。
中に入っていたのは、透き通るような群青色の輝き。
市場には滅多に出回らない、王室品質の高純度星導石だった。これ一粒で、家が一軒建つどころか、一生遊んで暮らせる。
(こいつがあれば、『黒鳶』に極上の『酒』を飲ませてやれる……)
サクヤの喉がゴクリと鳴る。
アリアの瞳、ヴィグナの切羽詰まった表情、そして目の前の宝石。
何より、古代のエンジンを直せるのは自分しかいないという、技術屋としての自負が疼く。
「パーツねぇ……。あるとすりゃあ、西の『墓場』くらいだな」
サクヤはため息交じりに呟いた。
石の誘惑には勝てなかった。
「墓場……?」
「五〇〇年前の大戦の激戦区跡地だ。そこなら、あんたの船と同じ時代の戦艦が山のように眠ってる。……ただし、幽霊と野良機械の巣窟だがな」
サクヤは試すように二人を見た。
常人なら尻込みする場所だ。死にに行くようなものだと言外に告げる。
「案内しろ。報酬は弾む」
ヴィグナは即答した。迷いはない。
アリアもまた、強い瞳で頷いている。その双眸に、恐怖による揺らぎは見えなかった。
「……へっ。上から目線だな。ま、いいぜ。商談成立だ」
サクヤはニヤリと笑った。
こうして、奇妙な契約が結ばれた。
向かう先は、地図にない死の空域。鉄屑の機士と、二人の姫君の旅が始まる。
ご覧いただきありがとうございます。
これで一旦、役者は揃いました。
次回からはいよいよ、危険地帯『墓場空域』への冒険が始まります!
【読者の皆様へお願い】
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明日の更新も楽しみにお待ちください!6話12時、7話19時予定です!




