第4話 銀灰の舞踏
第3話からの続きです。
路地裏でチンピラに絡まれたアリア。
そこに、あの男が舞い降ります。
「……あ?」
顔面に空き缶を食らった男が、白目を剥いて石畳に沈む。残った二人のチンピラ――義手の大男と、ナイフ使いの小柄な男が、驚愕に目を見開き、頭上の瓦礫の山を見上げた。
そこには、薄汚れた黒いコートを羽織った青年が、気怠げに座り込んでいた。フードの下から覗く瞳は、夜明け前の空のような深い紫色。手には、奇妙な形状の登山道具――二本一対の『星導鶴嘴』が握られている。
「テ、テメェは……!」
「あーあ。せっかく拾った缶だったのに、ひしゃげちまった」
青年――サクヤは、倒れた男には目もくれず、大袈裟に肩をすくめた。
「おい、三流ども。ここは俺の庭だ。弱いものいじめがしたけりゃ、他所でやんな」
「あんだとオラァ!スカベンジャー風情が調子に乗るんじゃねえぞ!」
大男が激昂し、蒸気を噴き出す機械義手の拳を構える。小柄な男もナイフを逆手に持ち替え、殺気立った目で睨みつけた。
「殺せ!身包み剥いで、その女もいただくぞ!」
二人が同時に駆け出す。アリアは悲鳴を上げそうになり、口元を押さえた。だが、サクヤは動じない。彼はゆっくりと立ち上がると、足元の瓦礫を爪先でトン、と蹴った。
キィィィン……。
耳鳴りのような高周波音。サクヤが履く厚底の軍靴――『重力制御ブーツ』の踵に埋め込まれたコンデンサが、急速充電される音だ。
「――どいつもこいつも、騒がしいんだよ」
カッ!
ブーツの底から、青白い光の波紋が弾けた。爆発的な「斥力」が、サクヤの身体を弾丸のように射出する。
ヒュンッ!
黒い影が空を裂いた。大男が拳を振り上げた時には、もう目の前にサクヤはいなかった。彼は重力を無視した軌道で大男の頭上を飛び越え、空中で身を捻っていたのだ。
「遅い」
サクヤが空中で『双嘴』を振るう。刃は使わない。金属製の柄で、大男の後頭部を強烈に殴打。
ドゴッ!巨体が前のめりに崩れ落ちる。
着地と同時、サクヤは流れるようにスライディングへ移行した。ブーツの斥力をブレーキではなく、加速に使う。氷の上を滑るような、慣性を無視した機動。
「ひ、ヒィッ!?」
残されたナイフ男が、あまりの速さに腰を抜かす。サクヤはその目前でピタリと停止すると、右手のピッケルを男の鼻先に突きつけた。赤熱した刃先が、ジリジリと空気を焦がす。
「……失せろ。次は解体すぞ」
低く、冷徹な宣告。男は「ひぃぃぃ!」と情けない声を上げ、仲間を見捨てて脱兎のごとく逃げ出した。
あたりに静寂が戻る。サクヤはピッケルの熱伝導スイッチを切ると、腰のホルスターにカチャリと収めた。そして、へたり込んでいるアリアの方へ、ゆっくりと歩み寄る。
アリアは息を呑んでその姿を見つめていた。ボロボロのコート。油の匂い。無精髭の生えた顎。どこからどう見ても、薄汚れた労働者だ。けれど、その身のこなしは、アリアが知るどの近衛騎士よりも洗練されていた。銀灰色の月光と、硝子の花園の淡い光を背負った彼は、まるで夜そのものだった。
「……たく。不用心な散歩だな」
サクヤが、呆れたように呟く。その声。低く、ハスキーで、けれど芯のある響き。アリアの心臓が大きく跳ねた。
――間違いない。
あの時。
『黒鳶』の狭いコクピットの中で聞いた声だ。
凍えるような「夜」から逃げる最中、自分のすぐ隣で、的確に機体を操りながら響いていた、あのぶっきらぼうな声。
サクヤはアリアの前に膝をつき、乱暴に、しかしどこか気遣わしげに手を差し伸べた。
「怪我はねえか、お姫様?」
紫水晶のような瞳が、至近距離でアリアを覗き込む。時間が止まったようだった。スラムの悪臭も、寒さも、全てが遠のく。
「あ……」
アリアは震える手で、その大きな手を握り返した。
革手袋越しに伝わる、確かな熱と硬さ。
「あなたは……あの時の……」
アリアが問いかけようとした、その時だった。
「――そこまでだ、悪党!」
「姫様ーッ! ご無事ですかーッ!!」
路地の向こうから、鋭い制止の声と、慌ただしい足音が響いてきた。サクヤの眉が、わずかにピクリと動く。
「……チッ。お巡りさんのお出ましだ」
彼はアリアの手を離し、素早く立ち上がろうとした。だが、それより早く、白い影が疾風のように現れた。
お読みいただきありがとうございます!
サクヤの戦闘スタイルは、重力制御ブーツを使った「三次元機動」と、ピッケルによる「打撃」です。
銃火器を使わない、職人らしい喧嘩の仕方を書いていてとても楽しかったです。
そしてラストに現れたのは、オリエンス公国の近衛騎士団長、ヴィグナ。
サクヤとは正反対の「堅物騎士」ですが、彼女もまた重要な仲間の一人です。
次回、第5話「契約と境界線」。
本日19時に更新予定です!




