第34話 白き人影、嵐に立つ
飛行機の世界において、「手足がある」というのはそれだけでホラーです。
唯一の人型機動兵器、『シルフィード』の脅威。
爆炎と黒煙が、鉛色の空に広がっていく。
サクヤがアンカーで投げ飛ばした『風の妖精』は、味方の巡洋艦の装甲を突き破り、その内部で爆発した――かに見えた。
『……へっ。ざまあみやがれ』
サクヤはコクピットで荒い息を吐き、額の汗をグローブの背で拭った。
エンジンの排気温度は危険域。燃料計はすでに半分を切っている。
東の「夜」を突き抜け、惑星を一周するというデタラメな酷使に、機体は悲鳴を上げ続けている。
『ヴィグナ、生きてるか!』
『は、はい! 左舷スラスターのみで姿勢制御中……なんとか飛べます!』
深紅の戦闘艇『緋蜂』が、ふらつきながらも『黒鳶』の翼下に付く。
彼女の機体は右翼を失い、満身創痍だ。だが、そのエンジン音にはまだ闘志が宿っている。
『よし。今のうちにオリエンス号を……』
サクヤが機首を西の『磁気嵐の壁』へ向けようとした、その時だった。
ズォォォォォッ……!!
墜落しかけていた巡洋艦の残骸から、白い光が噴き出した。
炎を切り裂き、煙を払いのけて、その「影」がゆらりと浮上する。
「……なっ」
サクヤは目を見開いた。
そこにいたのは、飛行機ではない。
二本の脚、二本の腕。そして、無機質なカメラアイを持つ頭部。
それは、この空の世界には存在しないはずの、異形のシルエット。
人型機動兵器、『風の妖精』。
この世界で唯一、伝説上の巨人を模して造られた、禁断のテクノロジーの結晶。
「……汚い」
全回線に、氷のように冷たい声が響いた。
爆炎の中から現れた白き巨人は、人間が埃を払うような仕草で、機体についた煤をマニピュレーターで払った。
その人間臭い挙動こそが、航空機乗りにとっては悪夢のような光景だった。
「私の翼に泥を塗ったな、スカベンジャー」
フェリオンの殺気が、通信越しにビリビリと伝わってくる。
『シルフィード』が背部のフレキシブル・バインダーを展開した。それは天使の翼のように広がり、重力制御による不気味な浮遊感で空中に静止する。
『……チッ。手足が生えてやがるなんて、趣味の悪い冗談だぜ』
サクヤは軽口を叩きながらも、操縦桿を握る手に力を込めた。
厄介だ。
航空機は「前」にしか進めない。旋回には半径が必要だ。
だが、あいつは違う。
手足を動かして重心移動を行い、その場で旋回し、真横にも真後ろにも移動できる。空の理を無視した存在だ。
「貴様らは、ここで処理する」
『シルフィード』が右手に持ったビーム・ライフルを構えた。
同時に、左手の掌底からビーム・サーベルの刃が伸びる。
「消えろ」
ヒュンッ!
白い機体が消失した――そう錯覚するほどの加速。
航空力学を無視した、直角に近い機動でサクヤの頭上を取る。
『速ぇッ!?』
サクヤは反射的にアフターバーナーを吹かした。
直後、さっきまで『黒鳶』がいた空間を、ビームの刃が薙ぎ払う。
「逃げ回るだけのネズミが」
フェリオンは追撃の手を緩めない。
人間の動きをトレースしたような、滑らかで不気味な連撃。
ライフルを撃ちながら、スラスターで急接近し、サーベルで斬りかかる。遠距離と近距離の境目がない、変幻自在の戦闘スタイル。
『くそッ! まとわりつくんじゃねえ!』
サクヤは機体をきりもみ回転させ、チャフとフレアを撒き散らしながら回避に専念する。
まともにドッグファイトをしても勝てない。相手は「飛行機」じゃない。「空飛ぶ人間」だ。
『サクヤ殿! 援護します!』
下方からヴィグナの『緋蜂』が上昇してくる。
残ったレーザー機銃による決死の援護射撃。赤い光弾がフェリオンを襲う。
「邪魔だ、羽虫」
フェリオンは視線すら向けずに、左腕のシールドでそれを弾いた。
そして、空中で「蹴り」を放つような動作で姿勢を変えると、ヴィグナへ向けてライフルを連射する。
『きゃあああッ!』
ヴィグナの機体が被弾し、黒煙を引いて高度を下げる。
『ヴィグナッ!』
「よそ見をしている余裕があるのか?」
眼前に、白い悪魔の顔が迫っていた。
ビームサーベルが振り下ろされる。
回避、間に合わない。
『――させるかよォッ!』
ガギィィィンッ!!
サクヤは咄嗟に左翼を突き出した。
巨大な複合兵装ポッド『赤熱』の装甲板で、ビームの刃を受け止める。
分厚い耐熱装甲が溶け、火花が散る。
「ほう。その無粋な鉄塊を盾にするか」
『ただの盾じゃねえぞ……!』
サクヤはニヤリと笑った。
至近距離。つばぜり合い。
人型であるフェリオンにとっては有利な間合いだが、サクヤにとっては「必殺の距離」だ。
『こいつはな、お前みたいな化け物を「捕まえる」ための檻だッ!』
ドシュッ!!
『赤熱』の側面ハッチが強制開放される。
飛び出したのは、対艦用の強制捕縛アンカーだ。
だが、今度は「投げる」ためではない。
ゼロ距離で、フェリオンの機体に直接「巻き付ける」ために。
「なっ……!?」
鋼鉄の蛇が、『シルフィード』の右腕と胴体を雁字搦めに拘束する。
人型の最大の武器である「自由度」を、物理的に封じ込める荒技。
『捕まえたぜ、エリート様! 泥仕合の始まりだ!』
サクヤはスロットルを全開にした。
拘束したフェリオンごと、機体を急加速させる。
目指す先は、西の空を塞ぐ巨大な『嵐の壁』。
「貴様、何をする気だ!?」
『道連れだよ! お前の頑丈な体で、あの嵐に風穴を開けてやる!』
狂気の特攻。
サクヤは敵の旗機を「盾」にして、生存不可能な嵐の中心へ突っ込むつもりだ。
「正気か!? 二人とも砕け散るぞ!」
『上等だ! スカベンジャーの頑丈さを舐めんじゃねえ!』
二機の機体は絡み合ったまま、雷光が迸る黒雲の壁へと吸い込まれていった。
†
オリエンス号のブリッジで、その光景を見ていたアリアが叫んだ。
「サクヤさん!!」
モニターの中で、黒と白の光が、嵐の中へ消えていく。
それは、ただの戦闘ではない。
理屈と混沌。
管理された美しさと、泥臭い生命力。
二つの意志が激突し、一つの道を作ろうとしていた。
「……艦長! 嵐の壁に、局所的なエネルギー干渉を確認! あの一点だけ、気流が乱れています!」
レーダー手の報告に、バラスト艦長が決断を下した。
彼の目には、老いた虎の光が宿っていた。
「……突っ込むぞ! あの男が命懸けでこじ開けた『風穴』だ! 一ミリたりとも無駄にするな! 最大戦速、面舵一杯ッ!」
白い巨船が、軋む船体を震わせて回頭する。
目指すは、サクヤが消えた嵐の中心。
そこが唯一の、明日への出口だ。
「旋回せずに真横に動く」「手で掴んでくる」。
航空機乗りからしたら悪夢のような挙動ですね。
そんな化け物を相手に、サクヤはどう決着をつけるのか。
次回、嵐の中での最終決戦です。
いよいよ物語も大詰め。ラストまでお付き合いください!




