第33話 泥濘と純白の円舞曲
サクヤ vs フェリオン、空戦開始です。
スペックで劣る旧式機が、最新鋭機に勝つにはどうすればいいか?
答えは「泥仕合」です。
上空八〇〇〇メートル。
西の空を引き裂いて現れた『黒鳶』の乱入によって、戦場の時間は一瞬だけ凍りついた。
その機体は、異様だった。
東の「夜」を突き抜け、惑星を一周して帰還した機体には、未だ分厚い氷の鎧が張り付いている。
だが、限界まで酷使されたエンジンが放つ高熱によって、氷は瞬く間に蒸発し、猛烈な白煙となって周囲に撒き散らされていた。
その白く濁った霧の中から、青いアフターバーナーの光だけが、飢えた獣の眼光のようにギラついている。
『――さあ、どきな。そこは俺の指定席だ』
サクヤの声と共に、霧の中から『黒鳶』が飛び出した。
狙うは、『赤道』軍艦隊の中央。
フェリオン率いる無人戦闘機部隊のど真ん中だ。
「撃てッ! 接近させるな!」
我に返った駆逐艦の艦長が叫ぶ。
展開していた無人機の編隊が散開し、無数のレーザー砲が一斉に火を噴いた。
正確無比な偏差射撃。逃げ場のない光の雨。
だが、サクヤは避けない。
「甘ぇよ! そんな綺麗な弾幕で、ドブネズミが捕まるかッ!」
サクヤは操縦桿を強引に倒し、フットペダルを蹴り飛ばした。
『黒鳶』の機首に増設された姿勢制御ノズルが、デタラメな方向にガスを噴射する。
機体は空中で急激な横滑りを見せ、物理法則を無視したような軌道でレーザーの雨をすり抜けた。
それは、洗練された空戦機動ではない。
崩れ落ちるデブリの隙間を縫ってゴミを漁るために培われた、不規則で泥臭い、スカベンジャー特有の変則機動だ。
『オラァッ!!』
懐に入り込んだ『黒鳶』が、左翼の武装を解放する。
『複合兵装ポッド:赤熱』。
三〇ミリガトリング砲が唸りを上げ、劣化ウラン弾の暴風雨を叩き込む。
シールドを張る暇もなかった無人機が、次々と蜂の巣になり、空中で爆散していく。
「馬鹿な……! あの旧式機が、最新鋭のドローンを圧倒しているだと!?」
敵の通信から驚愕の声が漏れる。
性能差はある。火力も装甲も、敵の方が上だ。
だが、この近距離乱戦において、モノを言うのはスペックではない。「殺気」と「経験」だ。
綺麗な訓練場しか知らないエリートのプログラムごときが、毎日が死と隣り合わせのスカベンジャーに勝てるはずがない。
†
その光景を、傷ついた深紅の戦闘艇『緋蜂』のコクピットから見ていたヴィグナは、呆然と呟いた。
「……信じられない。本当に、帰ってきたというの……?」
ヴィグナの愛機は、無惨な姿を晒していた。
先ほどのフェリオンの一撃で、機体バランスの要である右主翼を根元から切断され、右舷スラスターも完全に沈黙している。
片翼を失った鳥のように、今は姿勢を維持するだけで精一杯だった。
死を覚悟していた。
アリアを守って散るなら本望だと、自分に言い聞かせていた。
だが、あの黒い機体が暴れ回る姿を見た瞬間、消えかけていた心の炎が、再び燃え上がるのを感じた。
『おい、騎士サマ! いつまで寝てやがる!』
通信機から、サクヤの怒鳴り声が飛んできた。
『お姫様を守るのがアンタの仕事だろうが! 片翼もがれたくらいでへこたれてんじゃねえぞ!』
「――ッ!」
その言葉に、ヴィグナは弾かれたように顔を上げた。
そうだ。まだ終わっていない。
彼が――サクヤが、命がけで世界を一周して道を切り開こうとしているのに、私が膝を屈してどうする。
「……愚弄しないでいただきたい! オリエンスの騎士は、エンジンが止まるまで剣を離しません!」
ヴィグナは残った左手でスロットルを押し込み、姿勢制御プログラムを強制的に書き換えた。
失った右翼の揚力不足を、左舷バーニアの噴射角調整だけで強引にねじ伏せる。
『緋蜂』が息を吹き返す。
傷ついた翼で空気を掴み、サクヤの背後をカバーするように急上昇した。
『へっ、そうこなくちゃな! ……行くぞ、ヴィグナ! 雑魚は俺が引き受ける。アンタは本丸への道を確保しろ!』
「了解です、サクヤ殿!」
二機の戦闘機が交差する。
黒と赤。
泥臭いジャンク屋の機体と、王家の優美な騎士の機体。
性能も出自も正反対の二機が、初めて戦場で翼を並べた瞬間だった。
†
「……不快だ」
その連携を、上空から冷ややかに見下ろす白い影があった。
『風の妖精』。
流線型の美しいフォルムを持つその機体は、戦場にあって一つだけ汚れを知らない芸術品のようだった。
フェリオンは、コンソールの汚れを拭うように、指先を動かした。
「野良犬同士がじゃれ合って……。私の空を、これ以上汚すな」
純白のスラスターが輝く。
フェリオンの機体は、音もなく急降下を開始した。
その動きには、「ため」がない。
筋肉の予備動作を読み取るかのように、思考だけで機体を操る『感応者』特有の反応速度。
「消えろ」
『風の妖精』の右手に握られたロングレンジ・ライフルから、不可視のビームが放たれた。
狙いはサクヤの『黒鳶』のコクピット。
偏差、タイミング、全てが完璧な必殺の一撃。
だが。
『――見えてんだよ、優等生ッ!』
サクヤは直感だけで機体をバレルロールさせた。
ビームが『黒鳶』の右翼端を掠め、装甲板を融解させる。
焼ける匂い。警報音。
だが、直撃ではない。
「……避けた? 私の射撃を?」
フェリオンが眉をひそめる。
予測演算では命中率100%だったはずだ。なぜ、この男は反応できる?
それは理論ではない。
崩れ落ちる瓦礫の山で、落ちてくる鉄骨の音を聞き分け、生き延びてきた野生の勘だ。
『挨拶代わりにしては熱烈じゃねえか。……今度はこっちの番だ!』
サクヤは反転し、フェリオンに向かって突進した。
真正面からのチキン・ラン。
だが、フェリオンは冷静だ。
「無謀な。機体性能の差を教えてやろう」
『風の妖精』は優雅に機体を傾け、サクヤの突進をひらりとかわす。
そのまま最小半径で旋回し、サクヤの背後につく。
美しい、舞踊のような空戦機動。
サクヤは防戦一方に見えた。重い装甲がビームのカスリ傷で削がれ、火花が散る。
『くっ……! ちょこまかと……!』
「遅い。重い。脆い。……それが貴様の実力だ、スカベンジャー」
フェリオンは冷笑と共に、トドメの一撃を放つべくロックオンした。
勝利を確信した、その一瞬の隙。
サクヤの口元が、ニヤリと歪んだ。
『――捕まえたぜ』
ガキンッ!!
金属音が響き渡る。
『黒鳶』の左翼、『赤熱』ポッドから射出された鋼鉄のアンカーワイヤーが、空を裂いた。
それはフェリオンが回避行動を取ろうとした先――『風の妖精』の美しい主翼に、深く噛みついた。
「なっ……!?」
「綺麗な空戦なんざ踊ってられるかよ! ……こちとら、泥レスがお似合いなんだよ!」
サクヤはスラスターを全開にし、逆方向へ機体を捻った。
六トンの機体重量と、オーバードライブした推力が、ワイヤーを通じてフェリオンを引きずり回す。
優雅に空を舞っていた『妖精』が、凧のようにコントロールを失い、きりもみ回転を始めた。
「貴様ッ! 離せッ! 機体が歪むッ!」
「離すかよ! ……もらったぁッ!!」
サクヤは機体を強引に回転させ、遠心力を利用してフェリオンを振り回すと、そのまま近くを航行していた敵の巡洋艦へ向かって、ハンマー投げの要領で投げ飛ばした。
「うおおおおおッ!!」
ワイヤーが強制解除される音と共に、白き妖精は砲弾となって飛んでいく。
ズガァァァンッ!!
フェリオンの機体が、味方の艦の装甲板に激突する。
轟音と爆炎。
無敵を誇っていた白い機体が、初めて煤と油にまみれ、無様に煙を上げた瞬間だった。
『――へっ。ざまあみやがれ』
サクヤは荒い息を吐き、額の汗を拭った。
手応えはあった。だが、フェリオンはまだ死んでいない。
それに、オリエンス号の進路を塞ぐ『嵐の壁』と、敵艦隊の包囲網は依然として健在だ。
『ヴィグナ! アリア! 聞こえるか!』
サクヤは回線を開いた。
モニターの向こうで、涙を拭いながらアリアが頷く。
『はい! 聞こえています、サクヤさん!』
『敵の陣形は崩した。……これから、あの嵐をぶち抜いて「道」を作る』
サクヤは視線を、西の空にそびえる巨大な積乱雲の壁に向けた。
今の乱戦で敵は混乱している。だが、時間をかければ立て直される。
その前に、オリエンス号をあの壁の向こうへ通さなければならない。
『俺が先頭で穴を開ける。……しっかりついて来いよ、お姫様!』
『はい……! 信じています!』
サクヤは再びスロットルを握りしめた。
エンジンが悲鳴を上げている。燃料計はすでに半分を切っている。
だが、行ける。
この翼はまだ、折れていない。
『黒鳶』が加速する。
その先にあるのは、嵐か、それとも新たな地獄か。
物語は、最終局面へと加速していく
綺麗な空戦なんてクソ食らえ。
ワイヤーを引っ掛けてハンマー投げ。スカベンジャーらしい戦い方でした。
しかし、敵もただでは終わりません。
次回、フェリオンの駆る『風の妖精』が、その真の姿……この世界における「異形」の本性を現します。




