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【続編執筆中!】銀灰の掠夜彗星(ナイトグレイザー)~「夜」に追いつかれたら即死する世界で、深窓の姫君を拾いました~  作者: 吉良織彦
第4章:追走の翼、夜を越えて

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第33話 泥濘と純白の円舞曲

サクヤ vs フェリオン、空戦開始です。

スペックで劣る旧式機が、最新鋭機に勝つにはどうすればいいか?

答えは「泥仕合マッドレスリング」です。

 上空八〇〇〇メートル。

 西の空を引き裂いて現れた『黒鳶(ブラックカイト)』の乱入によって、戦場の時間は一瞬だけ凍りついた。

 その機体は、異様だった。

 東の「夜」を突き抜け、惑星を一周して帰還した機体には、未だ分厚い氷の鎧が張り付いている。

 だが、限界まで酷使されたエンジンが放つ高熱によって、氷は瞬く間に蒸発し、猛烈な白煙(スチーム)となって周囲に撒き散らされていた。

 その白く濁った霧の中から、青いアフターバーナーの光だけが、飢えた獣の眼光のようにギラついている。


『――さあ、どきな。そこは俺の指定席だ』


 サクヤの声と共に、霧の中から『黒鳶』が飛び出した。

 狙うは、『赤道』軍艦隊の中央。

 フェリオン率いる無人戦闘機部隊のど真ん中だ。


「撃てッ! 接近させるな!」


 我に返った駆逐艦の艦長が叫ぶ。

 展開していた無人機の編隊が散開し、無数のレーザー砲が一斉に火を噴いた。

 正確無比な偏差射撃。逃げ場のない光の雨。

 だが、サクヤは避けない。


「甘ぇよ! そんな綺麗な弾幕で、ドブネズミが捕まるかッ!」


 サクヤは操縦桿を強引に倒し、フットペダルを蹴り飛ばした。

 『黒鳶』の機首に増設された姿勢制御ノズルが、デタラメな方向にガスを噴射する。

 機体は空中で急激な横滑り(スライド)を見せ、物理法則を無視したような軌道でレーザーの雨をすり抜けた。

 それは、洗練された空戦機動ではない。

 崩れ落ちるデブリの隙間を縫ってゴミを漁るために培われた、不規則で泥臭い、スカベンジャー特有の変則機動だ。


『オラァッ!!』


 懐に入り込んだ『黒鳶』が、左翼の武装を解放する。

 『複合兵装ポッド:赤熱(レッド・ヒート)』。

 三〇ミリガトリング砲が唸りを上げ、劣化ウラン弾の暴風雨を叩き込む。

 シールドを張る暇もなかった無人機が、次々と蜂の巣になり、空中で爆散していく。


「馬鹿な……! あの旧式機が、最新鋭のドローンを圧倒しているだと!?」


 敵の通信から驚愕の声が漏れる。

 性能差はある。火力も装甲も、敵の方が上だ。

 だが、この近距離乱戦(ドッグファイト)において、モノを言うのはスペックではない。「殺気」と「経験」だ。

 綺麗な訓練場しか知らないエリートのプログラムごときが、毎日が死と隣り合わせのスカベンジャーに勝てるはずがない。



   †



 その光景を、傷ついた深紅の戦闘艇『緋蜂(カーディナル)』のコクピットから見ていたヴィグナは、呆然と呟いた。


「……信じられない。本当に、帰ってきたというの……?」


 ヴィグナの愛機は、無惨な姿を晒していた。

 先ほどのフェリオンの一撃で、機体バランスの要である右主翼を根元から切断され、右舷スラスターも完全に沈黙している。

 片翼を失った鳥のように、今は姿勢を維持するだけで精一杯だった。

 死を覚悟していた。

 アリアを守って散るなら本望だと、自分に言い聞かせていた。

 だが、あの黒い機体が暴れ回る姿を見た瞬間、消えかけていた心の炎が、再び燃え上がるのを感じた。


『おい、騎士サマ! いつまで寝てやがる!』


 通信機から、サクヤの怒鳴り声が飛んできた。


『お姫様を守るのがアンタの仕事だろうが! 片翼もがれたくらいでへこたれてんじゃねえぞ!』

「――ッ!」


 その言葉に、ヴィグナは弾かれたように顔を上げた。

 そうだ。まだ終わっていない。

 彼が――サクヤが、命がけで世界を一周して道を切り開こうとしているのに、私が膝を屈してどうする。


「……愚弄しないでいただきたい! オリエンスの騎士は、エンジンが止まるまで剣を離しません!」


 ヴィグナは残った左手でスロットルを押し込み、姿勢制御プログラムを強制的に書き換えた。

 失った右翼の揚力不足を、左舷バーニアの噴射角調整だけで強引にねじ伏せる。

 『緋蜂』が息を吹き返す。

 傷ついた翼で空気を掴み、サクヤの背後(シックス)をカバーするように急上昇した。


『へっ、そうこなくちゃな! ……行くぞ、ヴィグナ! 雑魚は俺が引き受ける。アンタは本丸への道を確保しろ!』

「了解です、サクヤ殿!」


 二機の戦闘機が交差する。

 黒と赤。

 泥臭いジャンク屋の機体と、王家の優美な騎士の機体。

 性能も出自も正反対の二機が、初めて戦場で翼を並べた瞬間だった。



   †



「……不快だ」


 その連携を、上空から冷ややかに見下ろす白い影があった。

 『風の妖精(シルフィード)』。

 流線型の美しいフォルムを持つその機体は、戦場にあって一つだけ汚れを知らない芸術品のようだった。

 フェリオンは、コンソールの汚れを拭うように、指先を動かした。


「野良犬同士がじゃれ合って……。私の空を、これ以上汚すな」


 純白のスラスターが輝く。

 フェリオンの機体は、音もなく急降下を開始した。

 その動きには、「ため」がない。

 筋肉の予備動作を読み取るかのように、思考だけで機体を操る『感応者』特有の反応速度。


「消えろ」


 『風の妖精』の右手に握られたロングレンジ・ライフルから、不可視のビームが放たれた。

 狙いはサクヤの『黒鳶』のコクピット。

 偏差、タイミング、全てが完璧な必殺の一撃。

 だが。


『――見えてんだよ、優等生ッ!』


 サクヤは直感だけで機体をバレルロールさせた。

 ビームが『黒鳶』の右翼端を掠め、装甲板を融解させる。

 焼ける匂い。警報音。

 だが、直撃ではない。


「……避けた? 私の射撃を?」


 フェリオンが眉をひそめる。

 予測演算では命中率100%だったはずだ。なぜ、この男は反応できる?

 それは理論ではない。

 崩れ落ちる瓦礫の山で、落ちてくる鉄骨の音を聞き分け、生き延びてきた野生の勘だ。


『挨拶代わりにしては熱烈じゃねえか。……今度はこっちの番だ!』


 サクヤは反転し、フェリオンに向かって突進した。

 真正面からのチキン・ラン(衝突コース)

 だが、フェリオンは冷静だ。


「無謀な。機体性能の差を教えてやろう」


 『風の妖精』は優雅に機体を傾け、サクヤの突進をひらりとかわす。

 そのまま最小半径で旋回し、サクヤの背後につく。

 美しい、舞踊のような空戦機動。

 サクヤは防戦一方に見えた。重い装甲がビームのカスリ傷で削がれ、火花が散る。


『くっ……! ちょこまかと……!』

「遅い。重い。脆い。……それが貴様の実力だ、スカベンジャー」


 フェリオンは冷笑と共に、トドメの一撃を放つべくロックオンした。

 勝利を確信した、その一瞬の隙。

 サクヤの口元が、ニヤリと歪んだ。


『――捕まえたぜ』


 ガキンッ!!

 金属音が響き渡る。

 『黒鳶』の左翼、『赤熱』ポッドから射出された鋼鉄のアンカーワイヤーが、空を裂いた。

 それはフェリオンが回避行動を取ろうとした先――『風の妖精』の美しい主翼に、深く噛みついた。


「なっ……!?」

「綺麗な空戦(ダンス)なんざ踊ってられるかよ! ……こちとら、()()()がお似合いなんだよ!」


 サクヤはスラスターを全開にし、逆方向へ機体を捻った。

 六トンの機体重量と、オーバードライブした推力が、ワイヤーを通じてフェリオンを引きずり回す。

 優雅に空を舞っていた『妖精』が、凧のようにコントロールを失い、きりもみ回転を始めた。


「貴様ッ! 離せッ! 機体が歪むッ!」

「離すかよ! ……もらったぁッ!!」


 サクヤは機体を強引に回転させ、遠心力を利用してフェリオンを振り回すと、そのまま近くを航行していた敵の巡洋艦へ向かって、ハンマー投げの要領で投げ飛ばした。


「うおおおおおッ!!」


 ワイヤーが強制解除される音と共に、白き妖精は砲弾となって飛んでいく。

 ズガァァァンッ!!

 フェリオンの機体が、味方の艦の装甲板に激突する。

 轟音と爆炎。

 無敵を誇っていた白い機体が、初めて煤と油にまみれ、無様に煙を上げた瞬間だった。


『――へっ。ざまあみやがれ』


 サクヤは荒い息を吐き、額の汗を拭った。

 手応えはあった。だが、フェリオンはまだ死んでいない。

 それに、オリエンス号の進路を塞ぐ『嵐の壁』と、敵艦隊の包囲網は依然として健在だ。


『ヴィグナ! アリア! 聞こえるか!』


 サクヤは回線を開いた。

 モニターの向こうで、涙を拭いながらアリアが頷く。


『はい! 聞こえています、サクヤさん!』

『敵の陣形は崩した。……これから、あの嵐をぶち抜いて「道」を作る』


 サクヤは視線を、西の空にそびえる巨大な積乱雲の壁に向けた。

 今の乱戦で敵は混乱している。だが、時間をかければ立て直される。

 その前に、オリエンス号をあの壁の向こうへ通さなければならない。


『俺が先頭で穴を開ける。……しっかりついて来いよ、お姫様!』

『はい……! 信じています!』


 サクヤは再びスロットルを握りしめた。

 エンジンが悲鳴を上げている。燃料計はすでに半分を切っている。

 だが、行ける。

 この翼はまだ、折れていない。

 『黒鳶』が加速する。

 その先にあるのは、嵐か、それとも新たな地獄か。

 物語は、最終局面へと加速していく

綺麗な空戦なんてクソ食らえ。

ワイヤーを引っ掛けてハンマー投げ。スカベンジャーらしい戦い方でした。

しかし、敵もただでは終わりません。

次回、フェリオンの駆る『風の妖精シルフィード』が、その真の姿……この世界における「異形」の本性を現します。

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