第30話 死線への飛翔
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ここから物語はクライマックスへ向けてノンストップで加速します。
サクヤが選んだ、オリエンス号へ追いつくための「狂気のルート」とは……?
中立浮遊都市『錆びた止まり木』、第五ブロック地下ハンガー。
赤錆びた鉄骨が肋骨のように覆う巨大な空間は、溶接の火花とオイルの焦げる匂い、そして整備士たちの怒号に満ちていた。
その中央、薄暗い作業灯に照らされながら、一機の鉄塊が静かに翼を休めている。
高機動戦闘機『黒鳶』。
全長六メートル。
かつての大戦で廃棄された無人機のフレームに、規格外の大型エンジンを無理やり搭載し、厚い装甲板で覆っただけの代物だ。航空力学的な洗練とは無縁の、無骨で凶悪なシルエット。
だが、その機体は今、まるで獲物を前にした猛獣のような静かな熱気を放っていた。
「……へっ。馬鹿みたいにデカいな」
サクヤは、愛機の左翼を見上げて口の端を吊り上げた。先日の戦闘で根元から千切れ飛んだ左のウェポン・ベイ。その修復箇所に新しく懸架されていたのは、機体のバランスを崩しかねないほど巨大な鉄の棺桶だった。
「どう? 気に入った?」
タラップの下から、レイファの声がかかる。彼女は煤けた整備士たちにテキパキと指示を飛ばしながら、誇らしげにその新装備を見上げた。
「『複合兵装ポッド:赤熱』よ。……裏ルートで仕入れた試作品。内部には三〇ミリカノンと、対艦用の強制捕縛アンカーを内蔵してる。先端の衝角を使えば、巡洋艦の装甲だってぶち抜けるわ」
「最高のデザインだ。空気抵抗なんて知ったこっちゃねえって顔してやがる」
サクヤは愛おしそうにその無骨な鉄塊を拳で叩いた。ゴン、と鈍く重い音が返ってくる。中身が詰まっている証拠だ。
彼はタラップを登り、人間一人がやっと収まるだけの極小のコクピットへと身体を滑り込ませた。シートの革の匂い。微かな機械油の香り。そして、身体を包み込む閉塞感。
ここが、サクヤにとっての世界の中心であり、唯一の自由な場所だ。
キャノピーが密閉される。
外界の喧騒が遮断され、代わりにジェネレーターの低い唸り声が鼓膜を震わせる。
メインコンソールに火が灯り、無数の計器が覚醒の光を放つ。
火器管制、オールグリーン。燃料ポンプ、圧力正常。強制冷却システム、スタンバイ。
「……サクヤ」
通信モニターに、管制室にいるレイファの顔が映し出された。
彼女はもう泣いていなかった。戦場へ男を送り出す女の、凛とした、それでいてどこか切なげな表情だ。
『ルートはどうするの? 西の空は『磁気嵐の壁』で完全に塞がれているわ。低空のデブリ帯を縫って進むにしても、今のオリエンス号にはもう……』
「ああ、分かってる。普通に行っても間に合わねえ。だから、西へは行かない」
サクヤは不敵に笑い、コンパスの方位設定を真逆に回した。
その表示を見た瞬間、レイファが素っ頓狂な声を上げた。
『はぁ!? 進路、東!? 馬鹿なの!? そっちは『夜』が来る方角よ! オリエンス号とは逆方向じゃない!』
「急がば回れ、だ。……この星を一周してくる」
『い、一周……!? 何を言って……』
「西の空は嵐で渋滞中だ。まともに飛べば壁にぶつかる。……だが、東の『夜』の中はガラ空きだ」
サクヤはスロットルレバーを握りしめた。
「マイナス一〇〇度の冷却材が使い放題の、直線のハイウェイだぜ。エンジンのリミッターを外して、理論上の最高速度を維持したまま、地球の裏側を回って敵の目の前に出てやる」
それは、常軌を逸した発想だった。
西へ逃げるために、あえて死の象徴である東の『夜』へ飛び込み、惑星を逆周りして、敵の前方、つまり西方へ回り込む。
通常空間では燃料と熱の問題で不可能な距離だが、無限の冷却が可能な『夜』の中ならば、エンジンが溶け落ちるギリギリの出力を維持し続けられる。
だが、それは機体が凍結し、パイロットが死ぬのと同義だ。
『……死ぬわよ。機体が持たない』
「持たせるさ。……惚れた女が待ってるんだ」
サクヤの軽口に、レイファは一瞬息を呑み、そして呆れたように笑った。
その瞳が、僅かに潤んでいるように見えた。
『……本当、最高の馬鹿ね。行ってきなさい! そして、必ず帰ってきなさい!』
「おうよ! ……『黒鳶』、発進!」
ズドォォォォォォッ!!
背部のメインスラスターが紅蓮の炎を噴き出した。
凄まじいGがサクヤの身体をシートに押し付ける。
機体はカタパルトから弾丸のように射出され、ルーストの短い滑走路を蹴った。
車輪が地を離れる。
だが、機首を向けたのは夕日が沈む希望の西ではない。
迫りくる漆黒の絶望――東の空だ。
「ビビってんじゃねえぞ、相棒。……世界旅行といこうぜ!」
『黒鳶』は可変翼を後退角最大まで折り畳み、矢のような形状に変形すると、躊躇なく『夜』の壁へと突っ込んだ。
――瞬間、世界が凍りついた。
視界から色彩が消滅した。
絶対零度の暴風。物理的な衝撃に近い冷気が、六メートルの機体をハンマーのように叩く。
ギギギギッ……!
装甲がきしみ、オイルが粘度を増して循環不全のアラートが絶叫する。
キャノピーの内側に、みるみるうちに氷の結晶が走り、視界を白く閉ざしていく。
「ぐぅぅッ……! 冷えやがる……ッ!」
骨の髄まで凍るような寒気。
だが、サクヤは歯を食いしばり、スロットルを限界まで押し込んだ。
「冷却弁、全開放! 心臓を燃やせェェェッ!!」
ボォォォォォォッ!!
極寒の大気をインテークから貪欲に取り込み、炉心が爆発的な熱量を生み出す。
通常なら融解してしまうほどのエネルギー。だが、周囲の死の冷気がそれを瞬時に中和し、純粋な推進力へと変換していく。
相反する熱と冷気が拮抗し、機体は青白い光の尾を引いて加速した。
音速を超え、マッハ3を超え、さらに加速する。
誰もいない、凍てついた死の世界を、一筋の彗星が駆け抜けていく。
目指すは地球の裏側。
夜明けの向こう側だ。
「西へ急ぐために、東へ飛ぶ」
惑星が丸いことを利用した、最大戦速の世界一周の始まりです。
次回、絶対零度の闇の中、サクヤは何を見るのか。
そして、この世界の動力源である「石」の設定も少し掘り下げます。
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