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【続編執筆中!】銀灰の掠夜彗星(ナイトグレイザー)~「夜」に追いつかれたら即死する世界で、深窓の姫君を拾いました~  作者: 吉良織彦
第1章:空の底の契約者

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第3話 硝子の花園

本日の更新分ラストです。

 白夜航路(グレイ・レーン)

 それは、惑星の極地付近に位置する高緯度空域の呼び名だ。膨大なエネルギーを消費して高速で飛び続けなければならない「赤道(グランド・アーク)」とは違い、この極地エリアは惑星の周回距離が極端に短い。

 つまり、太陽を追いかけるために必要な巡航速度が、圧倒的に遅くて済むのだ。燃費は安く、高性能なエンジンもいらない。老朽化したポンコツ船でも、ここでは「夜」から逃げ切ることができる。

 ゆえに、ここは「空の掃き溜め」となった。

 生存競争から脱落した者、壊れかけの船、そして行き場のない鉄屑たちが、重力に引かれるように集まってくる場所。

 その一角に、不格好な鉄の塊が浮いていた。

 中立浮遊港『錆びた止まり木(ルースト)』。

 正規の都市艦ではない。墜落した輸送船、廃棄された工場ブロック、あるいは砕けた小惑星。それらを太いワイヤーと星導石のアンカーで無理やり繋ぎ合わせ、雪だるま式に膨れ上がった、巨大なツギハギの街だ。

 シューッ……ガコン、ガコン……。

 街全体が、錆びついた心臓のように不整脈な鼓動を刻んでいる。あちこちの配管から白い蒸気が噴き出し、建物の隙間には違法な増築を繰り返したネオン看板が、毒々しい極彩色の光を明滅させていた。


 街の最下層、ジャンクショップ『鉄眼商会』の前。

 サクヤは愛機『黒鳶(ブラックカイト)』の給油口にノズルを突っ込みながら、深いため息をついた。


「……悪いな、相棒。今日も安い酒(スラッジ)だ」


 ドボドボと注がれる液体は、本来あるべき美しい群青色の「純血」ではない。黒ずんで、ツンと鼻をつく刺激臭がする「廃血」だ。古代軍用規格のエンジン『ヴァルカン・プライム』を積むこの機体にとって、これは毒を飲ませるようなものだ。


「ゲホッ……カハッ……」


 エンジンを回すと、排気ダクトから黒い煤が吐き出され、機体が苦しげに咳き込んだ。サクヤは痛ましげに装甲を撫でる。


「我慢してくれ。先週のメンテナンス代で、俺たちの財布は空っぽだ」


 サクヤは汚れた手でポケットを探るが、出てきたのは錆びたボルト一本だけ。フードを目深に被り直す。


「……稼ぎに行くか」


 街外れの廃棄区画『硝子の花園』。そこなら、運が良ければ換金できる星導石の欠片が落ちているかもしれない。みじめな「空拾い」の仕事だが、背に腹は代えられない。



 同時刻。街の入り口、第三甲板。


「……ひどい匂い」


 降り立ったアリアは、鼻をつく廃油と饐えた臭気に、思わず顔をしかめた。彼女は今、王族の豪奢なドレスを脱ぎ捨て、街の古着屋で買った厚手のコートを被っている。金色の髪も美貌も隠しての「お忍び」だ。サクヤには「ここで待ってろ」と言われたが、じっとしていられなかった。自分の船がどうなったのか、情報を集めなければならない。


 街は混沌としていた。路肩には物乞いが座り込み、虚ろな目で手を差し出してくる。酒場で殴り合いをする男たち。違法な改造パーツを売る露店。アリアにとって、それは見たこともない「世界」だった。オリエンス号の中にある、整えられた秩序とは真逆の、生々しい人間の営み。彼女は恐怖を感じつつも、そこから目を逸らすことができなかった。


「……?」


 ふと、人混みの流れが変わった。誰かに肩をぶつけられ、よろけた拍子に、アリアは路地裏の方へと押し流されてしまった。


「あ……」


 気がつけば、周囲の喧騒が遠のいていた。彼女は人けのない、街の最奥部へと迷い込んでいた。


 そこは、奇妙に静かで、美しい場所だった。山と積まれた廃棄物の丘。その表面を、青、紫、緑と、様々な色に発光する結晶が覆い尽くしている。廃棄された星導石の最終処分場。通称『硝子の花園』。薄暗いスラムの闇に咲く、皮肉な光の絨毯。


「綺麗……」


 アリアはその幻想的な光景に目を奪われた。ここなら。この静かな場所なら、少し落ち着いて考えられるかもしれない。そう思って一歩踏み出した、その時だった。


「よう、姉ちゃん。迷子か?」


 背後から、下卑た声がかかった。ビクリとして振り返ると、そこには三人の男たちが立っていた。顔中にピアスを開けた男、義手をぎらつかせる大男、そしてニヤニヤとナイフを弄ぶ小柄な男。この街のチンピラだ。


「……失礼します。連れとはぐれてしまって」


 アリアは努めて冷静に、足早に立ち去ろうとした。だが、大男がぬっと前に立ちはだかる。


「冷たいこと言うなよ。せっかくだ、俺たちが『案内』してやるぜ?」

「結構です」

「おいおい、よく見りゃ上等なコート着てんじゃねえか。中身もさぞかし上玉なんだろうなァ?」


 小柄な男が、アリアのフードへ手を伸ばしてきた。アリアは咄嗟にその手を払いのける。


「触らないで!」


 その拍子に、フードが滑り落ちた。薄暗い路地裏に、月光を溶かしたような金色の髪が溢れ出し、宝石のような碧眼が露わになる。


「……!」


 男たちの動きが止まった。それは、この掃き溜めには存在し得ない、圧倒的な「高貴」の輝きだった。


「へェ……こりゃ驚いた。とんでもないお宝を拾っちまったぞ」「この顔、どこかの貴族サマか?」「高く売れそうだなぁ!」


 男たちの目に、明確な欲望の色が宿る。金銭への欲、そして加虐への欲。アリアは後ずさったが、背後は廃棄物の山で行き止まりだ。


「来ないで……!」


 アリアは震える声で叫んだ。ヴィグナもいない。守ってくれる兵士もいない。ここでは、王女という肩書きなど何の意味も持たない。ただの「無力な獲物」でしかないのだ。


「へへっ、大人しくしな!」


 男たちが包囲を狭める。汚れた手が、アリアの細い肩に伸びる。

(誰か……!)

 彼女はギュッと目を閉じ、心の底から助けを求めた。あの、ぶっきらぼうだけど温かい手の持ち主を。


――ガツッ!


 鈍い音が響いた。アリアが目を開けると、先頭にいた男の顔面に、空の燃料缶がめり込んでいた。


「あ?」


 男が白目を剥いて倒れる。その向こう。廃棄物の山の上に、黒い影が座っていた。


「……おい。俺の庭で騒ぐなよ、三流ども」


 低く、不機嫌な声。そこにいたのは、ボロボロのコートを羽織った、一人の青年だった。

第3話までお読みいただき、本当にありがとうございます!

サクヤとアリアの旅は、まだ始まったばかりです。


【今後の更新予定について】

ストックがありますので、明日からは「1日2話」のペースでガンガン更新していきます!

物語はここからスラム街での戦闘、そして危険地帯「墓場」への旅立ちへと進んでいきます。


もし「続きが気になる!」「サクヤかっこいい!」「世界観が好き」と思っていただけましたら、

ブックマーク登録と、広告下の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!

(★1つからでも大歓迎です!)


それでは、また明日の更新でお会いしましょう。

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