第27話 泥と鉄の意地
性能差、戦力差、絶望的状況。 それでもスカベンジャーは諦めない。 「クズにはクズの戦い方がある」。 サクヤの意地が、無敵の翼に届く瞬間。
死の予感が、冷たい刃物のように喉元に突きつけられていた。廃ビルの屋上で無様に転がった『黒鳶』。その頭上には、純白の機体『風の妖精』が、神の使いのように静止していた。
『……さよならだ、スカベンジャー。君のその薄汚い機体諸共、塵に還るといい』
フェリオンの声は、どこまでも澄んでいた。彼にとって、これは殺し合いですらない。ただの清掃作業。感情を動かす価値もない事務処理だ。
キィィィン……!
『風の妖精』の背部に浮かぶ二つの『感応翼』が、青白い光を帯び始めた。高出力レーザーのチャージ。動けない『黒鳶』を貫くには十分すぎる熱量だ。
「……ハッ。クソ丁寧な別れの挨拶、どうも」
サクヤはコクピットの中で、血の混じった唾を吐き捨てた。警報音が鳴り止まない。左腕は全損。メインカメラはノイズだらけ。ジェネレーター出力は低下の一途。詰んでいる。誰がどう見ても、ここが墓場だ。
――だが。サクヤの目は死んでいなかった。彼は震える指先で、コンソールの端にある、埃を被った非常用スイッチに触れた。
「……悪いな、死神サン。俺は往生際が悪いんだよ」
カチリ。
そのスイッチが入った瞬間、『黒鳶』の足裏にある固定用アンカーが爆発的に射出された。 ただし、地面に向かってではない。 自分自身が乗っている、廃ビルの「床」に向かってだ。
ズガァァァンッ!!
床板が砕け散る。コンクリートの劣化が進んでいた廃ビルの天井は、至近距離でのアンカー射出に耐えきれず、瞬時に崩落した。
「なっ……!?」
フェリオンの冷静な声が、初めて揺らいだ。獲物が消えたからだ。『黒鳶』は自ら床をぶち抜き、ビルの内部――下の階層へと落下していった。
ズガン! ガガガガッ! 瓦礫と共に下のフロアへ着地するサクヤ。衝撃で舌を噛むが、構わず操縦桿を引く。
「下だ! 潜るぞッ!」
サクヤはさらに床をパイルバンカーで撃ち抜き、もう一つ下の階へ、さらにもう一つ下へと、垂直に逃走経路をこじ開けていく。屋上からの攻撃を避けるための、決死の「階層落とし」。
『……小賢しい真似を。ドブネズミらしく、穴に潜って震える気か』
上空のフェリオンは、すぐに状況を理解した。彼は『感応翼』をビルの中へ突入させることはしなかった。狭い屋内では自慢の機動力が殺されるからだ。
『ならば、巣ごと焼き払うまで』
『風の妖精』が高度を上げる。全兵装の照準を、廃ビルそのものへと合わせた。 ビルごと破壊して生き埋めにする。合理的かつ冷酷な判断。
「……来るか。そうこなくちゃな」
ビルの中層、薄暗い廊下で息を潜めていたサクヤは、センサーの警告音を聞いてニヤリと笑った。 狙い通りだ。 あの気取ったエリート様なら、汚れ仕事を嫌って外から攻撃してくるはずだ。
「リベット! 生きてるか!」
『旦那ァ! 生きてるけど死にそうだよ! 心臓に悪いからやめてくれ!』
「悪いがもう一回付き合え! 左腕の『圧砕鉄顎』、強制パージだ! 接続ボルトを焼き切れ!」
『はあ!? せっかくの新装備を捨てるのかい!?』
「重たいゴミを持ったままじゃ、踊れねえんだよ! 早くしろ!」
『ちくしょう、分かったよ!』
バシュゥッ! 爆砕ボルトが弾け、使い物にならなくなった巨大な左腕が、ゴロリと床に転がった。 機体が軽くなる。バランスが変わる。サクヤは右手のマニピュレーターで、近くにあった太い鉄骨――ビルの構造を支えるメインフレームを掴んだ。
外では、エネルギー充填を終えた『シルフィード』が、裁きの光を放とうとしていた。
『消えろ』
ズドォォォォォォンッ!!
四枚の翼から放たれた一斉射撃が、廃ビルの上層階を直撃した。コンクリートが蒸発し、鉄骨が飴細工のように溶解する。ビル全体が悲鳴を上げ、崩壊が始まった。数百トンの瓦礫が、雪崩のように崩れ落ちていく。
『……終わりか。呆気ない』
フェリオンは崩れゆくビルを見下ろし、興味を失ったように機首を巡らせようとした。 その時だ。
ズゴゴゴゴゴゴ……!!
崩落するビルの粉塵が、爆風に煽られて一気に舞い上がった。視界ゼロ。レーダーも熱源センサーも、高密度の粉塵によってホワイトアウトする。
『……チッ。目障りな』
フェリオンがわずかに眉をひそめた、その一瞬の隙。灰色の煙を切り裂いて、黒い影が飛び出した。
「――お待たせッ!!」
『黒鳶』だ。崩れるビルの側面を蹴り、その反動を利用して垂直に急上昇してきたのだ。左腕を失い、装甲はボロボロ。だが、その機体は驚くほど軽快だった。死重を捨て、極限まで軽量化したスカベンジャーの機動。
「なっ……!?」
センサーが無反応だったことに、フェリオンが驚愕する。サクヤは崩壊の爆音と熱源に紛れ、完全に気配を消していたのだ。
距離、三〇メートル。『風の妖精』の迎撃システムが作動するより早く、サクヤは突っ込んだ。
「汚してやるよ……その澄ましたツラをなァァァッ!!」
サクヤは右手に残った最後の武器――折れかけた鉄骨の破片を握りしめ、振りかぶった。洗練された剣術ではない。ただの殴打。泥と油にまみれた、下層民の拳骨だ。
『させるかッ!』
フェリオンが反応する。『感応翼』が迎撃に向かう。だが、間に合わない。『風の妖精』が咄嗟にプラズマ・ブレードを展開し、防御姿勢を取る。
ガギィィィィィィンッ!!
金属同士が激突する、耳障りな高音が響いた。サクヤの鉄骨は、プラズマの刃によって両断された。 だが、その衝撃は殺しきれなかった。
切断された鉄骨の先端が、回転しながら『風の妖精』の顔面――メインカメラのカバーガラスに直撃したのだ。強化ガラスに亀裂が走り、純白の装甲にどす黒いオイルの染みがへばりついた。
「ぐっ……!」
コクピットが激しく揺れ、フェリオンの整った顔が歪む。ダメージは軽微だ。装甲にヒビが入った程度。だが、それは彼にとって「致命傷」以上の屈辱だった。無敵の『風の妖精』が。 神聖なる白き翼が。薄汚いドブネズミの一撃によって、傷つけられ、汚されたのだ。
「――へっ。いいザマだ」
サクヤは反動を利用してバックステップを踏み、煙の中へと着地した。肩で息をしながら、上空の白い機体を見上げる。顔面にへばりついた黒い染み。それは、このルーストが彼に叩きつけた「意地」の証だった。
「どうした、エリート様。……掃除、終わってねえぞ?」
サクヤが挑発する。だが、もう戦う力は残っていない。今の鉄骨投げが、文字通り最後の一手だった。
『……貴様……ッ!』
フェリオンの声から、初めて余裕が消えた。殺意。明確な怒りが、通信越しに伝わってくる。『風の妖精』がバインダーを全展開し、最大出力のエネルギーを充填し始める。本気だ。街ごとサクヤを消し飛ばす気だ。
その時。 ピーーッ! 敵の全回線に、撤退信号(シグナル)が割り込んだ。
『フェリオン隊長! 作戦中止です! オリエンス号のエンジンが再起動しました! バリアが展開されます!』
部下からの悲鳴のような報告。それと同時に、街の向こう――オリエンス号が停泊しているドックから、青い光の柱が天を衝いた。都市艦の心臓部、『星導炉』の再起動。都市艦全体を覆う強力なエネルギーシールドが、ルーストまでをも包み込もうとしていた。
『……チッ』
フェリオンは舌打ちをし、充填していたエネルギーを霧散させた。シールドが展開されれば、外部からの攻撃は無効化される。これ以上の戦闘は無意味だ。
『……命拾いしたな、ドブネズミ』
フェリオンは、油汚れのついたメインカメラ越しにサクヤを睨みつけた。
『だが、忘れるな。その汚れは、いずれ僕が必ず拭い去る。……貴様の命を使ってな』
「おう、待ってるぜ。次はもっと派手に汚してやるよ」
サクヤが言い返すのと同時に、『風の妖精』は身を翻した。キィィィン……! 白い機体は音速の壁を突破し、瞬く間に雲の彼方へと消え去っていった。残されたのは、半壊した廃ビルと、ボロボロになった黒い機体だけ。
「……ははっ。言っちまったよ」
サクヤはシートに深く沈み込み、大きく息を吐いた。全身から力が抜ける。勝ってはいない。どう見ても負け戦だ。だが、生き残った。そして、あの無敵の死神に、確かな「傷跡」を刻み込んでやった。
「……サクヤ!」
瓦礫の山を越えて、レイファの声が聞こえた。モニターを見ると、紫のドレスを煤だらけにした彼女が、裸足になるのも構わずに走ってくる姿が映っていた。
「……ったく。心配性な『奥方』だこと」
サクヤは苦笑し、ハッチのロックを解除した。外の空気は、硝煙と粉塵で酷くむせ返るような味がした。だが、それは確かに「生きている」味だった。
泥と鉄の味がする、サクヤたちの勝利の味だった。
お読みいただきありがとうございます!
一矢報いました! 勝つことはできなくても、タダでは負けない。 廃ビルの崩落を利用した目くらまし、装備パージによる軽量化、そして鉄骨での殴打。 サクヤの持つ手札を全て使い切って、あの綺麗な『シルフィード』の顔面に泥をつけてやりました。 スカッとする、というよりは「泥臭く生き残った」という結末ですが、これぞ本作の主人公らしい戦い方だったと思います。
オリエンス号の再起動により、敵は撤退。 ルースト防衛戦は、ギリギリのところで幕を下ろしました。 次回はエピローグ的な日常回……と思いきや、物語は大きく動き出します。 修理を終えたオリエンス号。 そして、サクヤとアリアの別れ(?)の時が迫ります。
次回、第28話「旅立ちの汽笛」。 ルースト編、完結。 そして新たな空への旅立ちにご期待ください。
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それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




