第26話 舞い降りる死神
調子づくサクヤの前に現れたのは、戦場の理を無視する「異物」でした。 純白の機体、音のない飛翔。 そして、意思を持つ砲台。 本当の絶望が、空から舞い降ります。
ルースト上空、高度三〇〇メートル。 そこは鉄と油の匂いが充満する、喧騒のるつぼだった。
グシャァァァッ!!
不快な金属音が響き渡る。サクヤの愛機『黒鳶』の左腕――『圧砕鉄顎』が、敵の傭兵機を頭から腰までねじ切った音だ。産業用重機の圧倒的なトルク。装甲を貫くのではなく、「構造ごと押し潰す」という野蛮な暴力。
「――次ッ!」
サクヤは残骸を放り捨て、スラスターを噴かした。全身の神経が研ぎ澄まされている。街のあちこちから上がる爆炎、対空砲火の光、無線の怒号。それら全てが、サクヤの闘争本能を薪のように焚きつけていた。
『サクヤ! 三時の方向、ドローン編隊!』
レイファの声が飛ぶ。サクヤは視線を巡らせることなく、反射的に機体を横滑りさせた。
「見えてるよ!」
すれ違いざま、右手のシールドで先頭機を殴り飛ばし、その勢いで回転。遠心力を乗せた左腕の『鉄顎』で、後続の二機をまとめて薙ぎ払う。バキバキと砕ける強化プラスチックの感触。
「……へっ、いいなこれ。性格に合ってる」
サクヤは獰猛に笑った。パイルバンカーのような一撃必殺の美学はない。だが、この無骨な鉄の塊には、どんな相手でも強引にねじ伏せる「力」がある。戦況は好転していた。サクヤという遊撃手が暴れ回ることで敵の連携が崩れ、地上の防衛隊も息を吹き返している。
『旦那、その調子だ! 敵の増援が止まったぞ!』
『サクヤ、深追いはするなよ。……なんか妙だ。撤退が早すぎる』
リベットの歓声と、ジンの冷静な警告が同時に届く。サクヤも違和感を覚えていた。敵は精鋭部隊のはずだ。こんなにあっさり崩れるものだろうか? まるで、舞台の上から脇役たちが退場させられているような――。
その時だった。
―――唐突に、音が消えた。いや、実際に音が消えたわけではない。爆発音もサイレンも鳴り響いている。だが、サクヤの感覚の中だけで、世界が真空になったかのように静まり返ったのだ。肌が粟立つような悪寒。背筋を氷の指でなぞられたような、生理的な恐怖。
「……なんだ?」
サクヤは動きを止め、上空を見上げた。レーダーには何の反応もない。熱源反応も、敵影も映っていない。だが、そこには確実に「ナニカ」がいた。
厚い雲の切れ間から、一筋の光が差し込む。その光の中から、ソレは現れた。音もなく。優雅に。戦場の煤や汚れなど一切寄せ付けない、純白の翼を持つ機体が。
「……綺麗な機体だなおい。天使のお出迎えか?」
サクヤは軽口を叩いたが、操縦桿を握る手には脂汗が滲んでいた。本能が告げている。あれは、今までの有象無象とは違う。次元の違う「死」そのものだと。
純白の流線型ボディ。背中には、天使の羽を模した四枚の可動式スラスター・バインダー。泥と錆にまみれたこの『ルースト』には似つかわしくない、あまりにも清潔で、神々しい姿。
最新鋭可変機動兵器『風の妖精』。そのコクピットで、フェリオンは退屈そうに碧眼を細めた。
「……汚い。空気が淀んでいる」
彼はコンソールに触れることなく、脳波コントロールだけで機体を制御していた。彼は『感応者』と呼ばれる特殊能力者の中でも、頂点に立つ存在だ。機体と神経を直結させ、手足のように……いや、思考そのものとして操ることができる。
「掃除の時間だ。……まずは、あの目障りな黒いハエからか」
フェリオンが思考する。それだけで、『風の妖精』は重力を無視したような挙動で落下を開始した。
†
「……来るぞッ!!」
サクヤの警告と同時に、白い閃光が走った。
ズガァァァァァンッ!!
サクヤが咄嗟にシールドを掲げた瞬間、凄まじい衝撃が『黒鳶』を襲った。ビームでも実弾でもない。超高速の体当たりだ。音速を超えた質量弾が、真正面からぶつかってきたのだ。
「ぐぅぅッ……! 速え……ッ!」
サクヤは歯を食いしばり、姿勢制御スラスターを全開にして踏ん張る。ミシミシとフレームが悲鳴を上げる。だが、敵は衝突の反動を利用し、軽やかにバック宙を決めて距離を取っていた。物理法則を無視したような、優雅な舞。
『ほう。今のを反応するか。……ドブネズミにしては勘がいい』
通信回線が強制的に開かれる。ノイズ一つないクリアな音声。男の声だ。冷たく、澄んだ声。
「……褒め言葉として受け取っとくぜ。随分と高そうな機体に乗ってるじゃねえか、お坊ちゃん」
サクヤは冷や汗を拭いながら、距離を測った。速い。これまでのドローンや傭兵機とは次元が違う。目で追うのがやっとだ。それに、あの動き。ブースターの噴射炎が見えない。どうやって動いている?
『口の減らない男だ。……僕はフェリオン。この世界の淀みを浄化する者だ』
「浄化だと? 人の庭に土足で踏み込んで、街を焼き払うのが浄化かよ!」
『ゴミは焼却炉へ。当然の理屈だろう?』
フェリオンの声には、微塵の悪意もなかった。あるのは、害虫を駆除する作業員のような、淡々とした義務感だけ。それが、サクヤの神経を逆撫でする。こいつにとって、ルーストで生きる人々は人間ですらないのだ。
「……気に入らねえな。その澄ましたツラ、歪めてやるよ!」
サクヤはペダルを踏み込んだ。『黒鳶』が咆哮を上げ、突撃する。相手が速かろうが関係ない。捕まえて、潰す。それだけだ。
「捕まれッ! 鉄顎ォッ!」
巨大な『圧砕鉄顎』が唸りを上げ、白い機体へと迫る。タイミングは完璧だった。回避先を予測した一撃。
だが。
「……遅い」
フェリオンが短く呟く。『風の妖精』は、予備動作なしに、ふわりと真横へスライドした。 慣性の法則を無視した、幽霊のような機動。サクヤの渾身の一撃は空を切り、その風圧さえも白い装甲に触れることはなかった。
「……速いんじゃねえ。気持ち悪ぃんだよ、その動き……!」
サクヤは歯噛みし、フットペダルを蹴り飛ばしてバーニアを吹かす。泥臭い推力で喰らいつく黒い鳥と、重力を支配して舞う白い妖精。次元の違うドッグファイトが幕を開けた。
「なっ!?」
空振ったサクヤの機体が泳ぐ。 その隙を、死神は見逃さない。
「舞え――『感応翼』」
『風の妖精』の背部バインダーから、二つの白い端末が射出された。それらは生き物のように宙を舞い、サクヤの死角へと回り込む。無線誘導兵器。脳波でコントロールされる自律砲台だ。
ヒュン、ヒュンッ!
背後からのレーザー照射。
「ぐわぁぁぁぁッ!!」
『黒鳶』の背部装甲が弾け飛ぶ。回避不能。警告アラートが鳴った時には、もう被弾している。
「くそっ、なんだありゃあ! 勝手に動いてやがる!」
サクヤは急旋回し、端末を落とそうとバルカンをばら撒くだ。が、小さな端末は不規則な軌道を描き、弾丸をすり抜けていく。その隙に、本体である『風の妖精』が正面から迫る。
「終わりだ」
ズバァァァッ!!
純白の翼が展開され、プラズマ・ブレードと化す。 サクヤは咄嗟に左腕の『圧砕鉄顎』を盾にした。
ガギィィィン!!
重厚な鉄の塊が、バターのように切り裂かれる。火花と共に、アームの先端が宙を舞った。
「うおぉぉぉッ!?」
衝撃で『黒鳶』が弾き飛ばされる。サクヤは廃ビルの屋上に叩きつけられ、そのまま無様に転がった。システム・エラーの赤い文字が視界を埋め尽くす。左腕破損。メインカメラ損傷。動力伝達系統、低下。
完敗だ。手も足も出ない。スカベンジャーとしての経験も、読みも、小細工も。圧倒的な性能差と、異質な能力の前では何の意味もなさなかった。
『サクヤ! 応答しろ! サクヤ!』
レイファの悲痛な叫びがノイズ混じりに聞こえる。サクヤは霞む視界で上空を見上げた。 そこには、汚れ一つない『風の妖精』が、神のように見下ろしていた。
『……脆いな。所詮は鉄屑か』
フェリオンは失望したように首を振った。彼はサクヤにトドメを刺すべく、ゆっくりと降下してくる。 展開された『感応翼』の銃口が、冷徹に『黒鳶』のコクピットを狙っていた。
「ハァ……ハァ……。クソが……」
サクヤは操縦桿を握りしめた。動け。動いてくれ。 だが、機体は痙攣するように震えるだけだ。
死ぬのか? こんな、何もできずに?
「……ふざけんなよ」
サクヤの瞳の奥で、消えかけた火が再び揺らめいた。恐怖よりも先に湧き上がったのは、理不尽な暴力への怒りと、敗北への屈辱。彼は血の味がする口の中で、ギリリと奥歯を噛み締めた。
■ あとがき お読みいただきありがとうございます!
圧倒的敗北。 これまでの敵とは次元が違います。 サクヤが得意とする「泥臭い近接戦闘」が、フェリオンの「超高速機動&オールレンジ攻撃」の前には全く通用しません。 新装備『圧砕鉄顎』も、当たらなければただの重り。 しかも、いとも簡単に切り裂かれてしまいました。
「汚い」「ゴミ」と吐き捨てるフェリオンの傲慢さ。 そして、手も足も出ずに転がされるサクヤの屈辱。 この悔しさが、次回の反撃へのエネルギーになります。
トドメを刺されそうになる絶体絶命のピンチ。 果たしてサクヤに生き残る術はあるのか?
次回、第27話「泥と鉄の意地」。 追い詰められた野良犬が、綺麗な死神の顔に一発食らわせます。 スカベンジャーの「知恵」と「地形利用」にご期待ください!
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それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




