第24話 忍び寄る赤
穏やかな時間は、銃声と共に終わりを告げました。
スラムの路地裏で交錯する殺意。
そして、空を埋め尽くす「赤」の侵略者たち。
錆びついた鉄扉の向こうから、重苦しい殺気が滲み出してくる。
地下ハンガーの空気は、一瞬にして穏やかなティータイムから戦場へと切り替わった。
「……アリア、ヴィグナ。お前らは絶対に俺のそばを離れるな」
サクヤは壁に掛けてあったホルスターを腰に巻き、大型の自動拳銃をチェックした。スライドを引く金属音が、凍りついた空気に響く。
本来なら『双嘴』を振るいたいところだが、あれは対・重機動兵器用の装備だ。狭い市街地での対人戦闘には向かない。ここは原始的な鉛の弾丸が物を言う。
「承知しました。……ですがサクヤ殿、貴殿は負傷しているはず。無理は……」
「俺が倒れたら、お前がアリアを守って逃げろ。……今はそれだけ考えろ」
サクヤは短く告げ、ハンガーの入り口へ向かった。
その隣に、深紫のドレスを翻し、レイファが並ぶ。
彼女の手には、優美な装飾が施された大口径のリボルバーが握られていた。グリップには象牙が使われている特注品だ。
「私の店で暴れようなんて、いい度胸ね。……掃除の時間よ」
「派手に撃ちすぎるなよ、レイファ。壁に穴が開く」
「あら、リフォームのいい機会じゃない?」
軽口を叩き合う二人。だが、その瞳は笑っていない。獲物を狩る捕食者の目だ。
「行くぞ。……ジン、外の状況は?」
『最悪だぜ。路地裏はもう包囲されてる。数は一〇……いや、増えた。一五だ』
イヤーモニターから、ジンの緊迫した声が届く。
サクヤは舌打ちをし、鉄扉のロックを解除した。
ガゴンッ……!
扉が開いた瞬間、乾いた発砲音が轟いた。
ヒュンッ!
サクヤの頬を掠め、背後のドラム缶が火花を散らす。
「挨拶なしかよッ!」
サクヤは即座に応射した。タンッ、タンッ! 正確な二連射。
通路の陰に潜んでいた男が、肩を押さえて崩れ落ちる。
だが、それはただのチンピラではなかった。崩れ落ちながらも、男は無言で通信機に何かを囁き、即座に予備の武器へと手を伸ばしたのだ。
「……動きが違う。プロだ」
サクヤはヴィグナたちを庇いながら、コンクリートの柱の陰へと滑り込む。
襲撃者たちの装備は、ルーストの住民が使うような粗悪品ではない。統一された黒いタクティカル・スーツに、消音器付きのアサルトライフル。そして何より、その連携には一切の無駄がない。
「目標確認。……金髪の女を確保。抵抗するなら四肢を切断しても構わん」
「了解」
無機質な無線音声が漏れ聞こえる。
彼らの狙いは明確だ。アリア・セレス・オリエンス。この国の正統なる後継者。
「くっ……! やはり狙いはアリア様か!」
ヴィグナが隠し持っていた短剣を構える。だが、彼女はドレス姿のアリアを庇いながらでは、思うように動けない。
敵の包囲網が狭まる。十字砲火がサクヤたちを柱の裏に釘付けにする。
「チッ、数が多いな……!」
サクヤがリロードしようとした、その時。
ズドンッ!!
頭上の吹き抜けから、腹に響くような轟音が響いた。
直後、敵の一人の頭部が弾け飛ぶ。
「――お待たせ。風向きの計算に手間取ってな」
ジンの声だ。
遥か上空、廃ビルの屋上からの超長距離狙撃。
敵の部隊が一瞬動揺する。
その隙を、女帝は見逃さない。
「隙だらけよ、坊やたち!」
レイファが柱の陰から飛び出し、踊るように引き金を引いた。
ズガンッ! ズガンッ!
マグナム弾の破壊力は凄まじい。強化繊維のボディアーマーごと敵の胸板を粉砕し、後方の壁まで吹き飛ばす。
彼女の射撃は、ただの攻撃ではない。敵の恐怖心を煽る「演出」だ。
「ひ、怯むな! たかがジャンク屋風情が!」
「ジャンク屋? 言葉を慎みなさい。……私はこの街の『法律』よ」
レイファは冷酷に微笑み、次弾を装填する。
その圧倒的な制圧力に、敵の足が止まる。
今だ。
「走れッ! リベット、アリアを連れて裏口へ!」
「分かってるよ! こっちだ姫様!」
「ヴィグナ、殿は任せる! 死ぬなよ!」
「愚問です! サクヤ殿こそ!」
一行は二手に分かれた。
アリアとリベットを先に逃し、サクヤ、レイファ、ヴィグナがその場に踏み留まる。
狭い通路での乱戦。
ヴィグナの短剣が閃き、懐に入り込んだ敵の腕を斬り飛ばす。サクヤは落ちていた敵のライフルを拾い上げ、フルオートで牽制射撃をばら撒く。
「はぁ……はぁ……。しつけぇな、ゴキブリ共が!」
サクヤは荒い息を吐いた。
怪我の影響か、視界が少し霞む。左腕の感覚も鈍い。
だが、不思議と体は軽かった。
背中にはレイファがいる。上にはジンがいる。そして横には、頼れる騎士がいる。
孤独な戦いではない。背中を預けられる仲間がいるという事実が、サクヤの反応速度を極限まで高めていた。
「サクヤ! 右!」
「分かってる!」
レイファの警告より早く、サクヤは右へ体を倒した。そこを銃弾が通過する。
彼はそのまま一回転し、カウンターの一撃を敵の喉元へ叩き込んだ。
数分の交戦の末。
最後の一人がヴィグナの蹴りで壁に叩きつけられ、沈黙した。
「……ふぅ。片付いたか?」
サクヤが銃を下ろし、汗を拭う。
ハンガー前の通路には、一〇人以上の黒服が転がっていた。
「見事な腕前ですね。……サクヤ殿も、レイファ殿も」
ヴィグナが息を整えながら、敬意を込めて言った。
レイファは髪をかき上げ、ツンとすました顔で答える。
「あら、お褒めに預かり光栄ね。騎士団長様に認められるなんて」
「嫌味ですか?」
「まさか。本心よ」
二人の間に、戦友のような奇妙な連帯感が生まれていた。
だが、サクヤの表情は晴れない。
彼は倒れている敵の一人の胸ぐらを掴み、その襟元を引き裂いた。
そこに刻まれていたのは、太陽を模した赤い紋章――『赤道』の正規軍章だった。
「……やっぱりだ。こいつら、ただの暗殺部隊じゃねえ」
「どういうこと?」
「装備が良すぎる。それに、この紋章……『太陽圏・第七特務師団』だ。要人の誘拐や、破壊工作を専門にする連中だ」
サクヤの声が低くなる。
彼らが動いているということは、これは単なる小競り合いでは済まない。
その予感を裏付けるように、頭上の空気が震えた。
ウゥゥゥゥゥ――ッ!!
不気味なサイレンの音が、ルースト全体に鳴り響いたのだ。
『ッ! サクヤ! 上だ!』
ジンの切迫した叫び。
サクヤたちが顔を上げると、ハンガーの吹き抜けから見える灰色の空が、無数の「赤い光」で埋め尽くされていた。
それは星ではない。
降下してくる数百の無人攻撃機と、それを指揮する数機の重機動兵器のブースター光だった。
「な……なんだ、あれは……!」
ヴィグナが絶句する。
中立都市への武力侵攻。条約違反などというレベルではない。これは「戦争」だ。
「……本気かよ。たかが一隻の船と、一人の王女を消すために、ここまでやるか」
サクヤが呻く。
敵の目的は、アリアの確保だけではない。
『オリエンス号』という存在そのもの、そしてそれに関わる全ての人間――この『ルースト』ごと抹消するつもりなのだ。
「……許さない」
低く、冷たい声が響いた。
レイファだ。
彼女は空を見上げ、その美しい顔を怒りで歪ませていた。
彼女にとって、この街は庭であり、家族であり、自分の体の一部だ。それを土足で踏み荒らそうとする行為は、彼女の逆鱗に触れる最大の禁忌。
「私の街で……私のシマで、好き勝手やってくれるじゃない……!」
彼女は通信機を取り出し、全チャンネルに向けて叫んだ。
「総員、戦闘用意! 店子ども! 家賃分働きなさい! 銃だろうが鉄パイプだろうが、持てるものは全部持ってきなさい! 私たちの街を焼こうとする馬鹿どもに、ルースト流の『おもてなし』をしてやるのよ!!」
その号令に呼応するように、街のあちこちから怒号と銃声が上がり始めた。
スラムのクズたち、無法者、傭兵。
普段はいがみ合っている彼らが、「共通の敵」を前に一つになる。
「……やるしかねえな」
サクヤは振り返り、ハンガーの奥を見た。
そこには、応急処置を終えたばかりの『黒鳶』が、主の帰還を待っていた。
「ヴィグナ! お前はアリアを連れて、最短ルートでオリエンス号へ戻れ! あそこが一番安全だ!」
「ですが! 貴殿はどうするのです!」
「俺は空へ出る。……このままじゃ、街ごと蒸し焼きだ」
サクヤはニヤリと笑い、ヴィグナの肩を叩いた。
「安心しろ。……ここは俺たちの庭だ。上等な軍隊様が相手でも、そう簡単には負けねえよ」
サクヤは駆け出した。
目指すは愛機のコクピット。
地上での小競り合いは終わりだ。ここからは、鉄と炎が支配する、空の戦いが始まる。
お読みいただきありがとうございます!
ついに戦闘開始です。
今回は「生身での銃撃戦」。
サクヤ、レイファ、ジン、そしてヴィグナ。
それぞれのプロフェッショナルが、それぞれの武器で敵を排除するシーンは書いていて熱くなります。
特にレイファ様、マグナムぶっ放す姿が似合いすぎます。さすが女帝。
しかし、敵も本気です。
暗殺部隊の失敗を補うように投入されたのは、空を覆うほどの大部隊。
中立都市への無差別攻撃という暴挙に対し、サクヤたちの怒りが爆発します。
次回、第25話「開戦の狼煙」。
ルースト防衛戦、開幕!
街の住人総出の抵抗、そして蘇った『黒鳶』が空を舞います。
レイファが用意した「新装備」のお披露目もお楽しみに!
【読者の皆様へ】
「レイファ様かっこいい!」「ここから戦争だ!」とテンションが上がりましたら、
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それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




