第23話 女帝と王女
地下ハンガーで鉢合わせた、二人の女性。
スラムの女帝と、高貴なる王女。サクヤを巡る「所有権争い」の結末は……?
時が止まったような沈黙が、地下ハンガーを支配していた。
オイルの匂いが染み付いた空気の中で、三人の視線が交錯する。
上半身裸で、気まずそうに視線を泳がせるサクヤ。
その胸板に手を置き、妖艶な笑みを浮かべる紫ドレスの美女、レイファ。
そして、通路の入り口で呆然と立ち尽くす、作業着姿のアリアとヴィグナ。
最初に動いたのは、やはり直情型の騎士だった。
「――ハ、ハレンチなッ!!」
ヴィグナの怒声が、静寂を切り裂いた。彼女は顔を真っ赤に茹で上がらせ、大股で踏み込んでくる。
「サクヤ殿! これは一体どういうことですか! 神聖な機体の整備中に、なんとふしだらな……! そこの貴様も離れろ! へばりつくな!」
「……あら?」
レイファはゆっくりと顔を上げた。
怒鳴り込んできた不法侵入者に対し、驚く様子もない。むしろ、迷い込んできた子猫を見るような、気だるげで余裕のある瞳だ。
「誰かと思えば。……さっきサクヤから匂っていた『安っぽい女』は、あなたたちのこと?」
「なっ……! あ、安っぽいだと!? 無礼な! 私はオリエンス騎士団長、ヴィグナ・マインスターだぞ!」
「騎士団長? ふーん。……で、そっちの小動物みたいに震えてるのが、噂の王女様?」
レイファの視線が、後ろに控えるアリアへと向けられた。
値踏みするような、冷徹なバイヤーの目。
アリアは思わず身を縮めた。レイファが放つ大人の色気と、この場を支配する「女帝」としての威圧感に、喉が引きつる。
「サクヤ。……趣味が変わったの? ずいぶんと未熟な果実を拾ってきたものね」
レイファはクスクスと笑い、わざとらしくサクヤの首筋に腕を回した。
白い肌と、鍛え上げられた筋肉の対比。その親密さは、二人が長い時間を共有してきたことを無言で物語っていた。
「おい、レイファ。挑発するな」
サクヤが溜息をつき、レイファの腕を解こうとする。だが、彼女は離れない。むしろ、より強く体を押し付ける。
「あら、事実でしょ? こんな汚い場所にノコノコやってきて……。お嬢様たちの社会科見学なら、動物園にでも行けばいいのに」
「貴様……ッ! アリア様への侮辱は許さん!」
ヴィグナが腰の短剣に手をかけた、その時だった。
「――待ってください、ヴィグナ」
凛とした声が響いた。
アリアが一歩、前へ出たのだ。
フードを脱ぎ捨てる。薄暗いハンガーの中に、月光を溶かしたような金色の髪が溢れ出した。
「……ほう」
レイファが目を細める。
アリアは震える足をドレスの裾で隠し、レイファを真っ直ぐに見据えた。
「初めまして。アリア・セレス・オリエンスと申します。……サクヤさんには、多大なる恩義と、契約の絆があります」
「契約? ああ、あのボロ船の修理のこと?」
「いいえ。それだけではありません。彼は私の……いえ、私たちの『希望』です。その彼が帰る場所を、この目で見ておきたかったのです」
アリアの声には、不思議な響きがあった。
恐怖を押し殺し、それでも譲れない一線を守ろうとする王族の矜持。
レイファは少しだけ興味深そうに眉を上げた。
「……ふうん。ただの温室育ちかと思ったけど、意外と肝は据わってるみたいね」
レイファはサクヤから体を離し、優雅な動作でパイプ椅子に腰掛けた。
長い脚を組み、扇子で口元を隠す。その姿は、玉座に座る女王のようだ。
「いいわ。自己紹介してあげる。私はレイファ。この『錆びた止まり木』第五ブロックの管理者にして、しがないジャンク屋よ」
そして、扇子をパチンと閉じた。
「そして――サクヤの『第一婦人』よ」
「だ、だいいち……!?」
アリアとヴィグナの声が重なった。
「な、何を言っているのですか! サクヤ殿は独身のはず……!」
「戸籍上の話じゃないわ。魂の話よ。彼が一番ボロボロだった時に拾って、育てて、ここまでいい男にしたのは私。……つまり、所有権は私にあるの」
レイファは妖艶に微笑み、サクヤの方へ流し目を送った。
「ねえ、あなた? 外で若い娘と遊ぶのは男の甲斐性として許してあげるわ。でも、勘違いしないでね?」
彼女はアリアを指差した。
「その子はただの『お客様』。……最後に帰ってくる場所は、私よ。その席だけは、どんな王女様相手でも譲らないわ」
圧倒的なマウント。
「本妻」としての余裕。
アリアは唇を噛んだ。言い返したい。けれど、言葉が出てこない。
ここにあるサクヤの姿――リラックスし、レイファに背中を預けている姿は、オリエンス号で見せたどの表情よりも自然だったからだ。
二人の間には、アリアが知らない「時間」と「信頼」がある。その事実が、胸をチクリと刺した。
「……サクヤさん」
アリアが縋るような目を向ける。
サクヤは天を仰ぎ、盛大に頭を掻いた。
「……あのな。勝手に設定を作るな、レイファ。俺は誰のものでもねえよ」
「あら、照れ隠し?」
「うるせえ。……おい、アリア。こんな所まで来て何してんだ。ここは遊び場じゃねえぞ」
サクヤの声はぶっきらぼうだったが、そこにはアリアを案じる響きがあった。
アリアは少しだけ救われた気持ちになり、顔を上げた。
「……心配だったのです。あなたが傷ついているのではないかと」
「過保護だな。見ての通りだ。ピンピンしてるよ」
サクヤは包帯だらけの腕を軽く回してみせた。
その時、ハンガーの隅で様子を伺っていたリベットが、空気を変えるように声を上げた。
「ま、まあまあ! せっかく来たんだし、お茶でもどうだい? ここらじゃ手に入らない、アタシ特製の『泥水コーヒー』だけどね!」
「……そうね。客人を立ったまま待たせるのも無粋か」
レイファが指を鳴らす。
それを合図に、ハンガーの空気が少しだけ緩んだ。
†
数分後。
古タイヤやドラム缶をテーブル代わりにした、奇妙なティータイムが始まった。
出されたのは、リベットが淹れたインスタントコーヒーと、レイファが出してきた油紙に包まれた乾パン。
「……これが、サクヤさんが普段召し上がっているものですか?」
アリアは欠けたマグカップを両手で包み、恐る恐る黒い液体を口にした。
苦い。そして、焦げ臭い。
王宮で飲む香り高い紅茶とは別物だ。
「口に合わない? ま、お姫様には毒かもね」
レイファが意地悪く笑う。だが、アリアは首を横に振り、もう一口飲んだ。
「いいえ。……温かいです」
「……へえ」
「この苦味が、彼が戦っている世界の味なのですね。……悪くありません」
アリアは微笑んだ。無理をしているわけではない。サクヤを構成する要素の一つを、自分も共有できたことが嬉しかったのだ。
レイファは少しだけ驚いたように目を見開き、ふんと鼻を鳴らした。
「……変わったお姫様ね。泥水を有り難がるなんて」
「サクヤ殿もです! こんな栄養のないものばかり食べているから、性格がひねくれるのです! 今度、王宮のシェフに特製弁当を作らせますからね!」
ヴィグナが乾パンをかじりながら憤慨する。
その様子を見て、サクヤが苦笑し、リベットが爆笑する。
スラムの地下、薄暗いハンガー。
本来なら交わるはずのない、女帝、王女、騎士、整備士、そしてスカベンジャー。
奇妙で、騒がしく、そして少しだけ温かい時間が流れていた。
だが。
そんな穏やかな時間は、唐突に破られた。
バタンッ!!
ハンガーの鉄扉が乱暴に開かれた。
飛び込んできたのは、息を切らせたジンだ。いつもの気だるげな表情は消え、その目は鋭く尖っている。
「おい、サクヤ! レイファ姉さん! ヤバいぞ!」
「……騒々しいわね。ノックくらいしなさい」
レイファが不機嫌そうに眉を寄せるが、ジンの様子を見て表情を引き締めた。
「何があった?」
「『客』だ。……それも、招かれざる客だ」
ジンはライフルを肩に担ぎ直し、アリアたちを一瞥した。
「表の通りで、オリエンス号の作業着を着た連中が暴れてる。……いや、偽装だ。ありゃあ『赤道』の特務部隊だぜ。どうやら、ここにお姫様がいることを嗅ぎつけたらしい」
空気が凍りついた。
サクヤの目が、獲物を狙う猛禽の色に変わる。
「……ここまでの道中、誰かに見られたか?」
「い、いえ……細心の注意を払いました。裏ルートを使いましたし……」
ヴィグナが青ざめる。
だが、プロの追跡者を甘く見てはいけない。匂い、足跡、あるいは情報のリーク。どこから漏れたかは重要ではない。
重要なのは、敵がもう「玄関の前」まで来ているということだ。
「チッ。……お茶会は終わりだ」
サクヤが立ち上がり、壁に掛けてあった『双嘴』のホルスターを掴んだ。
レイファもまた、優雅に立ち上がり、フライトジャケットの懐から大型の拳銃を取り出した。その動作には、一切の淀みがない。
「私の店で暴れようなんて、いい度胸ね。……害虫駆除の時間よ」
「アリア、ヴィグナ! 俺の後ろだ! リベットは『黒鳶』の起動準備! まだ片腕だが、動くことは動くだろ!?」
「あ、ああ! メイン動力は繋がってる! いつでもいける!」
リベットがコンソールへ走る。
平和な日常は、ガラス細工のように砕け散った。
錆びついた止まり木に、戦火の匂いが立ち込め始めていた。
お読みいただきありがとうございます!
レイファ VS アリア。
一触即発の修羅場でした。
「サクヤの第一夫人」を自称し、大人の色気でマウントを取るレイファ。
対して、王族の矜持と「契約者」としての信頼で立ち向かうアリア。
タイプは違いますが、どちらも強い女性です。
サクヤがタジタジになるのも無理はありません(笑)。
一瞬の和解とティータイム。
コーヒーの味を巡るやり取りは、アリアがサクヤの世界を一歩理解した重要なシーンでした。
しかし、そんな穏やかな時間は長く続きません。
ジンの警告通り、忍び寄っていた「赤」の影がついに実体を現しました。
次回からは「ルースト防衛戦」へ突入します!
次回予告:第24話「忍び寄る赤」
街に潜伏した敵部隊との市街戦。
生身での銃撃戦、そしてサクヤとジンの連携が光ります。
【読者の皆様へ】
「女の戦い、怖っ(笑)」「ここからバトル展開楽しみ!」と思っていただけましたら、
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それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




