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【続編執筆中!】銀灰の掠夜彗星(ナイトグレイザー)~「夜」に追いつかれたら即死する世界で、深窓の姫君を拾いました~  作者: 吉良織彦
第3章:錆びた止まり木の攻防

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第23話 女帝と王女

 地下ハンガーで鉢合わせた、二人の女性。

 スラムの女帝と、高貴なる王女。サクヤを巡る「所有権争い」の結末は……?

 時が止まったような沈黙が、地下ハンガーを支配していた。

 オイルの匂いが染み付いた空気の中で、三人の視線が交錯する。

 上半身裸で、気まずそうに視線を泳がせるサクヤ。

 その胸板に手を置き、妖艶な笑みを浮かべる紫ドレスの美女、レイファ。

 そして、通路の入り口で呆然と立ち尽くす、作業着姿のアリアとヴィグナ。

 最初に動いたのは、やはり直情型の騎士だった。


「――ハ、ハレンチなッ!!」


 ヴィグナの怒声が、静寂を切り裂いた。彼女は顔を真っ赤に茹で上がらせ、大股で踏み込んでくる。


「サクヤ殿! これは一体どういうことですか! 神聖な機体の整備中に、なんとふしだらな……! そこの貴様も離れろ! へばりつくな!」

「……あら?」


 レイファはゆっくりと顔を上げた。

 怒鳴り込んできた不法侵入者に対し、驚く様子もない。むしろ、迷い込んできた子猫を見るような、気だるげで余裕のある瞳だ。


「誰かと思えば。……さっきサクヤから匂っていた『安っぽい女』は、あなたたちのこと?」

「なっ……! あ、安っぽいだと!? 無礼な! 私はオリエンス騎士団長、ヴィグナ・マインスターだぞ!」

「騎士団長? ふーん。……で、そっちの小動物みたいに震えてるのが、噂の王女様?」


 レイファの視線が、後ろに控えるアリアへと向けられた。

 値踏みするような、冷徹なバイヤーの目。

 アリアは思わず身を縮めた。レイファが放つ大人の色気と、この場を支配する「女帝」としての威圧感に、喉が引きつる。


「サクヤ。……趣味が変わったの? ずいぶんと未熟な果実(ガキ)を拾ってきたものね」


 レイファはクスクスと笑い、わざとらしくサクヤの首筋に腕を回した。

 白い肌と、鍛え上げられた筋肉の対比。その親密さは、二人が長い時間を共有してきたことを無言で物語っていた。


「おい、レイファ。挑発するな」


 サクヤが溜息をつき、レイファの腕を解こうとする。だが、彼女は離れない。むしろ、より強く体を押し付ける。


「あら、事実でしょ? こんな汚い場所にノコノコやってきて……。お嬢様たちの社会科見学なら、動物園にでも行けばいいのに」

「貴様……ッ! アリア様への侮辱は許さん!」


 ヴィグナが腰の短剣に手をかけた、その時だった。


「――待ってください、ヴィグナ」


 凛とした声が響いた。

 アリアが一歩、前へ出たのだ。

 フードを脱ぎ捨てる。薄暗いハンガーの中に、月光を溶かしたような金色の髪が溢れ出した。


「……ほう」


 レイファが目を細める。

 アリアは震える足をドレスの裾で隠し、レイファを真っ直ぐに見据えた。


「初めまして。アリア・セレス・オリエンスと申します。……サクヤさんには、多大なる恩義と、契約の絆があります」

「契約? ああ、あのボロ船の修理のこと?」

「いいえ。それだけではありません。彼は私の……いえ、私たちの『希望』です。その彼が帰る場所を、この目で見ておきたかったのです」


 アリアの声には、不思議な響きがあった。

 恐怖を押し殺し、それでも譲れない一線を守ろうとする王族の矜持。

 レイファは少しだけ興味深そうに眉を上げた。


「……ふうん。ただの温室育ちかと思ったけど、意外と肝は据わってるみたいね」


 レイファはサクヤから体を離し、優雅な動作でパイプ椅子に腰掛けた。

 長い脚を組み、扇子で口元を隠す。その姿は、玉座に座る女王のようだ。


「いいわ。自己紹介してあげる。私はレイファ。この『錆びた止まり木(ルースト)』第五ブロックの管理者にして、しがないジャンク屋よ」


 そして、扇子をパチンと閉じた。


「そして――サクヤの『第一婦人(オーナー)』よ」

「だ、だいいち……!?」


 アリアとヴィグナの声が重なった。


「な、何を言っているのですか! サクヤ殿は独身のはず……!」

「戸籍上の話じゃないわ。魂の話よ。彼が一番ボロボロだった時に拾って、育てて、ここまでいい男にしたのは私。……つまり、所有権は私にあるの」


 レイファは妖艶に微笑み、サクヤの方へ流し目を送った。


「ねえ、あなた? 外で若い娘と遊ぶのは男の甲斐性として許してあげるわ。でも、勘違いしないでね?」


 彼女はアリアを指差した。


「その子はただの『お客様』。……最後に帰ってくる場所は、(ここ)よ。その席だけは、どんな王女様相手でも譲らないわ」


 圧倒的なマウント。

 「本妻」としての余裕。

 アリアは唇を噛んだ。言い返したい。けれど、言葉が出てこない。

 ここにあるサクヤの姿――リラックスし、レイファに背中を預けている姿は、オリエンス号で見せたどの表情よりも自然だったからだ。

 二人の間には、アリアが知らない「時間」と「信頼」がある。その事実が、胸をチクリと刺した。


「……サクヤさん」


 アリアが縋るような目を向ける。

 サクヤは天を仰ぎ、盛大に頭を掻いた。


「……あのな。勝手に設定を作るな、レイファ。俺は誰のものでもねえよ」

「あら、照れ隠し?」

「うるせえ。……おい、アリア。こんな所まで来て何してんだ。ここは遊び場じゃねえぞ」


 サクヤの声はぶっきらぼうだったが、そこにはアリアを案じる響きがあった。

 アリアは少しだけ救われた気持ちになり、顔を上げた。


「……心配だったのです。あなたが傷ついているのではないかと」

「過保護だな。見ての通りだ。ピンピンしてるよ」


 サクヤは包帯だらけの腕を軽く回してみせた。

 その時、ハンガーの隅で様子を伺っていたリベットが、空気を変えるように声を上げた。


「ま、まあまあ! せっかく来たんだし、お茶でもどうだい? ここらじゃ手に入らない、アタシ特製の『泥水コーヒー』だけどね!」

「……そうね。客人を立ったまま待たせるのも無粋か」


 レイファが指を鳴らす。

 それを合図に、ハンガーの空気が少しだけ緩んだ。



 †



 数分後。

 古タイヤやドラム缶をテーブル代わりにした、奇妙なティータイムが始まった。

 出されたのは、リベットが淹れたインスタントコーヒーと、レイファが出してきた油紙に包まれた乾パン。


「……これが、サクヤさんが普段召し上がっているものですか?」


 アリアは欠けたマグカップを両手で包み、恐る恐る黒い液体を口にした。

 苦い。そして、焦げ臭い。

 王宮で飲む香り高い紅茶とは別物だ。


「口に合わない? ま、お姫様には毒かもね」


 レイファが意地悪く笑う。だが、アリアは首を横に振り、もう一口飲んだ。


「いいえ。……温かいです」

「……へえ」

「この苦味が、彼が戦っている世界の味なのですね。……悪くありません」


 アリアは微笑んだ。無理をしているわけではない。サクヤを構成する要素の一つを、自分も共有できたことが嬉しかったのだ。

 レイファは少しだけ驚いたように目を見開き、ふんと鼻を鳴らした。


「……変わったお姫様ね。泥水を有り難がるなんて」

「サクヤ殿もです! こんな栄養のないものばかり食べているから、性格がひねくれるのです! 今度、王宮のシェフに特製弁当を作らせますからね!」


 ヴィグナが乾パンをかじりながら憤慨する。

 その様子を見て、サクヤが苦笑し、リベットが爆笑する。

 スラムの地下、薄暗いハンガー。

 本来なら交わるはずのない、女帝、王女、騎士、整備士、そしてスカベンジャー。

 奇妙で、騒がしく、そして少しだけ温かい時間が流れていた。

 だが。

 そんな穏やかな時間は、唐突に破られた。

 バタンッ!!

 ハンガーの鉄扉が乱暴に開かれた。

 飛び込んできたのは、息を切らせたジンだ。いつもの気だるげな表情は消え、その目は鋭く尖っている。


「おい、サクヤ! レイファ姉さん! ヤバいぞ!」

「……騒々しいわね。ノックくらいしなさい」


 レイファが不機嫌そうに眉を寄せるが、ジンの様子を見て表情を引き締めた。


「何があった?」

「『客』だ。……それも、招かれざる客だ」


 ジンはライフルを肩に担ぎ直し、アリアたちを一瞥した。


「表の通りで、オリエンス号の作業着を着た連中が暴れてる。……いや、偽装だ。ありゃあ『赤道』の特務部隊だぜ。どうやら、ここにお姫様がいることを嗅ぎつけたらしい」


 空気が凍りついた。

 サクヤの目が、獲物を狙う猛禽の色に変わる。


「……ここまでの道中、誰かに見られたか?」

「い、いえ……細心の注意を払いました。裏ルートを使いましたし……」


 ヴィグナが青ざめる。

 だが、プロの追跡者を甘く見てはいけない。匂い、足跡、あるいは情報のリーク。どこから漏れたかは重要ではない。

 重要なのは、敵がもう「玄関の前」まで来ているということだ。


「チッ。……お茶会は終わりだ」


 サクヤが立ち上がり、壁に掛けてあった『双嘴(ツイン・ビーク)』のホルスターを掴んだ。

 レイファもまた、優雅に立ち上がり、フライトジャケットの懐から大型の拳銃を取り出した。その動作には、一切の淀みがない。


「私の店で暴れようなんて、いい度胸ね。……害虫駆除の時間よ」

「アリア、ヴィグナ! 俺の後ろだ! リベットは『黒鳶』の起動準備! まだ片腕だが、動くことは動くだろ!?」

「あ、ああ! メイン動力は繋がってる! いつでもいける!」


 リベットがコンソールへ走る。

 平和な日常は、ガラス細工のように砕け散った。

 錆びついた止まり木に、戦火の匂いが立ち込め始めていた。

お読みいただきありがとうございます!


レイファ VS アリア。

一触即発の修羅場でした。

「サクヤの第一夫人」を自称し、大人の色気でマウントを取るレイファ。

対して、王族の矜持と「契約者」としての信頼で立ち向かうアリア。

タイプは違いますが、どちらも強い女性です。

サクヤがタジタジになるのも無理はありません(笑)。

一瞬の和解とティータイム。

コーヒーの味を巡るやり取りは、アリアがサクヤの世界を一歩理解した重要なシーンでした。

しかし、そんな穏やかな時間は長く続きません。

ジンの警告通り、忍び寄っていた「赤」の影がついに実体を現しました。

次回からは「ルースト防衛戦」へ突入します!

次回予告:第24話「忍び寄る赤」

街に潜伏した敵部隊との市街戦。

生身での銃撃戦、そしてサクヤとジンの連携が光ります。


【読者の皆様へ】

「女の戦い、怖っ(笑)」「ここからバトル展開楽しみ!」と思っていただけましたら、

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それでは、また次回の更新でお会いしましょう。

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