第20話 生還、そして迫る夜
地獄からの生還。
緊張の糸が切れた時、そこには別の意味で刺激的な光景が……?
地獄の釜の底から這い上がるように、運搬用ドローンと共に一行は帰還した。
オリエンス号、第三外部甲板。分厚いエアロックが閉じられ、消毒用のミストが噴射される。
「……ぷはっ! 生き返ったぁ!」
安全圏に戻ったリベットが、真っ先に防護ヘルメットを脱ぎ捨てた。
栗色のショートヘアが汗でぺたりと張り付いている。彼女は重たい防護服のジッパーを一気に引き下ろした。
「あー、重かった! 肩凝るぜ、これ」
ガサリと脱ぎ捨てられたツナギの下から現れたのは、油染みのついたタンクトップだ。
少年のようなスレンダーな肢体。鎖骨が浮き出る華奢な体つきで、胸元のふくらみは……悲しいほどに慎ましい。リベットは自分の胸をポンと叩き、「身軽が一番だね!」と強がって見せたが、その視線は隣のヴィグナへと吸い寄せられていた。
「……んぐっ。苦しい……」
ヴィグナもまた、防護服を脱ごうと悪戦苦闘していた。ヘッドギアを外し、シュッ……という音と共に、胸元のファスナーが開放される。
その瞬間。
ボロンッ。
圧縮されていた「暴力的な質量」が、解放の喜びを叫ぶかのように弾け出た。
白い騎士団のインナーシャツが、限界まで生地を伸ばしてその双丘を包んでいる。動くたびにたぷん、と重々しく揺れるそれは、真面目で堅物な彼女の顔立ちとは裏腹に、あまりにも扇情的だった。汗で透けた布地が、豊かな谷間をいやらしく強調している。
「ふぅ……。サイズが合わず、胸が潰れるかと思いました」
「……ケッ。肉の無駄遣いしやがって」
リベットが羨ましそうに、そして少し恨めしそうにボヤく。サクヤは男として目のやり場に困りつつも、努めて無関心を装い、自身の装備を点検するフリをした。
(……いいモノ見れたから、装備の修理代はチャラにするか)
そんな軽口を心の中で叩きながら。
「……お喋りは終わりだ。ブツは確保した。これで契約完了だな」
サクヤが指差す先には、ドローンによって運び込まれた『超硬度レアメタル』の山があった。
これでオリエンス号のエンジンは修理できる。
「はい。……サクヤ殿」
ヴィグナが姿勢を正し、豊かな胸を揺らしながら、深々と頭を下げた。
「貴殿がいなければ、我々は全滅していました。その技術と勇気に、騎士として最大の敬意を表します」
「よせ。俺は金のためにやっただけだ」
サクヤは素っ気なく手を振った。
本当だ。結果として船は助かるが、サクヤ自身は大赤字だ。虎の子の「虹色の石」を失い、左腕の装備も大破。手元に残ったのは、途中の雑魚から回収した小粒な石ころ数個だけ。
(……あーあ。割に合わねえ仕事だったな)
†
数十分後。
サクヤは早々に甲板へ戻り、愛機『黒鳶』のコクピットに潜り込んでいた。暖房の効いた船内には留まらない。あくまで「外」の住人としての線引きだ。
ピピッ。コンソールで通信回線を開く。相手は、この仕事を紹介した仲介人だ。
『おう、サクヤか。生きてたか』
モニターに映し出されたのは、無精髭を生やした老人の顔だった。右目が無機質な赤いカメラアイに置換されている。
ジャンクショップ『鉄眼商会』の店主、鉄眼だ。葉巻を噛み締め、煙たい店内でニヤリと笑っている。
「……ああ、なんとかな。だが大損だ。装備がイカれた」
『へっ。お前がヘマするとは珍しいな。で、戦果は?』
「『中』くらいの石が一つ。あとはガラクタだ。……ツケの足しにしてくれ」
サクヤは回収した石のデータを送信した。虹色の石のことは伏せた。あれは報告するには危険すぎる。
『シケてやがるな。ま、いいさ。修理パーツは手に入ったんだろ? お姫様も喜んでるぜ』
「……知るかよ」
通話を切ると、ドッと疲れが出た。シートに深く沈み込む。その時、別の回線が開いた。直通回線。アリアからだ。
『サクヤさん……』
モニターには彼女の姿はない。音声だけだ。
だが、その声だけで、彼女がどんな表情をしているか想像できた。
きっと、窓際で胸に手を当て、祈るように空を見上げているのだろう。
「よう、お姫様。レアメタルは届いたか?」
『はい。今、リベットたちが修理に取り掛かっています。……本当に、ありがとうございました』
「礼には及ばねえ。契約通りだ」
『いいえ。契約以上のものを、あなたはくれました』
アリアの声が、少し熱を帯びる。
『暗闇の中で、あなたの声だけが光でした。……また、お話ししてもいいですか?』
「……修理が終わるまでな。俺は逃げねえよ」
サクヤはぶっきらぼうに答えたが、口元はわずかに緩んでいた。
失ったものは大きい。だが、この心地よい疲労感は、金では買えないものだった。
――しかし。
彼らはまだ知らなかった。
墓場空域での時間のロスが、致命的な遅れを生んでいたことを。
窓の外。
雲海の彼方から、世界を凍らせる「夜」の闇が、音もなく、だが確実にオリエンス号の背後に迫っていた。
そして、その闇の中には、サクヤたちを狙う「赤道」からの刺客の影も潜んでいることを。
お読みいただきありがとうございます!
無事生還!
そして、防護服の下のお約束(笑)。
リベットの慎ましさと、ヴィグナの豊かさ。
命がけの戦いを乗り越えたからこそ、こういう「生」を感じるシーンが映えますね。
サクヤも男として目のやり場に困りつつ、しっかりチェックはしていたようです。
これにて「墓場空域・探索編」は終了!
次回からは、持ち帰ったパーツを使った「オリエンス号修理編」が始まります。
そして……サクヤにベタ惚れな「あの女」も動き出す予感?
【第1章も折り返し地点!】
ここから物語は、迫りくる「夜」との競争、そして謎の刺客との戦いへ加速していきます。
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それでは、また次回の更新でお会いしましょう。




