第16話 深層へのダイブ
腹ごしらえを済ませた一行を待っていたのは、重力が狂った迷宮でした。 落ちれば圧死、浮けば漂流。 頼れるのはサクヤの「ブーツ」と「耳」だけです。
休憩を終えた一行は、第五区画への接続ゲートを潜った。その瞬間、世界が裏返った。
「……うわっ!?」
先頭を歩いていたヴィグナの体が、ふわりと浮き上がったのだ。彼女はパニックに陥り、手足をバタつかせるが、地面がない。そのまま天井へ向かってゆっくりと流されていく。
「無重力だ! 何か掴まれ!」
サクヤが叫び、装着している『重力制御ブーツ』の磁気固定を作動させた。ガシャン! 鉄のソールが床に吸着する。リベットも咄嗟に近くの手すりにしがみついた。
「きゃぁぁぁっ!」
「チッ、世話の焼ける!」
サクヤは左手の『双嘴』からワイヤーを射出。ヴィグナの足首に巻き付けて、強引に引き戻した。ガシッ。彼女はサクヤの腕にしがみつき、青ざめた顔で震えている。
「ここは『重力制御区画』の成れの果てだ。環境制御装置がイカれてやがる」
サクヤがライトで照らす先には、シュルレアリスムの絵画のような光景が広がっていた。巨大なコンテナや鉄骨が宙に浮き、ゆっくりと回転している。
だが、さらに恐ろしいのは――。
ガゴンッ!!
突如、数メートル先の空間で、浮いていた瓦礫が「見えないハンマー」で叩き落とされたように、猛烈な勢いで床へ激突し、圧壊した。
「ヒィッ!?」
「あそこは『過重力』だ。一〇倍じゃ利かねえな。入れば即座にプレスされてミンチだ」
無重力と過重力が、地雷原のようにランダムに点在する迷宮。それが第五区画の正体だった。
「どうやって進むんですか、こんな場所……!」
「飛ぶしかねえが……」
サクヤは腰の燃料ゲージに目を落とした。残り二本弱。この不安定な重力場で、ブーツの斥力放射を使い続ければ、あっという間に空になる。だが、行かなければ目的のブツ――修理パーツも、俺の燃料素材も手に入らない。
「……リベット、ヴィグナ。俺のベルトにロープを繋げ」
「え?」
「俺が『道』を作る。お前らは俺の通った軌跡をそのままトレースしてついて来い。一歩でもズレれば死ぬぞ」
二人がサクヤの腰に命綱を連結する。数珠つなぎになった一行。先頭のサクヤにかかる負担は甚大だ。
「行くぞ。……しっかり捕まってろよ!」
ドォンッ! サクヤが壁を蹴ると同時、ブーツの踵から青白い光が弾けた。 ガスを噴くのではない。瞬発的な『斥力』を放出し、何もない空間を足場にして加速するのだ。
「う、うぷっ……」
後ろでヴィグナが酔ったような声を上げるが、構ってはいられない。サクヤは無重力の空間を泳ぐように進む。目の前に、過重力の歪みが見える。空気の密度がそこだけ違う。
(右はダメだ。下も吸い込まれる。……左上の隙間!)
キィィン……。
最小限の出力。体を捻り、斥力でベクトルを強引に書き換える。針の穴を通すような姿勢制御で、目に見えない「死の壁」を回避する。
「すげぇ……! 旦那、重力が見えてるのか!?」
背負われたリベットが驚愕の声を上げる。見えてはいない。だが、聞こえる。重力が歪む場所では、特有の低周波が唸っている。サクヤはその不協和音を避け、静かな旋律が流れるルートだけを選び取っていた。
浮遊するコンテナを蹴り、その反動で加速。ワイヤーを撃ち込み、遠心力でカーブを描く。燃料を節約するため、慣性と物理法則だけを利用した、綱渡りのような機動。
(……近いぞ)
降下すること数百メートル。サクヤの聴覚が、目的の「音」を捉えた。一つは、重厚で硬い金属の響き。オリエンス号の修理に必要な『超硬度レアメタル』の山だ。そしてもう一つ。
ドクン……ドクン……。心臓の鼓動にも似た、力強いパルス。間違いなく、俺の一族が関わった『極上の石』の音だ。
「見えた! あそこだ!」
サクヤが指差す先。空間の最下層に、巨大な隔壁扉が鎮座していた。
「やった! ゴールだ!」
「気を抜くな、着地するぞ!」
サクヤは最後のコンテナを蹴り、扉の前へ滑り込んだ。
ガシャンッ!ブーツの磁気アンカーを展開し、鋼鉄の床を捉える。続いて、リベットとヴィグナも無事に着地した。
「つ、着いた……」
「生きてる……」
三人は床にへたり込む。サクヤは荒い息を吐きながら、燃料ゲージを確認した。残り一本ギリギリ。帰りの分はない。だが、ここにある「お宝」さえ手に入れば、現地で精製して満タンにできるはずだ。
「……開けるぞ」
サクヤは扉の制御盤の前に立った。通常のハッキングツールでは開かない。だが、彼の懐中時計と同じ紋章が刻まれたその扉は、まるで彼を待っていたかのように、ロックが解除されていた。
ゴゴゴゴゴ……。
重い扉が開き、広大な「最深部」が姿を現す。そこには、部屋の中央に浮かぶ、美しくも禍々しい虹色の結晶があった。
そして。
『……ザザッ……サクヤ、さん……?』
プツン。
唐突に、アリアの声が途切れた。イヤーモニターから聞こえるのは、完全な砂嵐だけ。
「……おい? アリア?」
返事はない。最深部に到達したことで、強力な磁気シールドが作動し、外部との通信が完全に遮断されたのだ。
「通信途絶。……ここからは、本当の独りぼっちだ」
サクヤは静かに呟き、虹色の光が満ちる部屋へと足を踏み入れた。 背後で、扉が音もなく閉ざされていく。
「無重力」と「過重力」が入り乱れるエリア。 SFならではのアスレチックですね。 サクヤの装備『重力制御ブーツ』は、空を飛ぶ道具ではなく、斥力で反発して跳ねる道具です。 この「扱いづらさ」が、彼の職人芸を引き立てます。
さて、ついに最深部に到達しました。 しかし、扉をくぐった代償は「アリアとの通信途絶」。 道しるべを失ったサクヤたちの前に現れるものとは?
本日ラスト! 19:00に、第17話「断絶の音」を投稿します。 サクヤを呼んでいた「音」の正体が明らかになります。
【読者の皆様へ】
「重力アクション、脳内再生された!」「アリアの声が……!」とハラハラしていただけましたら、 今のうちにブックマーク登録と、下にある【☆☆☆☆☆】から評価をポチッとしていただけると嬉しいです!
それでは、1時間後のクライマックスでお会いしましょう。




