第15話 鉄の墓標での晩餐
極限の探索行。 休息のひととき、彼らが囲むのは「温かい食事」と「硝子越しの声」でした。
重厚なロック音が響き、管理用ブースの扉が閉ざされた。 外界の冷気と殺気が遮断され、サクヤたちはようやく泥のような安堵感と共にその場へ座り込んだ。 そこは、かつてのサーバー管理者が詰めていた休憩所のようだった。埃を被った机と椅子。壁には色あせたカレンダー。五〇〇年前の時間が、そのまま冷凍保存されている。
「……ふぅ。生きた心地がしませんでした」
ヴィグナが壁に背を預け、防護マスクを外した。彼女はヘルメットではなく、戦乙女のような額当て付きのヘッドギアを装着している。それを外すと、燃えるような赤髪が汗で額に張り付き、整った顔立ちが一気に露わになった。彼女は大きく息を吐き、震える手で水筒の水をあおる。その首筋を伝う汗すら、過酷な美しさを放っていた。
「全くだ。心臓がいくつあっても足りねえ」
サクヤもフードを脱ぎ、マスクを外した。オイルと煤で薄汚れてはいるが、その下にあるのは精悍な顔立ちだ。無精髭などもなく、顎のラインは鋭角で整っている。肺に吸い込む空気は埃っぽいが、あの酸の霧や鉄錆の臭いに比べれば、極上の酸素だ。
「腹減ったなぁ。……メシにしようぜ」
リベットが巨大なバックパックから、銀色のレトルトパックを三つ取り出した。彼女は整備士用のキャップを後ろ前に被り直し、少年のような笑顔を見せる。取り出したのは軍用の携帯保存食。味気ない固形ブロックと、ゼリー状の栄養剤だ。
「この寒さで冷たいメシは勘弁だな」
サクヤが苦笑すると、リベットが得意げにウインクをした。
「任せな! さっきの戦利品がある」
彼女は倒したばかりの『幻影』から抜き取った小型バッテリーと、銅線コイルを取り出した。手際よく配線を繋ぎ、簡易的な電熱ヒーターを作り上げる。その上にレーションのパックを乗せると、ジワジワと湯気が立ち始めた。
「へへっ、即席コンロだ。……ほらよ、熱いから気をつけて」
渡されたパックは、カイロのように温かかった。封を切ると、少し甘い、合成プロテインの香りが漂う。サクヤはそれを口に運び、ゆっくりと咀嚼した。不味い。けれど、胃袋に落ちた瞬間、熱が体の芯へ広がっていくのを感じた。
「……美味い」
「ですね。王宮の料理より、美味しく感じます」
ヴィグナも小さく笑い、スプーンを動かす。冷え切った鉄の墓標の中で、この小さな熱源だけが、彼らが「生きている」証だった。
「なぁ、旦那」
スープを啜りながら、リベットが口を開いた。
「あんた、なんであの見えない敵の位置が分かったんだ? 『音』って言ってたけど、あんな乱戦の中で……」
「……慣れだ。ガキの頃から、親父に目隠しされて機械の組み立てをさせられてたからな」
サクヤは嘘半分、真実半分で答えた。一族の修練はもっと過酷だった。「石」の声を聞くために、五感を極限まで研ぎ澄ませる訓練。だが、肝心の石の声は聞こえず、残ったのはこの異常な聴覚だけだ。
「ふうん。……あとさ、さっきの通路で見つけた紋章。あれ、旦那の懐中時計と同じだったよな?」
リベットの鋭い指摘に、サクヤの手が止まる。 ヴィグナも顔を上げ、探るような視線を向けてきた。
「……偶然だと言ったろ。よくあるデザインだ」
「そうかなぁ。アタシの記憶じゃ、あれは古代のエネルギー公社……通称『星の管理者』のマークに似てるんだけど」
「物知りだな。だが、俺はただのスカベンジャーだ。高尚な歴史なんざ知らねえよ」
サクヤはわざとらしく肩をすくめ、話を打ち切った。これ以上突っ込まれるのは不味い。 彼は話題を変えるように、イヤーモニターのスイッチを入れた。
「……おい、オペレーター様。生きてるか?」
ザザッ……ザザ……。 激しいノイズ。だが、その向こうから、待ちわびていた澄んだ声が届いた。
『……はい! サクヤさん! 無事なのですね!』
アリアの声だ。弾むような、心からの安堵を含んだ響き。 それを聞いた瞬間、サクヤの張り詰めていた神経が、ふっと緩んだ。
「ああ。なんとか首の皮一枚で繋がってる。……そっちはどうだ?」
『こちらは異常ありません。ですが、磁気嵐が強まっています。そろそろ通信が……』
「聞こえなくなる、か」
サクヤは天井を見上げた。この分厚い鉄の層の遥か上、安全で暖かい場所に彼女はいる。物理的には数キロメートル。だが、精神的にはもっと遠い。
『サクヤさん。……怖くは、ないですか?』
「怖い?」
『暗くて、冷たくて、誰もいない場所……。私はモニター越しに見ているだけですが、それでも足が震えます。あなたは、怖くないのですか』
王女らしい、素直で無防備な問いかけ。サクヤは少し考えてから、温まったレーションの残りを飲み込み、答えた。
「……怖いさ。いつだって足は震えてる」
かっこつける気も起きなかった。
「だけどな、聞こえるんだよ。あんたの声が」
『え……』
「このノイズまみれのクソみたいな暗闇でも、あんたの声だけは道しるべみたいに響く。……それが聞こえるうちは、迷子にはならねえよ」
柄にもないことを言った自覚はある。通信の向こうで、アリアが息を呑む気配がした。
『……はい。私も、叫び続けます。あなたの声が聞こえなくなるまで。いえ、聞こえなくなっても』
「頼むぜ。……じゃあな、そろそろ行く」
これ以上話していると、行きたくなくなる。サクヤは通信を切り、立ち上がった。
「ご馳走さん。リベット、ヒーターを片付けろ。出発だ」
二人は無言で頷き、装備を整える。サクヤは懐から、予備の燃料カートリッジを取り出し、腰のブースターへ装填しようとした。その時、手元がわずかに止まる。
(……チッ。残り二本か)
カートリッジのインジケーターは、残り少ないことを告げる赤色を示していた。連戦で重力制御ブーツを酷使しすぎた。ここから先は深層。戻る分の燃料も考えれば、もう無駄遣いはできない。
(最悪、こいつを使うしかねえか……)
サクヤはポケットの上から、数時間前に回収した「高純度星導石」の感触を確かめた。これを精製すれば燃料になるが、今は設備がない。生のままエネルギー源として使えば、出力制御ができずに暴発する危険がある。
「……どうかしましたか?」
ヴィグナがヘッドギアを着け直しながら、怪訝そうに尋ねる。
「いや、なんでもない。……行くぞ、地獄の底へ」
サクヤは空のカートリッジを投げ捨て、再び防護マスクを装着し、フードを目深に被った。扉が開く。 吹き込んでくる風は、先程よりもさらに冷たく、そして重くなっていた。
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サバイバルといえば「メシ回」ですよね。 リベット特製の即席ヒーターで温めたレーション。 味はともかく、こういう極限状態で仲間と囲む食事は、どんな高級料理よりも美味しく感じるものです。 そして、アリアとの通信。 物理的な距離は離れていても、声だけは繋がっている。 「あんたの声が道しるべだ」なんて、サクヤにしては珍しく素直なセリフでした。
さて、腹ごしらえは済みましたか? ここからはノンストップです。
本日、【3話連続更新】でお届けします! 次は夕方、18:00に第16話「深層へのダイブ」を投稿します。 ついに深淵の底へ。 どうぞお見逃しなく!
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それでは、また夕方の更新でお会いしましょう。




