第14話 見えざる追跡者
酸の霧を抜け、一行はさらに奥へ。
そこで彼らを待っていたのは、アリアが予見した「拒絶」の気配でした。
酸の海を抜けた先は、不気味なほど静まり返っていた。第四区画、中央サーバー室。巨大な黒い石碑のようなサーバータワーが、墓標のように整然と並んでいる。
「……静かですね」
ヴィグナが小声で囁く。先程までのスプリンクラーの轟音が嘘のようだ。ここには、ファンの回転音一つない。完全なる無音。
「シッ。喋るな」
サクヤが鋭く制した。彼は立ち止まり、暗視ゴーグルを跳ね上げ、素顔の耳を澄ませた。
(おかしい……)
静かすぎる。五〇〇年前の艦とはいえ、動力炉が生きているなら、微弱な電流のハム音や、配管の振動があるはずだ。それが、何もない。まるで、何者かが「音を吸い取っている」かのような、人工的な静寂。
「旦那?どうした?」
「動くな」
サクヤの声が低く、鋭利な刃物のように響いた。リベットとヴィグナが息を呑んで硬直する。
ヒュッ……。
風が動いた。何もない空間。ヴィグナの目の前数センチの場所を、見えない「何か」が横切ったのだ。カキン。遅れて、ヴィグナの肩の装甲に、鋭い切り傷が刻まれた。
「……ッ!?」
「声を出すな!」
ヴィグナが悲鳴を上げる寸前、サクヤの手が彼女の口を塞いだ。彼は二人を引き寄せ、サーバータワーの陰に身を隠す。
「……センサー、反応なし。熱源もゼロです……!」
「ああ、だろうな。奴らは『光学迷彩)』を纏ってる」
サクヤは耳元のイヤーモニターを切り、完全に自分の耳だけの世界に入った。光学迷彩と熱遮断装甲。視覚も、機械の目も騙す、古代の暗殺用オートマタ『幻影』だ。だが、質量がある以上、空気の振動までは消せない。
(……一体じゃない。三体……いや、四体か)
サクヤは目を閉じる。視界を遮断することで、聴覚の解像度を極限まで高める。……衣擦れの音。ヴィグナの乱れた心拍音。リベットが工具を握りしめる微かな摩擦音。それらのノイズを除外していく。その奥にある、違和感を探せ。
――ジジッ……。
聞こえた。右前方、七メートル。高さ二メートル。空間の歪みを補正しようとする、迷彩皮膜の微細な駆動音。
「……リベット。お前のバッグに入ってるボルトを一本、よこせ」
サクヤは音もなく手を差し出した。リベットは震える手で、ポケットから太いボルトを取り出し、サクヤの掌に乗せる。
「いいか。俺が合図したら、左の壁に向かって全力で走れ。絶対に振り返るな」
「で、でも敵が見えないのに……!」
「俺が視せてやる」
サクヤは深呼吸し、手にしたボルトを構えた。狙うのは敵ではない。敵のさらに奥、鉄製の柱だ。
ヒュンッ!
投擲。ガァァァン!!静寂を切り裂く金属音が、部屋の反対側で炸裂した。
その瞬間。「無」だった空間が揺らいだ。音に反応した『幻影』たちが、獲物がそちらにいると誤認し、一斉に殺気を放って動いたのだ。四つの風切り音。床を蹴る振動。関節のキシみ。
(……そこだ)
サクヤの世界で、見えない敵の輪郭が鮮明に浮かび上がる。音による反響定位。
「走れッ!!」
サクヤが叫ぶと同時に、リベットとヴィグナが駆け出す。敵の注意がそちらへ向く――その刹那。サクヤは重力制御ブーツを最大出力で起動させた。
ドォォォォン!!
床を砕く踏み込み。彼は虚空へ向かって、何の迷いもなく『双嘴』を突き出した。
グシャァッ!!
何もない空間に、ピッケルが突き刺さる感触。火花が散り、空中で光学迷彩が解除される。姿を現したのは、カマキリのような細長い刃を持つ、異形の人型機械だった。
「一匹ッ!」
サクヤは突き刺した敵を盾にして、旋回する。死角から迫っていた二体目の刃を、死骸で受け止める。ガギンッ!衝撃を殺しきれず、サクヤの足が滑る。
「チッ、速えな……!」
姿が見えたとしても、その機動力は脅威だ。だが、一度位置さえ掴めば、あとは解体作業に過ぎない。
「ヴィグナ!三時方向、薙ぎ払え!」
「は、はいッ!」
サクヤの指示に、ヴィグナが反射的に星導剣を振るう。ズバッ!透明な空間から青い火花が散り、三体目の腕が切り飛ばされて実体化した。
「捉えた……!」
「調子に乗るな!次が来るぞ!」
サクヤは二体目の懐へ飛び込み、ゼロ距離からパイルバンカーを叩き込む。ドォン!装甲を貫き、内部機構を破壊。残るは一体。しかし、そいつは動かなかった。仲間がやられたのを見て、完全に気配を消し、壁に張り付いて待機している。
(……賢しい野郎だ)
サクヤは動きを止め、再び目を閉じた。汗が頬を伝う音が聞こえるほどの静寂。心理戦。動いた方が負けだ。
カチッ。サクヤはわざと、ピッケルの安全装置を解除する小さな音を立てた。シュッ!頭上からの強襲。サクヤは目を開けることなく、真上へ向かって左手のピッケルを振り上げた。
ガァァン!
金属と金属が噛み合う音。サクヤの刃が、襲いかかってきた『幻影』の喉元を、完璧な精度で捉えていた。
「……見えなくても、聞こえるんだよ。お前らの錆びた心音がな」
実体化した敵が、痙攣しながらサクヤの頭上で停止する。彼は無造作に腕を振り払い、鉄屑を床に捨てた。
「はぁ、はぁ……。片付いたか」
サクヤは荒い息を吐きながら、周囲を見回した。四体の残骸が転がっている。ヴィグナとリベットは、腰を抜かしたように座り込んでいた。
「な、何なんですか、今の……。まるで、背中に目がついているような……」
「言ったろ。ここは俺の庭だってな」
サクヤは強がって見せたが、内心は冷や汗まみれだった。ギリギリだった。あとコンマ一秒反応が遅れていれば、首が飛んでいたのは自分の方だ。
だが、この死闘の最中にも、あの「リズム」は止まることなく、サクヤを奥へと誘い続けていた。サーバー室の奥にある、分厚い隔壁。その向こう側から、懐かしいような、それでいて禍々しい波動が漂ってくる。
「……この先だ。今日はここまでにして、少し休むぞ」
サクヤの言葉に、二人は心底安堵した表情を見せた。極限の緊張から解放され、泥のように疲労感が襲ってくる。彼らは敵の残骸を押しのけ、サーバー室の隅にある管理用ブース――唯一ロックが掛かりそうな小部屋へと滑り込んだ。
そこは、五〇〇年の眠りについた、束の間の安全地帯だった。
お読みいただきありがとうございます!
そして、メリークリスマス(滑り込み)!
姿は見えないけれど、確実に「いる」。
こういうホラー映画のような敵に対して、サクヤの「耳」と、ヴィグナの「守る意志」が光る回でした。
嘘をついて連れてきた負い目がある分、サクヤも必死です。
さて、緊張の連続でしたが、次回は少しだけ息抜き(?)です。
明日12/26(金)は、年末ラストスパートとして【3話更新】でお届けします!
12:00 第15話「鉄の墓標での晩餐」
極限状態での「メシ」回です。どんな食卓になるのかお楽しみに。
18:00 第16話「深層へのダイブ」
腹ごしらえを済ませ、いよいよ最深部へ。
19:00 第17話「断絶の音」
サクヤを呼んでいた「音」の正体、そして物語の核心へ。
明日は物語が大きく動く一日になります。
ぜひ、お昼休憩からお付き合いください!
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(★をいただけると、明日のサクヤの晩ご飯が少し豪華になる……かも?)
それでは、また明日の12時にお会いしましょう。




