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【続編執筆中!】銀灰の掠夜彗星(ナイトグレイザー)~「夜」に追いつかれたら即死する世界で、深窓の姫君を拾いました~  作者: 吉良織彦
第2章:深層空域『船の墓場』

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第12話 分岐点

地下三層、運命の分岐点。

王女が示す「安全な正規ルート」に対し、サクヤが選んだのは……。

 エレベーターシャフトを降下すること数十分。サクヤたちは、巨大戦艦の腹の中――第三層区画へと到達していた。

 上層とは空気が決定的に違っていた。より濃密で、肺にまとわりつくような重金属の臭気。そして、防護服越しでも肌が粟立つような、絶対零度に近い冷気。ここはもう、生身の人間が立ち入るべき領域ではない。


「……広いですね」


 ヴィグナが暗視ゴーグル越しに周囲を見渡す。そこは、複数の通路が交差する分岐点(ジャンクション)だった。頭上には巨大な配管が血管のように張り巡らされ、時折、何かの液体が流れる「ゴポォ……」という低い音が、深海のように響いている。


『……サクヤさん、現在位置を確認しました』


 ノイズの海を越えて、アリアの声がイヤーモニターに届く。深度が増したせいで、通信感度は先ほどよりも悪化していた。


『戦艦の構造図(ブループリント)によると、正規ルートは「左」です。そこを直進すれば、目的の資材搬入デッキへ繋がっています。道幅も広く、最短距離です』


 アリアのナビゲートは的確だった。左の通路。確かに広くて歩きやすそうだ。床も安定しており、崩落の形跡も少ない。だが、サクヤはそちらを見ようともしなかった。彼は「右」の通路――狭く、天井が崩落しかけており、不吉な闇が渦巻く穴を、じっと見つめていた。


(……聞こえる)


 サクヤは目を細め、意識を聴覚だけに集中させる。風の音でも、機械の駆動音でもない。もっと微細な、特定の周波数だけで刻まれるリズム。

 ト・ト・ト・ツ・ト……。

 それは、ただの機械ノイズではない。彼が幼い頃、今は亡き祖父の工房で聞いた、特殊な星導石を精製する際の「脈拍(パルス)」に酷似していた。


(この奥に、ある。……それも、とびきりの極上品が)


『純血』を作るための触媒石か、あるいは古代の遺産か。いずれにせよ、スカベンジャーとしての本能と、一族の血が騒いでいた。呼ばれている。そんな気がした。


「……いや。ルート変更だ」


 サクヤは短く告げた。


「え?」

『サクヤさん?ですが、図面では……』

「図面なんざ五〇〇年前の紙屑だ。今の現場を見ろ。……ほらよ」


 サクヤは足元に落ちていた適当なボルトを拾い、左の通路へ向かって放り投げた。

 カラン。乾いた音が響く。何も起きない。だが、サクヤは眉をひそめ、大袈裟に舌打ちをしてみせた。


「今の音、聞いたか?床下の反響音が軽い。構造材が腐ってやがる。人が歩いた振動だけで、床ごと抜けて真っ逆さまだぞ」


 真っ赤な嘘だ。多少の腐食はあるが、通れないほどではない。だが、音の専門家ではない彼女たちには判断がつかない程度の「もっともらしい嘘」をつくのが、裏社会の流儀だ。


「行くなら『右』だ。狭いが、骨格(メインフレーム)が生きてる。……これが唯一の迂回路(バイパス)だ」


 サクヤは表情一つ変えずに言い放った。ヴィグナが迷うように、左と右を交互に見る。アリアも沈黙している。彼女たちの命を預かるガイドが、王女の提示した図面とは違う道を示したのだ。疑われても仕方がない。

 だが、数秒後。ヴィグナは決然と頷いた。


「……分かりました。貴殿に従います」

「ほう?疑わないのか、騎士団長」

「先ほどの戦いで思い知りましたから。この死の世界においては、私の常識や古い地図よりも、貴殿の『感覚』の方が正しいのだと」


 ヴィグナは真面目腐った顔で、サクヤを見つめ返した。そこにあるのは、純粋な信頼だった。サクヤは一瞬、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。


(……お人好しが。俺は自分の欲望のために、お前らを危険地帯に連れ込もうとしてるんだぞ)


 だが、その罪悪感を「仕事だ」と押し殺す。最高の燃料を手に入れるためなら、悪党にでも何にでもなってやる。今は、生き残るための燃料(燃料)が必要なのだ。


「……後悔するなよ。行くぞ」


 サクヤは背を向け、右の暗闇へと足を踏み入れた。

 右の通路は、予想通り劣悪だった。床は斜めに傾き、壁のパイプからは高温の蒸気がシューシューと噴き出している。だが、進むにつれて、あの「リズム」は確実に強くなっていた。


「ねえ、旦那」


 最後尾を歩いていたリベットが、ふと声を上げた。彼女は壁の一箇所をライトで照らしている。


「これ、なんだろう?ただの傷にしちゃ、人工的すぎないか?」


 サクヤが振り返る。錆びついた隔壁に、微かに刻まれたレリーフがあった。六角形の結晶を、二つの歯車が囲んでいる図案。長い年月で摩耗しているが、確かにそれは意味を持って刻まれたものだ。


「……ッ」


 サクヤの息が止まる。見覚えがある。彼が懐に忍ばせている、祖父の形見の古い懐中時計。その裏蓋に刻まれている紋章と、酷似していたのだ。


星の精製師(スター・リファイナー)』。かつて世界を動かすエネルギーを支配し、そして歴史から抹殺された一族の印。


(なんで、こんな所に……)


 この戦艦は五〇〇年前のものだ。俺の一族は、その時代からこの「墓場」に関わっていたのか?だとしたら、俺が聞いたあのリズムは、偶然じゃなく……一族が残した「道しるべ」なのか?


「……ただの製造メーカーのロゴだろ。気にするな」


 サクヤは動揺を隠し、ぶっきらぼうに吐き捨てた。だが、その背中には冷たい汗が流れていた。単なる金稼ぎのつもりだった。だが、自分が嘘をついてまで踏み込んだこの道は、もっと深く、暗い「運命」の入り口なのかもしれない。


『……サクヤさん、気をつけて』


 途切れそうな通信の向こうで、アリアが不安げに囁く。


『私の感応に……寒気がします。その先には、何か、とても良くないものが……敵意とは違う、もっと根本的な「拒絶」のような気が澱んでいます』


 警告。だが、もう引き返せない。サクヤの耳には、誘うようなリズムと、極上の「素材」の匂いが、すぐそこまで迫っていたからだ。


「ビビるな。何が出ようが、俺が解体するだけだ」


 サクヤが崩れかけた気密扉を蹴り開ける。その先には、緑色の靄が立ち込める、広大な回廊が続いていた。


「……げっ。こいつは厄介だな」


 サクヤが防護マスクのフィルターを確認しながら呟く。そこは、敵よりもたちが悪い、環境そのものが殺しに来る「腐食地帯」だった。

お読みいただきありがとうございます!


「床の音が軽い」――大嘘ですね(笑)。

自分の目的(レアな燃料)のために、平気で依頼人を危険なルートへ誘導する。

清廉潔白なヒーローではない、この「食えない」ところがサクヤという男です。

しかし、その嘘の先で待っていたのは、彼の一族に関わる重大な遺物でした。


さて、世間はクリスマスイブですが、彼らに聖夜の安らぎはありません。

飛び込んだ先は、環境そのものが牙を剥く「腐食地帯」。


明日12/25(木)も、容赦なく【2話連続更新】します!


12:00 第13話「腐食の回廊」

19:00 第14話「見えざる追跡者」


酸の霧、そして背後から迫る「何か」。

クリスマスもサクヤたちと地獄めぐりにお付き合いいただければ幸いです!


【読者の皆様へ】

「サクヤの嘘、バレないといいけど……」「一族の謎が気になる!」と思っていただけましたら、

ブックマーク登録と、下にある【☆☆☆☆☆】から評価をポチッとお願いします!

(皆様の応援が、サクヤたちへの最高のクリスマスプレゼントになります!)


それでは、また明日のランチタイムにお会いしましょう。

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