第11話 錆びた牙
警報と共に目覚めたのは、五〇〇年前の「掃除屋」たち。
狭い通路、迫りくる機械の群れ。 騎士の剣技が通じない死地で、スカベンジャーの「解体技術」が唸りを上げます。
キィィィン……ドォンッ!!
青白い閃光と共に、サクヤの重力制御ブーツが床を叩いた。跳躍一閃。彼の『双嘴』が、先頭にいた機械蜘蛛の頭部を深々と貫いていた。
「ギャギッ……!?」
「一匹目」
サクヤは無造作にピッケルを引き抜く。オイルのような黒い血液が飛沫を上げた。だが、敵は一体ではない。
カシャカシャカシャ……!
仲間の破壊音に反応し、暗闇の奥から無数の赤い光が溢れ出した。五〇〇年前に製造された自律警備ドローンたちだ。四脚の蜘蛛型ボディに、錆びついた鎌のような前脚。頭部の赤い単眼が、新たな侵入者を捉えてギラついている。
「キシャァァァッ!!」
その数は三〇を超える。狭い通路を埋め尽くす鉄の波だ。サクヤが舌打ちをして次の一手を繰り出そうとした、その時だった。
「くっ……! 数が多い! 私が側面を!」
後方にいたヴィグナが動いた。彼女はサクヤの「下がっていろ」という命令を、多勢に無勢と見て無視したのだ。騎士としての責任感、そして主であるアリアを守らねばという焦りが、彼女の判断を狂わせた。
「我が剣の錆となりなさい!」
ヴィグナが星導剣を抜き放ち、前衛に出る。青白い光を帯びた美しい刀身。それは騎士の誇りそのものだ。彼女は教本通り、敵の胴を薙ぎ払うべく、横薙ぎに剣を振るった。
だが――。
ガギンッ!!
硬質な衝撃音と共に、盛大な火花が散った。敵を切るはずだった刃が、狭い通路の壁を走る太い配管に深く食い込み、止まってしまったのだ。
「なっ……!?」
ヴィグナの手首に、痺れるような衝撃が走る。ここは天井も低く、幅も狭い艦内通路だ。演習場のような広い空間ではない。長大な騎士剣を振り回せば、壁や天井に干渉するのは自明の理だった。
「馬鹿野郎! ここは道場じゃねえと言っただろ!」
サクヤの怒声が飛ぶ。動きの止まったヴィグナへ、好機と見た三体の蜘蛛型が殺到する。錆びついた鎌が、彼女の喉元へ向けて振り上げられた。
「あ……」
死が見えた。その瞬間。
キィィィン……!
耳鳴りのような高周波音。サクヤのブーツが、青白い光の波紋を放った。
ドォン!床を蹴るのではなく、斥力で空気を弾く音。サクヤの体は重力を無視して真横へスライドし、壁を足場にして跳ねた。
「散れッ!」
サクヤは空中で体を捻り、ヴィグナの襟首を掴んで後方へ放り投げた。ゴロゴロと床を転がるヴィグナ。直後、彼女が立っていた空間を、三本の鎌が切り裂いた。
「――作業再開だ」
ヴィグナの代わりに敵の只中へ着地したサクヤは、両手の『双嘴』をガシャンと連結させた。柄に内蔵されたスラスターが、唸りを上げて青い炎を噴く。ここは狭い通路だ。長い剣など邪魔なだけ。必要なのは、振り回す「線」ではなく、点を穿つ「爪」だ。
ズドォッ!!
サクヤのピッケルが、襲いかかる蜘蛛型の装甲を紙のように貫いた。赤熱した刃先が金属を溶かす、ジュゥゥという嫌な音が響く。
「硬いな。……中身ごとイカれろ」
ガキンッ! グリップのトリガーを引く。刃先から炸薬式パイルが射出され、装甲の内側にある動力コアを正確に粉砕した。蜘蛛型がビクンと痙攣し、破裂した内臓を撒き散らして沈黙する。
「次!」
サクヤは止まらない。倒した敵の骸を踏み台にし、天井のダクトへ飛び移る。
三次元機動。壁、天井、床。重力制御ブーツを持つ彼にとって、あらゆる面が足場となる。予測不能の角度から落下し、すれ違いざまに装甲の継ぎ目を抉り、関節を破壊する。
それは優雅な騎士の舞踏ではない。最短距離で急所を破壊する、泥臭く、合理的で、凶暴な獣の狩りだ。
「す、すごい……」
尻餅をついたまま、ヴィグナは呆然と見上げていた。
速い。そして何より、迷いがない。彼は敵と「戦って」いなかった。ただ淡々と、邪魔な障害物を「解体」していた。まるで廃材置き場でゴミを分別するかのように。
「リベット! 閃光弾だ!」
「あいよッ! 目が眩むぜ!」
後方で待機していたリベットが、背中のバッグから筒状の物体を放り投げた。
カッ!!
強烈な閃光が通路を満たす。視覚センサーや熱源感知に頼っていた旧式機械たちが、過剰な光量にセンサーを焼かれ、一斉に動きを止める。その一瞬の隙こそが、スカベンジャーの好機。
「終わりだ」
サクヤは最後の跳躍で、群れの中でひと際大きな「指揮官機」の背後へ回り込んだ。大型の鎌を振り回し、暴れる個体。
だが、サクヤは冷静だった。死角である真上から落下し、『双嘴』をその背中に突き立てる。すぐには破壊しない。彼は敵の暴れるアームを躱しながら、まるで外科手術のような手つきで背中の装甲パネルに指をかけ、強引に引き剥がした。
バキバキバキッ! 装甲が弾け飛び、内部機構が露わになる。
(……見つけた。ビンゴだ)
装甲の下で脈打つ、青い光。通常の個体にはない、指揮官機だけが持つ高純度の予備動力炉だ。 サクヤは躊躇なく周囲の配線をニッパーで切断し、そのコアを鷲掴みにして引きずり出した。
「ギ、ギギ……排除……排……」
心臓を奪われた指揮官機が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。それに連動し、統率を失った残りのドローンたちも機能を停止した。
サクヤは手の中の戦利品――親指大の『高純度星導石』の輝きを確認し、ニヤリと笑ってポケットへねじ込んだ。
数分後。通路は再び静寂を取り戻していた。転がるのは、鉄屑と化した機械の残骸と、鼻をつくオイルの臭いだけ。
「……はぁ、はぁ」
サクヤは肩で息をしながら、ピッケルに付着したどす黒い粘液を振って払った。安物の燃料で動いている『黒鳶』とは違い、生身での高機動戦闘は体力を削る。肺の奥が凍りつくように冷たい。
「だ、大丈夫ですか……?」
ヴィグナが恐る恐る近づいてくる。彼女は自分の剣を見つめ、唇を噛んでいた。壁にぶつけたせいで、自慢の星導剣の切っ先が少し欠けている。その傷は、彼女のプライドに入った亀裂そのものだった。
「……私の、完敗です。助けようとして、逆に足手まといになるところでした」
「分かればいい」
サクヤは冷たく言い捨て、リベットの方へ顎をしゃくった。
「おいリベット、扉のロックは?」
「解除済みだぜ! 旦那が暴れてる間に、配線をショートさせて開けといた!」
「上出来だ」
開いたエレベーターシャフトの扉。その奥からは、さらに冷たく、重い空気が吹き上げてきていた。底知れぬ深淵の匂いだ。
「行くぞ。……ヴィグナ、剣はしまっておけ」
「え……?」
「ここから先は狭いダクトだ。その長物じゃ自分の足を切るのがオチだぞ。護衛なら、その頑丈な盾と体術だけで十分だ」
「……はい。肝に銘じます」
ヴィグナは素直に剣を収めた。その顔つきから、サクヤへの侮蔑の色は消えていた。ここにあるのは、命を預けるに足る「プロフェッショナル」への敬意。そして、自分の無力さを認めた騎士の、新たな覚悟だった。
サクヤはポケットの中の石の感触を確かめ、小さく笑った。
(へっ。一旦、元は取れたな)
だが、本当の目的はこの先だ。さらに純度の高い、極上の「素材」が眠っている匂いがする。
「降りるぞ。地獄の一丁目へな」
一行は暗闇のシャフトへと、ロープを伝って降下を開始した。その背中を、深淵の闇がじっと見つめていることにも気づかずに。
お読みいただきありがとうございます!
「狭い場所で長い剣を振ってはいけない」。 リアルな戦闘では当たり前のことですが、広場での決闘を旨とする騎士様には、少々手痛い授業だったようです。 壁や天井を足場にして飛び回り、装甲の隙間を工具でこじ開ける。 こういう泥臭い戦い方こそ、サクヤの真骨頂です。
さて、邪魔者は解体しました。 次はいよいよ、この迷宮の深層部での「選択」が待っています。
本日19:00に、第12話「分岐点」を投稿します! (クリスマスイブですが、彼らに聖夜の平穏は訪れるのか……?)
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それでは、また夜の更新でお会いしましょう。




